第4話

 真剣な顔でエルフの女性を見る。


「本当に、そのようなことが可能でしょうか?」


 もし可能なのであれば、私は彼女を……アイリス嬢を助けたい。彼女から奪った力と魔力……そしてできることならば、時間を取り戻してあげたかった。


「可能ですが、あるものが必要となります。ただ……人を呪わば穴二つと申します。もし呪いを還せば、その方はただでは済まないかと」

「例えばどのような状態になるのでしょう?」

「それについては何とも……」

「どうなるかわからない、もしくはどうなっても自業自得ということか」


 セガルがそう問えば、エルフの女性は厳しい顔つきのまま頷いた。


「あと、アイリス様の身体なのですが……。これはあくまでもエルフ族に伝わる伝承で、真実かどうか定かではないのですが……」


 そう前置きして話してくれたのは、エルフ族に限らず、どの種族でも不当に奪われた肉体の時間、そしてひどい傷を治すと言う【癒しの泉】があり、その泉の水がアイリス嬢にも効力を発揮するかも知れないとのことだったのだが。


「【癒しの泉】ですか? 王都の中心にあるあの泉?」

「いいえ。あの泉も確かに【癒しの泉】なのですが、この場合は一般に解放されている泉ではなく、アイリス様に必ず効く……もっと言えば、ユリウス様とアイリス様が真実まことの番であれば、二人にしかわからず、二人だけに効く泉と言いますか……」


 説明が難しいですね、と言いながらもその泉の話をしてくれた。

 エルフの伝承によると、竜人や他の種族には、世界のどこかに真実の番だけしか入れない泉があるという。泉と言ってはいるがその大きさも姿も様々なのだとか。

 泉の大きさが問題なのではなく、二人にしか嗅ぎ分けられない泉の水が番を引き入れ、番を癒すそうだ。水が二人を認めた時点でその泉は水の意思によってその場所は隠され、隠されてしまえばその番しか入れなくなるらしい。


「確かに世界各地には大小様々な泉……湖や沼、池がありますが、その姿は見えています。この話はあくまでも伝承に過ぎず、実際に見つけた方がいるかわもからず、泉も隠れるかどうかもわからないのです」

「……泉……二人だけの秘密の場所……?」

「ユリウス?」


 怪訝そうにセガルが話しかけて来るが、エルフの女性の話を聞いているうちに思い出した場所があった。


「それは、滝壺でも、ですか?」

「え? ええ。水がある場所ならどこでも、どんな場所でも、と伝承に残っています」


 それを聞いて確信する。一ヶ所、思い当たる場所がある。それが本当に癒しの泉かどうかはわからないが、確かめてみる価値はある。


「もしその泉があったとして、どうすれば呪方陣を還すことができるのですか?」

「伝承によれば、泉の水を怪我などをした対象者に飲ませたうえで、番と一緒に泉の水に浸かればいいそうですが……」

「そうですか……。とりあえず水を先に持ってくればいいでしょうか? 本当に還すことができるのか、泉の水を使い、この布についた血で検証して来ます」

「検証、ですか? もしかして、思い当たる場所があるのですか?!」

「ええ。泉にこの布を浸すかかけるかし、血だけではありますが浮かんだこの呪方陣が消えるかどうかを確かめたいのです。それで消えたならばその伝承は本当で、泉の水をアイリス嬢に飲ませることができると思うんです」


 そう話した私に、彼女は少し考えたあとで「そうですね」と頷いた。ならば、一刻も早くそれを検証し、アイリス嬢を元に戻してあげたい。


「早速ですが、私は諸々の準備をしてその場所へ向かいます。アイリス嬢は……」

「我が家へ連れて行く。このままここに置いていくわけには行かないからな。ただ……」

「ほんの数日ならば、私の張った結界で何とかなりますが、できるだけ早くお願いします」

「わかりました。その場所は竜体であればそれほど遠い場所ではありませんし、戻り次第サイラング侯爵家に伺います。……セガル、彼女を……アイリス嬢を頼む」

「わかった」


 そう挨拶を交わし、少し離れてから竜の姿になると一旦王宮を目指す。王宮には呪方陣に詳しい者がいるからだ。そのまま王宮まで飛び、指定場所で竜人の姿に戻ると目当ての人物を探す。ほどなくして見つかった彼女に、布と呪方陣を見てもらうことにした。


