第5話 真名仮市

「凄い、魔術関連のお店がこんなにたくさん!」


 市の中心地――繁華街エリアに到着するなり、沙羅さらは興奮気味に辺りを見回した。魔術カフェに魔導雑貨店、書店には魔術書フェアののぼりが立ち、極めつけにはイベントスペースで魔術を使ったパフォーマンスまで行われている。


「楽しそうだな」

「珍しいからテンション上がっちゃって」


 ロウテンションの灯夜とうやに、沙羅は目を輝かせて主張する。

 魔術関連の店は東京にも存在するが店舗数は少なく、日常で目にする機会はほとんどない。今いる一角だけでも、沙羅がこれまでに東京で目にしてきた数を上回る魔術関係の店が軒を連ねている。興奮するのも無理はない。


「そういえば、東京には魔術師が少ないんだったね」


 ふと思い出し楽人がくとが語る。魔術師人口が少なければ、それに比例して魔術関係の店が少なくなのも当然だ。


「うん。そんなに多くはないと思う。でも、芸能界には意外といたよ。前にイベントで一緒になった女優の子が、控室で魔術を見せてくれたこともあったし」

「えっ、その女優って誰?」

「流石にそれは内緒かな。公表してない子だったし」

「そらそうか」


 納得し楽人は苦笑した。いくら沙羅が芸能界を引退しているといっても、芸能人の裏話を簡単に語るわけにはいかないだろう。


「でも本当に多いね。お店も、魔術師の人も」

「国内で最も魔術師の多い土地だもの。真名仮まなかり市の魔術師人口は約五万人。市の総人口が五十万人弱だから、単純計算で市民の十人に一人が魔術師ということになるわね」


 舞花まいかが具体的な数字を上げて補足した。本当は一桁まで数字を記憶しているのだが、今は分かりやすさを重視しておおよその数字で説明している。


「五万人って、そんなに?」

「あくまでも申告している人の人数だから、ひょっとしたらもっと多いかもしれないわね。いずれにせよ、東京の数倍の人数の魔術師がこの真名仮市では生活しているわ」

「噂には聞いていたけど、それってやっぱり、マナの豊富な土地だから?」

「その通りよ。何といってもこの真名仮市は、国内唯一の高濃度マナ発生地域だもの」


 マナとは、超自然的エネルギーの総称である。かつては自然界に当たり前に存在し、それをエネルギー原として魔術が使用されていたのだが、ある時期を境に自然界に存在するほとんどのマナが消失。それを機に魔術は衰退したとされる。

 しかし今から43年前。突如として世界の四ヶ所の地域に、同時に高濃度のマナが発生した。専門家の見解では、地上から消失していったマナが長い歳月をかけて地下空間に滞留、貯蔵量が限界に達し、地上にあふれ出したのではと推察されている。そのうちの一つがこの真名仮市であり、世界の他の三つの地域と共に、高濃度マナ発生地域と呼ばれている。


 それから10年の時を経て、マナから電気エネルギーを生み出す革新的技術が開発され、高濃度マナ発生地域を持つ日本は、一気にエネルギー産出国としての地位を確立することとなった。

 マナの恩恵を受けたのは科学面だけではない。魔術的エネルギーでもあるマナの復活により、衰退していた魔術も再び繁栄を見せ、魔術師人口も増加した。現在では多少の物珍しさはあれどその真偽を疑う者は無く。魔術師は当たり前の存在として認知されている。


 高濃度マナ発生地域である真名仮市は、科学的側面ではエネルギー生産やマナの科学利用についての研究。魔術的側面では、魔術修行や術式研究の場として、それぞれ重要な役割を担う。

