第2話「飼育小屋の冒険」

 登校口で外靴に履き替え、私たちは飼育小屋へと向かう。

 毛利くんやショウヤくんはスニーカー、出席番号順で一番出口に近いところで履き替えていた相川くんは長ぐつだった。

 天気予報では「ところにより一時にわか雨」程度の予報だったので、登校口を見回してみても、傘や長ぐつを用意している人はほとんど居ない。

 アイリちゃんは感心したように相川くんの背中を突っついた。


「へぇ、用意良いわねマサル」


「ああ、うん。ママが雨が降るから履いていきなさいって」


「傘も持ってきたの?」


「うん、ほら、折り畳み傘だけどね」


 アイリちゃんと相川くんは普通に話をしているけど、毛利くんとショウヤくんの間に微妙な緊張感を感じて、私は黙って後をついて行く。

 郡山さんは先生に確認するため途中で別れ、職員室へと向かっていた。


「……見たまえ」


 飼育小屋に着いた途端、毛利くんは自慢げに地面を指差す。

 ショウヤくんは周りを見回し、相川くんの足元で目を止めると「なるほどね」とうなづいた。


「どういうことよ?」


 アイリちゃんと相川くんは分かっていないようだけど、これくらいなら私にもわかる。

 飼育小屋の中には、雨で湿った地面にハッキリと、ここまで歩いてきた相川くんのものと同じ長ぐつの足跡がついていた。


「ここの地面が濡れたのは3時間目以降だ。飼育小屋に来ていないと言い張る相川の足跡があるのは、どうしてだろうね?!」


 ためしに、と。

 地面にある足跡のとなりを相川くんが踏むと、そこには全く同じ足跡が現れた。

 相川くんの顔が真っ青になる。


「し、知らない! 誰かがぼくの靴をかってに履いたんだよ!」


「4時間目が終わってすぐ、給食の前に相川は教室を走って出ていっただろう?」


「トイレだよ! ガマンしてたんだもん!」


「どうだか。あの時間ならみんな給食の配膳をしてるから、誰も見ていないしね」


 毛利くんは相川くんを問い詰める。

 そのタイミングで、私たちに追いついた郡山さんから、今日は理科の安村先生はお休みだという情報が入った。


「それから、先生たちはピヨちゃんのこと知らない、逃げたんじゃないかって」


「ほら見ろ。家成の推理なんか当てにならないのさ。僕の方が頭がいいんだからね」


 毛利くんは勝ち誇ったように笑う。

 状況証拠は確かに彼の言う通り、すべてが相川くんを犯人だと言っている。


 それでもショウヤくんは、飼育小屋に残った足跡を眺めてもう一つうなづくと、私を見て笑った。


 私には分からないけど、ショウヤくんが負けるわけない。


「ショウヤくん! 犯人が分かったんですよね!?」


 思わず大きな声を出してしまった私に、みんなの視線が集中し、そしてそれはショウヤくんへと移った。


「毛利は重大な証拠を見逃している。犯人は相川くんじゃないよ」


「ふん、負け惜しみを」


 余裕の表情の毛利くんを一瞥すると、ショウヤくんは二つ並んでついた長ぐつの足跡へと屈みこむ。

 私たちもつられて、そこに集まった。


「相川くん、体重何キロ?」


「え? ……たぶん先月の身体検査では30キロくらいだったと思う」


「だよね、僕も32~33キロだ」


 それだけ言うと、ショウヤくんは毛利くんへと視線を向ける。

 毛利くんは何かに気づいたように、並んだ靴跡を見て、その後急に慌てはじめた。


「なによ? 体重が何か関係あるの?」


「あっ! そっか!」


 全く同じように見えた足跡には、よく見れば大きな違いがあった。

 犯人の付けた足跡の方が、相川くんの付けた足跡より深く沈んでいる。

 つまり――。


「犯人は相川くんより体重の重い人です! 相川くんの長ぐつを勝手に借りてここまで来たんですね!」