「ロクサーヌ殿」

「あら、宰相様、ごきげんよう。貴方から話しかけて来るなんて珍しいわね。何かあったのかしら?」


 彼女……ロクサーヌは、近衛騎士団長の番で王宮魔術師団長をしている。彼女ならば呪方陣のことがわかると思ったからだ。


「これを見てもらいたいのです」


 そう言って布の上に浮かんだままの呪方陣を見せれば、ロクサーヌは一気に眉間に皺を寄せ、顔が強張った。


「ちょっと、これ……呪いの方陣……呪方陣じゃないの! しかも、この中心の紋章は……!」

「……リリアーナ第二王女殿下の、ですよね?」

「……っ」


 明確な名前を小声で告げれば、ロクサーヌは小さく息を吸ったあと、苦虫を噛み潰したような顔をして頷き息を吐いた。


「おかしいと思っていたのよ。急激に竜の力と魔力が上がったから。しかもここに書かれている三名全員が竜の力と魔力を無くし、ヒトになっているわ。中には既に番となって婚姻している方もいたのに、変な方陣が出るうえにヒトになってしまったから、直接番に触れられないと夫たる方々は嘆いていたのよ。まさか……ここに書かれているアイリス様も?」

「やはりですか……。ええ、そうです、アイリス嬢もです。不本意ながら本日この呪方陣により発覚しました。なら、さっさと解除してあの方に還したほうがよさそうですね」

「え? そんな方法があるの?! 今まで私もずっとその方法を探して、結局見つからなかったのに?!」


 驚きをあらわにしたロクサーヌに、エルフの女性から教わったエルフの伝承を聞かせると、ロクサーヌは「エルフの伝承……?」と呟いて何やら考え始める。だがそれも一瞬で「私と一緒に来て」と言うとさっさと歩き始めたので、私もそのあとを追う。

 連れて行かれた場所は彼女の執務室で、机の後ろにはいろいろな本が納められている棚がたくさんあった。どうやら魔術書と魔方陣や魔法陣関連の書棚らしい。その棚から一冊の本を抜き取り、パラパラと捲って開くと私のほうへと差し出した。


「ここの部分なんだけれど、読んでみて」


 ロクサーヌが指差した部分には、エルフの女性が語った内容と似たようなことが書かれていた。だが、その内容は微妙に異なり、【真実の番の癒しの泉】のことは全く書かれていない。


「呪いの方陣だとわかった時点で書物をいろいろとあたり、これを見つけたの。でも、王都にある泉の水ではなんの反応もなく、半ば諦めていたのよね。もしそのエルフの伝承が本物なら、彼らの番を助けることができる。……この話、他の三人の女性の番にも伝えていいかしら?」

「ええ、もちろんです。彼らにしかわからない場所が必ずあるはずですから」

「そうね。ただ、陛下にはどう伝えたらいいか……リリアーナ様の力が増して喜んでいらしたのに」

「自身の努力ではなく、他者から奪ったもので力を増した者など、王族といえども民はもちろんのこと、貴族も私も認めませんし、高位貴族なら尚更認めませんよ? 実際、力を増したといってもできることは以前と全く変わらなかったではありませんか。それに、番がいる他の方にも言い寄るなど、王女としても王族としても認められませんしね」

「……」


 冷ややかにそう告げた私に、ロクサーヌは黙った。竜の力も魔力も、自身の努力で底上げした人物がいることを知っているし、過去の文献もそれを証明している。

 ましてやそれが身近に……近衛騎士団長と王宮魔術師団長という実例が目の前あるからこそ、他者から奪った力で底上げした者など、王女といえど……いや、王女だからこそ認められないのだ。


「陛下には私が直接話をいたします。ロクサーヌ殿は一刻も早く他の方に知らせてあげてください」

「……わかりました」


 それを最後に、私はロクサーヌの執務室を出て陛下のいる執務室へと向かう。どのみち陛下には用事があったからだ。

 執務室の前にいる近衛騎士と挨拶を交わし、扉をノックする。名を告げればほどなく扉が開かれ、中へと促された。そのまま政治向きの確認事項や対策などを話し合い、個人的な話がしたいからと人払いを願うと、陛下は怪訝そうにしながらも人払いをした。