 そのため人口50万程度の地方都市でありながら、様々な政府機関や企業、一流の魔術師やそれに準ずる組織の集まる、国内有数の重要拠点となっている。


「立ち話もなんだし、とりあえず座らないか?」


 近くのフードコードを楽人が示し、三人もそれに頷く。


「実は私のお母さんマナの研究者で、四月からこの街の研究所に転勤になったの。それで私も引っ越してきたんだ」


 丸テーブルを四人で囲み、沙羅が口を開いた。


「沙羅ちゃんのお母さん、マナの研究者なんだ。じゃあ、灯夜の姉ちゃんと同じだ」

「そうなの?」

「うちの姉貴は、地元大学の研究室所属だけどな」

「じゃあうちのお母さんと会う機会もあるかも。確かお母さんの所属する〈NEXT〉は、地元の大学との共同研究もしてるはずだから」

「お母様は〈NEXT〉の所属なの? だとしたら、とても優秀な方なのね」


 沙羅の母親の所属する〈NEXT〉は、マナのエネルギー転用を始めとした様々な次世代技術を研究する国を代表する研究機関だ。マナから電気エネルギーを抽出する技術を開発したのも〈NEXT〉であり、真名仮市との関係もとても深い。

 地元大学とは一部の研究を共同で行っており、灯夜の姉が在籍する真名仮工科大学もその一つだ。


「帰ったら姉貴に聞いてみるか……あっ、今日は泊まりか」

「研究職は泊まりが多いよね。私も後でお母さんに着替えを届けないと」


 灯夜との思わぬ共通点を見つけ、沙羅のテンションが少し上がる。灯夜と話すのにもだんだんと慣れてきた。


「お互い大変だな。皿さん」

「だから沙羅だって」


 どうやら慣れてきたというのは気のせいだったらしい。


「そういえば、みんなも実は魔術師だったりするの?」


 舞花が言っていたように、市民の十人に一人が魔術師だというのならその可能性は十分にある。


「私には魔術の心得は無いわ。魔術師の知り合いは多いけどね」


 最初に舞花が答えた。泣き黒子の印象や大人っぽい話し方もあり少し魔女っぽい雰囲気を持つ舞花だが、それはあくまで見た目の印象の話だ。


「俺も一般人だけど、関わりは少しあるかな。バイト先が魔術系の店で、オーナーも魔術師だから」


 楽人の答えは、沙羅の好奇心をくすぐった。


「どんなお店なの?」

「ざっくり言うと魔術関係の何でも屋って感じかな。今度遊びにおいでよ、と言いたいところだけど、無骨で、あまり女の子の好きそうな雰囲気の店じゃないから、おすすめはしないかも」


 苦笑する楽人の様子を見て舞花と灯夜も頷いている。二人は楽人のバイト先について承知しているようだ。


「でも、一度くらいは行ってみたいかな」

「そこまで言うなら今度招待するよ。飲食店とかじゃないから、あまりもてなしは出来ないけど」


 沙羅に興味を持ってもらえたこと自体は嬉しかったのだろう。楽人も満更でもなさそうだ。


 舞花、楽人の回答が終わり、残すはあと一人。


久世くぜくんは?」

「俺は普通の高校生だよ。真面目で勤勉な」

「……真面目?」


 沙羅は目を細めた。転校生である沙羅の自己紹介の時に始まり、授業中を含めて灯夜は暇を見つけては眠っていた。真面目などと言われても説得力に欠ける。


「まあ、力なんて無い方がいいんだろうしな」


 灯夜は自身の両の手を見つめ明るい声色で言うが、声色とは裏腹に、その表情にはどこか憂いのようなものが感じ取れた。


「久世くん?」


 今までとは異なる印象に沙羅は少し困惑する。出会って半日で抱く感想ではないかもしれないが、今の表情はどうにも灯夜らしくない。


「ずいぶんとセンチメンタルな表情を浮かべたものだな、灯夜。ギャップも萌えでも狙ってるのか?」

「誰が萌えるのかしらね? 少なくとも、私の心には響かないわよ」

「お前ら酷くね!」


 楽人と舞花のコンビネーションアタック? を受け、灯夜からキレ気味のツッコミが飛ぶ。声は明るくどこか楽しそうだ。表情からは憂いが消え去り、先程の表情は見間違えっだたのかと思わせる。


