第3話 マイペースな隣人
「嘘、やっぱり芸能人だったの?」
「でもあんなに可愛いし、なんか納得かも」
「てか、元芸能人が転校してくるとか凄くね?」
「皆、落ち着きなさい」
見かねた
しかし、生徒達の熱はなかなか冷めてはくれない。
全ての生徒が騒いでいるのかとえばそういうわけではない。
「うん、私は元『AMOUR《アムール》』の『sala』だよ」
事態を収束させるべく沙羅は静かに語り出した。なるべくなら元アイドルということは秘密にしておくつもりだったのだが、バレてしまったらその時は仕方がないなとも思っていたので、意外とすぐに口を開くことが出来た。もちろん、思っていた以上にバレるのが早かった感は否めないが。
沙羅の所属していたアイドルグループ『AMOUR』は、アイドル乱世真っ只中の三年前に誕生したグループで、メンバーは沙羅を含めて七人。
メディアへの露出こそ控えめではあったが、その歌唱力やパフォーマンスはアイドルファンだけではなく一般の音楽ファンからも高く評価され、多くのアイドルが湧いては消えていく乱世の時代を生き抜いた実力派だ。
メディア露出が少なかったとはいえ、沙羅も何度かテレビ出演をしたり、メンバーと共に雑誌のグラビアに登場したこともある。拠点であった東京を離れても、沙羅の存在を知る人間がいる可能性は幾らでもあったということだ。
「元々学業を優先しようと思っていて、アイドルを続けるかどうか悩んでいたんだけど、そんな時にお母さんの転勤が決まって。それを機にアイドルを引退して、この街へ引っ越してきたの」
今の沙羅は堂々としていた。後になってばれるよりは、最初の内に話せてしまってむしろ良かったのではとポジティブに考えることにしたからだ。
だが、同時に不安も残る。クラスメイト達がこれから自分のことを元アイドルという色眼鏡で見てくるのではという不安だ。
「AMOUR」のことを知っている生徒もいたようで、沙羅自身の告白を機にまた教室内がざわつく。その様子を見て、自分の不安が現実のものとなるのではと沙羅の表情が微かに暗くなる。
「おいおいお前ら!
状況を打開したのは楽人だった。最初は語気を強め、段々と諭していくような口調でクラスメイト達に問い掛ける。
それを受けたクラスメイト達も我に帰ったようで、一様に申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「……ごめん、詩月さん。私達ちょっと調子に乗っちゃってて」
「ちょっと、騒ぎ過ぎたよな。転校してきたばかりなのに申し訳ない」
「
そんな謝罪の言葉が、クラスメイト達から寄せられる。
それを見た沙羅は安堵した。みんなちょっと浮かれてしまっていただけで、根は良い人達ばかりなのだと感じ取れた。
「ごめんね詩月さん。興味本位で聞いたつもりが、騒ぎにしてしまって……」
事の発端となる発言をした
「気にしないで弓原くん。私が元アイドルなのは事実なんだし」
弓原のことを沙羅すでに許していた。顔に見覚えがあった以上、弓原があのような発言をしたのは仕方のないことだし、むしろ早々にカミングアウトが出来て良かったとさえ思えた。
「騒がしい歓迎になっちまったけど、詩月沙羅さん。ようこそ
クラスメイトを代表して、楽人が満面の笑みでそう言った。それに続き、他の生徒達からも続々と歓迎の言葉が発せられる。
「こちらこそよろしくね」
沙羅は今日一番の明るい声と笑顔を見せた。多少のいざこぞはあったが、このクラスならうまくやっていける。そう感じていた。
「一時はどうなるかと思ったけど、この分なら大丈夫そうだね。良かった、良かった」
終始心配そうに見守っていた藍原が実に晴れやかな表情で言った。もっとも、彼自身は何もしていないわけだが。
「それじゃあ詩月さんにも席に着いてもらおうかな。一か所空いている席があるからそこに座って。隣になるのは、
「先生! 俺のこと忘れないで」
嘆くようにツッコミを入れる楽人の姿に、再び笑いが起こる。
窓側から二列目、後ろから二番目が沙羅の席となった。右隣には先程質問をしてきた市長の娘の千樹舞花。左隣には
「これからよろしくね、詩月さん」
「こちらこそ、千樹さん」
沙羅が席に着くと、早速舞花が笑顔で話しかけてきた。先程は質問の内容もあり大人びた印象を受けたが、こうして間近で笑顔を見ると、年相応の女の子らしい可愛さを感じる。
「もし良かったらお互い名前呼びにしない? 私はその方が慣れているの」
「いいよ、私も名前で呼ばれる方がしっくりくるし」
美少女二人の、微笑ましいやり取りが交わされる。
「改めてよろしく。沙羅さん」
「うん、舞花ちゃん」
「じゃあさ、俺も沙羅ちゃんって呼んでもいい? 俺のことも楽人でいいから」
舞花の後ろの席の楽人が、前のめりになって会話に参戦する。
「うんいいよ。よろしくね楽人くん。それと、さっきはありがとう」
「い、いや、当然のことをしたまでだから」
元アイドルの反則級に眩しい笑顔を目の当たりにし、楽人は恥ずかしさから目が泳ぎ、声も自然と裏返っていた。
「楽人って、見た目と違って
「うるせーよ」
ニヤニヤしている舞花に、楽人は口を尖らせて子供のように反論する。
この二人もけっこう仲が良いんだなと、沙羅はそのやり取りを微笑ましく眺めていた。
「久世くんだったよね? これからよろしくね」
沙羅は左隣の男子生徒に声をかける。生徒のほとんどが制服のブレザーやカーディガンなどを着ている中、久世灯夜は何故かスタジャンを着用している。
「……」
灯夜は頬杖を突いたまま窓の方を向いており、沙羅の呼びかけに応えない。
「久世くん?」
もう一度語り掛け、今度は肩も揺すってみた。
「……はっ!」
突然スイッチが入ったかのように、灯夜が沙羅の方を向いた。
「く、久世くん?」
灯夜の反応に驚きながらも、沙羅は三度その名を呼ぶ。
「誰?」
灯夜を目を擦り、不思議そうな顔で沙羅の顔を見つめていた。
「もしかして、寝てた?」
「寝てたよ」
「そ、そう……」
ある意味このクラスに来て一番の衝撃だったかもしれない。あれだけ教室が騒がしかったのに、今まで寝ていたなんて。
「転校生の詩月沙羅です」
気持ちを切り替えて、沙羅は本日二度目の自己紹介をした。転校生の自己紹介を寝ていて聞き逃したのはどうかと思うが、せっかく隣の席なのだし仲良くしたい。
「詩月……皿?」
「沙羅です! そのアクセントじゃ食器だよ」
「冗談だ。俺は久世灯夜。よろしく、皿さん」
「……冗談だと言っておきながら、まだアクセントが違うんだけど」
冗談の延長線上なのか、あるいは真性の天然なのか。沙羅は判断に困っていた。
「早速、灯夜のペースに振り回されてるな」
「マイペースだものね。灯夜は」
楽人と舞花からしてみたら、灯夜の言動は驚くようなものではなく、日常的に見慣れたものであった。
「マイペースなお隣さんか」
まだ眠いのか欠伸を堪えている灯夜を見つめ、沙羅は呟くようにそう言った。
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