「どうした?」

「これを見ていただきたく」


 隠していた布を広げてロクサーヌと同じように呪方陣を見せれば、陛下は呪方陣に書かれている紋章を読みとったのか、或いは元からそういった話を聞いていたのか、言葉を詰まらせた。そして、ロクサーヌに確認してもらったことと呪方陣に書かれている全員の名前を告げれば、陛下は何かに耐えるように目を瞑り、息を吐いた。


「……間違いないのか」

「魔術師団長たるロクサーヌ殿が間違えるとお思いですか? それにおかしいと思っていたのです。力が増したわりにその力を全く使いこなせていないばかりか、できることは力を増す以前となんら変わりはなかったのですから」

「それは……。だが……リリアーナはそなたを愛していると……」

「ご冗談を。それがなんだと言うのでしょうか。そしてこの件とそのことは関係があるのですか? 私が唯一の番と認定し愛するのはサイラング侯爵家のアイリス嬢のみで、婚約の件も陛下にお話をした際、貴方は喜んでくださいましたよね。ましてやあの方は私だけではなく、番がいる他の方にも色目を使っていたそうではないですか。それで私を愛していると仰られても信じられませんし、番と愛し合うことはあってもあの方を愛することなど一生ありません。それは他の方も同様でしょう。陛下や王太子殿下のように複数の番を持つことを許された国を背負う王家の男性ならばともかく、貴族の番は唯一であり、複数の番を持つことはありません」

「……っ」


 ご存知ですよね、と聞いた私に、陛下は疲れたように溜息をついて椅子に凭れる。

 陛下が末子である第二王女を溺愛……いや、甘やかしているのは周知の事実だ。私や側近が諌めようともそれは変わらなかった。だが、王女といえど……いや、王女だからこそやってはならないことがあるのだ。そして王家の者といえども、女性は複数の男性を番と認定することはないし、許されていない。


「……もし、王命でリリアーナと婚姻しろと言ったらどうする?」

「それこそ冗談ではありませんね。不敬と言われようとも即刻宰相位を次期宰相である副宰相殿に譲り、領地の者を連れてこの国を出るか独立します。そもそもあの方は私の番ではないとわかっていますし、自力で成したならともかく、他者の力を奪って力を増した者など、王女といえど認められません。たとえ本当の番だとしても、公務もまともにできないうえに本来の予算を越え国を傾けそうなほどに浪費する番など、我がアーヴィング公爵家には必要ありません。恐らく、他の三人も同じようなことを言うでしょう」


 暗に陛下が甘やかすから予算が足りなくなったんだろうと言えば、自覚があるからかさすがに陛下も黙り込んだ。ましてや他の三人も公爵家と侯爵家が二家で、その誰もが国の中枢と外交を担っているうえ、そのうち我が家を含めた三家がいくつかある我が国の主要産業を抱えている。

 そんな四家が抜けてしまえば、下手をすると一気に国が傾く。

 国民か領民かの違いはあれど、王族や貴族は税で暮らしているのだ……民を苦しめる王族や貴族など信頼されはしない。だからこそ、力が増したのにできることが以前と変わらない第二王女は、事情を知る民からも他国にいる竜人からも嫌悪されているのだ。


「王家の者である以上、いえ、王家の者だからこそ、無能であることは許されません。この国の王家は、貴族を含めた民の手本となることが義務付けられているのではなかったのですか?」

「そうだな……そうであった。儂はそれを忘れておった……。リリアーナはもう、どうにもならないのだな……」


 儂が甘やかしたせいで、とポツリと呟いたその言葉は父親としてのものだった。だが、顔は王のものだった。


「……呪方陣を還す方法があるというのなら、それをやるといい。リリアーナがどんな状態になろうとも、儂は何も言わん」


 忠臣に逃げられては困るからなと、王女を切り捨てるようにそう言い切った陛下に、私は無言で礼を取ると執務室をあとにする。その足でもう一度ロクサーヌの執務室へと向かって私と陛下とのやり取り、そして最後の陛下の言葉を伝えると、まだ伝言していなかったらしいロクサーヌは「それも三人に言っておくわ」と準備を始めた。

 それに頷いた私はロクサーヌの執務室をあとにして一旦自分の屋敷に帰ると、泉の水を汲むための入れ物を持って屋敷を出て、竜体となって一路その場所を目指した。


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