「さっきの表情は、何だったんだろう?」


 誰に問うでも無く、自問するように沙羅は呟いた。見間違いということはないはずだが。


「何か言ったか、皿さん?」

「ううん、別に。あと、皿じゃなくて沙羅だと何回言えば」


 名前のアクセントは早く覚えてもらいたいが、一方でだんだんと皿呼びに慣れてきている自分が恐ろしい。


「真名仮市についても知ってもらったことだし、そろそろ街巡りを再会しない? 今日は学校帰りだし、多くは回れないとは思うけど」

「そうだったね。すっかりお話しに夢中になっちゃって」


 本来の目的を思い出し沙羅のテンションが再び上がる。繁華街の魔術関係の店は少しだけ回れたが、まだまだ見てみたい場所はいっぱいある。時間の許す限りは、見て回るつもりだ。


「それじゃあ行ってみるか」


 楽人の一言で、皆が立ち上がった。


 その後四人は繁華街エリアのゲームセンターや書店、沙羅が興味を示した魔導雑貨店などを、一時間程かけて回った。

 繁華街エリアだけでも見て回るには時間が足りない。だんだんと日が傾き始め、時間帯は夕方へと差し掛かる。


「私はそろそろ帰ろうかな。用事もあるし」


 午後六時を少し回ったところで、沙羅が母親の元へと着替えを届ける予定があったことを思い出し、この日は解散する運びとなった。


「今日はありがとう。楽しかったよ」


 別れ際に、沙羅は爽やかな笑顔を見せた。転校初日にクラスメイト達と楽しい時間を過ごせたことが、沙羅は心から嬉しかった。


「じゃあ皆、また明日」

「さようなら、沙羅さん」

「じゃあな、沙羅ちゃん」


 舞花と楽人が手を振って見送る。楽しい時間を過ごせたのは、二人も同じだった。


「気をつけて帰れよ」

「うん、ありがとう久世くん」


 灯夜の気遣いに礼を述べ、沙羅は帰路へと着いた。 




 日が落ちて薄暗くなった廃ビルの中で、数人のローブ姿の男が会合を行っていた。全員がフードを深くかぶって表情を隠しており、異質な雰囲気が漂っている。


「今夜、作戦の第一段階を実行します」


 リーダーである赤いローブの男が言った。口調こそ柔らかいが、その言葉にはどこか静かな狂気を感じさせる。

 リーダーの言葉を受け周囲の黒いローブの男達は静かに頷く。目指す目的は一緒だ。意を唱える者などこの場には一人もいない。


「昨晩、斥候せっこうを行っていた同士との連絡が途絶えました。相手方にも、相当の実力者がいるとみて間違いないでしょう」


 リーダーからもたらされた情報に周囲がざわつく。これまで順調に進んでいた計画に生じた初めての綻びだ。動揺する者も多いだろう。


「だが恐れることなどありません。我々の崇高なる計画は必ずや成功します。私がそのことを約束しましょう!」


 威厳に満ちたその言葉に黒いローブの男達の志気は高まり、大きな歓声が上がった。

 あえて最初にマイナスな情報を伝えることで緊張感を生み、その後に強い言葉を使い奮い立たせる。リーダーの想定通りだった。


「重要な役目です。頼みましたよ」

「はい、我らの命に代えても」


 今回の作戦を任される三人の男達をリーダは激励する。四人の男たちは光栄の意を込めて膝を着き、頭を下げた。


「では、改めて作戦を命じます。〈NEXT〉研究者の娘、詩月沙羅を誘拐しなさい」

「御意に」


 三人の男たちは与えられた命を果たすべく、ビルを飛び出し夜の闇へと消えていった。


「残りの者も次の作戦の準備をしなさい。重要なのはここからです」


 命令に頷き、他の男達も役割を果たすべくその場を後にする。

 まるで最初から誰も存在していなかったかのように、一瞬で廃ビル内から男達の気配が消えた。


「もう少しだ。僕が理想とする世界の実現まで」


 誰もいなくなった室内に、リーダーの笑い声だけが響き渡った。

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