ピヨちゃん失踪事件

寝る犬

第1話「黄色いヒヨコ」

「シオン! おっはよ!」


「あ、アイリちゃん。おはようございます」


 背中からかけられた元気のいい声に、私、藤村 詩音シオンは振り向いた。

 勢いよく走る肩の上で、真っ赤なランドセルが揺れないようにベルトを両手で押さえながら、親友の安藤 愛莉アイリちゃんが、ポニーテールを揺らして隣に並ぶ。

 私たちはお互いに笑い合うと、昨日の夜に見た歌番組の話をしながら、校門を抜けた。


「……あれ? なんだろ?」


 昇降口から少し離れた場所に人だかりを見つけて、アイリちゃんが首をかしげる。

 楽しそうな歓声が上がるのを聞いて、わたしたちは顔を見合わせた。


「なになに?」


 アイリちゃんが人だかりに迷わず突っ込んでいく。

 そこは、学校で飼っているニワトリの飼育小屋の前だった。


 少し遅れてみんなの後ろについた私は、背伸びをして中を覗く。

 飼育委員の郡山こおりやまさんがその手に抱いていたのは、産まれたばかりの小さなヒヨコだった。


「カワイイ~!」

「私にも抱っこさせて!」

「俺にも見せて!」


 手のひらに収まるくらいの、小さな命。

 アイリちゃんに「シオンも抱っこしてみる?」って聞かれたけど、私はあまりにも小さな命を手に抱くのが怖くて、「ううん、私はいいです」と遠巻きに見ることしか出来なかった。


 ふと気がつくと、すぐとなりに男の子が立っている。

 青ブチのメガネを掛けた、ちょっとウェーブの掛かった髪の毛のクラスメイト。

 家成 翔哉ショウヤくんは、少し不機嫌そうにみんなを見ていた。


「ショウヤくんは、ヒヨコ抱っこしないんですか?」


「……シオンは?」


「私は……なんか怖くて」


「ふぅん。……でもまぁ、それは正しいかもね。産まれたばかりのヒヨコをあんなふうに触るのは良くない」


「そうなんですか?」


「まぁそのへんは理科の安村先生が知ってるよ。すぐにちゃんとした飼育箱に保護してくれるさ」


「じゃあみんなに言ったほうが――」


 私の言葉を遮るように、予鈴がなる。

 小学校には似合わないハイヒールをはいた養護教諭のあつ子先生が、慌てて職員出入り口へと走りながら「みんなも急ぎなさいね~」と通り過ぎていった。


 名残惜しそうにヒヨコをもとに戻し、郡山さんがかけ金をかける。

 アイリちゃんの「はい! 急いでー!」という声に、みんなで笑いながら教室へ向かった。


  ◇  ◇


 給食を食べ終わった私たちの教室に騒動が持ち上がったのは、3時間目に突然降り始めた雨がすっかりあがったお昼休みのことだった。


 飼育委員の郡山さんが、今朝産まれたばかりのヒヨコを確認しに行くと、校舎裏にある飼育小屋からピヨちゃんが消えていたのだ。

 泣きそうになりながら教室に駆け込んできた彼女は、まっすぐにショウヤくんの机へと駆け寄り、どんと両手をつく。


 いつものように図書室で借りた難しそうな本を読んでいたショウヤくんは、椅子に寄りかかるようにして、ゆっくりと顔を上げた。


「なに?」


 青いフチのメガネを中指で持ち上げ、ショウヤくんは郡山さんを眺める。

 興味無さ気なその表情は、郡山さんの話を聞き終わっても変わることは無かった。


「たぶん、理科の安村先生が連れて行ったんじゃないかな」


 あの『理科のノート事件』以来、校内で起こった事件はとりあえずショウヤくんに聞くルールが、いつの間にか出来上がっている。


「どうして?」


 郡山さんは引き下がらない。

 私とアイリちゃんも、話に興味を持ってショウヤくんの机へと近づいた。


「私も聞きたいです。ショウヤくんはどうしてそう思ったんですか?」


 いつも読んでいる推理小説の主人公のように、ショウヤくんは自信満々の笑顔で私を見る。

 読みかけの本にしおりを挟み、ぱたんと閉じた彼は「簡単な推理だよ」と説明を始めた。


「まず、ヒヨコの消えた時間は4時間目の授業中だろう――」


 2時間目の後の15分休みにも、郡山さんはピヨちゃんを確認しに行っていた。

 3時間目の授業中には雨が降りだし、4時間目が始まると雨は止んだ。


 雨の中、休み時間の5分だけで、飼育小屋を往復し、ヒヨコをどこかへ隠すのは難しいだろう。

 必然的に犯人は雨の止んだ4時間目から、生徒が給食を食べ終わるまでの間に、ヒヨコを持ち去った可能性が高い。


 当然ながら、4時間目にも生徒は授業を受けているのだ。

 学校に部外者は入ることはできないから、その時刻、教室を抜け出して飼育小屋へ行くことが出来るのは、必然的に先生だと言うことになる。


「でも、どうして?」


「たぶん、雨で気温が下がったから、生まれたばかりのヒヨコを保護したんじゃないかな。それか……いや、たぶんそうだと思うよ」


 ショウヤくんは何かを言いかけてやめる。それでもその説明に、郡山さんも私たちもほっと胸をなでおろした。

 それなら、先生に確認してみればわかる。


 笑顔が戻った郡山さんと私たちは、先生に確認することに決めた。


「じゃあ、職員室、行こっ!」


「うん」


 アイリちゃんを先頭に、廊下へと向かう。

 その時、教室のドアから、私たちに声がかかった。

 みんなの視線が集中すると、そこにはいつも黒っぽい細身の服を着ている、背の高いクラスメイトが立っていた。


「甘いな、家成」


 そのクラスメイトの名前は毛利もうり アキラくん。

 いつもショウヤくんをライバル視している、頭のいい男子だった。


 毛利くんは、開いたドアに寄りかかり、長い前髪を掻き上げる。

 続きの言葉を待っていた私たちの中で、やっぱり一番最初に待ちきれなくなったのは、アイリちゃんだった。


「なにが甘いのよ! アキラ!」


 アイリちゃんが詰め寄る。

 毛利くんはアイリちゃんを無視して、ショウヤくんへと口を開いた。


「僕はね家成。犯人を見つけたよ。犯人は……相川。相川 マサルだ」


 突然名前を呼ばれて、一番前の席に座っていた相川くんが文字通り飛び上がる。

 毛利くんはツカツカと相川くんの席まで歩くと、腕をつかんだ。


「証拠はそろってるんだ。素直に罪を認めたらいいんじゃないか」


「なんのこと?! ほんと知らない! ぼく飼育小屋になんか行ってないもん!」


「シラを切るつもりか……面白い」


 毛利くんはニヤリと笑うと、相川くんの腕を引いて廊下に出る。

 私たちもその後を追い、ショウヤくんは「やれやれ」といった感じで、さらに私たちの後を追いかけた。

 こうして、毛利くんとショウヤくんの推理対決は始まったのだった。

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