「そうだね、たぶん体重は2倍はないくらい……50キロ前半くらいだと思う。大人の……そうだな、女性だろうね」


 ショウヤくんは立ち上がり、飼育小屋の中を観察し始める。

 毛利くんはその背中を睨むと、反論した。


「ただ以前に来た時の方がぬかるんでいただけって可能性もあるだろ! それに、もし他人だとしても、太った生徒かもしれないし、痩せた大人の男かもしれないじゃないか!」


「うん。でもほら」


 今度は飼育小屋の入り口をまたいで付いた足跡をショウヤくんは指差す。

 そこの足跡だけは他と違い、入り口と並行、つまり横向きに付いていた。


「これがどうしたって言うんだ」


「どうしたって……大人だって言う証拠だよ」


 当然であることを説明するように、ショウヤくんは笑う。

 私は一生懸命考えたけど、さっきとは違ってこれはいくら考えても分からなかった。


「わからないのかな?」


 頭から湯気が出るくらい悩んだ私は、小さくうなづく。

 毛利くんたちも答えを求めて、ショウヤくんをせかした。


「僕たちは、一番背の高い毛利でも150センチもない」


「ああ、そうだな。僕は147センチだ」


「だから僕たちは、飼育小屋の小さな入り口でも、ちょっと頭を下げるだけで通れるだろ?」


 言いながら、ショウヤくんは針金のかけ鍵を外し、ドアを押しながら中へ入る。

 ニワトリが驚いたように鳴いて、奥へと飛んだ。


 多分犯人もそうしたであろう通り、ショウヤくんはヒヨコをすくうふりをする。


 そして、ショウヤくんは飼育小屋の入り口についた自分の足跡を指差した。

 私たちも、毛利くんも、飼育小屋の入り口に集まる。

 そこについたショウヤくんのスニーカーの足跡は、小屋の中へ向かってまっすぐに付いていた。


「でも、160センチ以上あるような大人だと、こうやって入ることになる。特にスカートで足を大きく広げられない女性はね」


 一度外へ出たショウヤくんは、ドアを押し開くと横を向いて屈み、敷居をちょこんとまたいでくぐる。

 今度の彼の足跡は、犯人の付けた足跡と同じように、横向きに付いていた。


「ああっ! ほんとだ! すごいじゃないショウヤ!」


「ショウヤくんすごいです!」


 私もアイリちゃんも、興奮して飛び跳ねてしまう。

 相川くんもホッとした様子で、毛利くんから一歩離れた。

 それでも毛利くんは納得していない。


「お……大人の男だってそうやって入るかも知れないだろう!」


「あのさぁ、大人の男性が相川の22センチの長ぐつを普通に履けるはずがないじゃないか」


 ショウヤくんは呆れたようにため息をつく。

 毛利くんはまるで何かが喉に詰まったみたいに、小さく「ぐっ」と声を出した。


「つまりだ。まとめると、ヒヨコを連れ去った犯人は『身長160センチ以上、体重50キロ台前半。4時間目に授業を受け持っていない、たぶんタイトスカートをはいた女性で、ぬかるんだ地面を自分の靴であるきたくない人物』ってところだね」


「それって……」


 たぶん、みんなの頭の中にも同じ人が浮かんでいるだろう。

 基本的に授業を受け持つことのない、ハイヒールを履いた大人の女性。


 そこまで考えたとき、お昼休みの終わりを告げる予鈴がなった。

 みんな慌てて校舎へ戻る。


 登校口で靴を履きかえている間、毛利くんはとても悔しそうにしていたけど、ショウヤくんが浮かない顔をしているのが気になった。

 それでも、時間が無かった私は、理由を聞くことも出来ずに教室へ戻る。


 5時間目の授業中もぼんやりしている名探偵を、私はずっと見ていることしか出来なかった。

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