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 あるビタがてんてんと窓を叩き、金貸しの使用人が不思議に思って開けると、辺りにいたビタがみないっせいに屋内に飛び込んだ。ビタは金貸しの家中を走り回り飛び回り、気の向くまま行動した。居間に一枚だけ飾られていた風景画を裏っ返しにし、厨房にあったクッキー生地に自分の顔を描き込んだ。


 やがてビタのひとりが、金貸しの私室を見つけた。鍵はかかっていなかった。そのビタが、むろんノックなどなしに扉を開くと、室内で金貨の数を数えていた金貸しは、びくりと背筋を伸ばしてしゃっちょこばった。そして、太った体からは想像もつかないような速さで、そばの棚に飾ってあった剣をひっつかむと、抜いて構えて切っ先をビタに向けた。


 「ドロボウめ神妙にしろ!」


 部屋に入り込んだビタは、目をぱちぱちさせた。何を言われたのか、またその手のうちにある細長い道具が何なのか、やっぱりよくわからなかったらしかった。ただ、おっかない顔のでっかいおじさんがいる、とだけ、理解したようだった。ビタは、そのおっかない視線から逃れるために、顔を背けて、金貸しの真正面からどいた。どいた場所には、大きな金庫があった。……その巨大な金属の箱を、ビタは不思議そうに眺めた。自分に関わりのあるものだと、感じたのかもしれない。


 金貸しの方も、そこにいるのが精霊だと、すぐに気づいた。だから、いったん構えを下げた。だが金貸しには、ビタが何の精霊かはわかっていなかった。おそらく、祭りで現れたどこかのやんちゃな精霊が、いたずらでもしに来たのだろうと思っていた。それはそれで事実だったのだが、むろん彼には、ビタが銭の精霊だなんて思いも寄らないことだった。


 そして、ビタが図らずも金庫の方に移動したのを見て、かっと頭に血を上らせた。儲けようと努力しない役立たずが、こんなにも儲けようとしてきた自分の金に触れることは、金貸しにとって屈辱以外のなにものでもなかったのだ。


 「わしの金にさわるなぁ! 精霊だろうがなんだろうが、わしの稼ぎに手を出す者は許さん!」


 金貸しの怒りなどどこ吹く風で、ビタの興味はすっかり金庫に向いていた。プレゼントを前にした子供のように、中身が何か知ろうとしてでたり叩いたりしていた。


 そんなしぐさひとつひとつが、金貸しの気にさわった。剣を、構え直した。


 「うぁりゃあぁぁぅぅっ!」


 彼は、喉の奥から叫ぶともうなるともつかない声を絞り出し、目をくわっと見開くと、ビタの背中を袈裟けさがけにばっさりと斬りつけた。


 精霊が苦痛を感じるはずはないのだが、斬られたビタは、なぜか一瞬だけ苦悶の表情を見せた。痛みに耐えて歯を食いしばり、声は出さなかった。次の瞬間、他の追い払われていったビタ同様に、ぱぁっと光になって消えてしまった。


 だがそのときには、別のビタが部屋に入り込んでいた。机に散らばる、さっきまで金貸しが数えていた金貨を、椅子に飛び乗ってしゃがみ込み、不思議そうに眺めていた。やはり、自分に関わりのあるもののように感じたからだろう。


 金貸しは喉で息をひゅうひゅういわせて、ただちに机の方に向き直り、汗ばむ手で剣を握り直した。そして、また訳の分からない大声をあげて突進すると、ペン立てだの椅子の背だのもまとめて、真一文字にビタをぎ払った。ビタはやはり、顔をひきつらせ、光になって消えた。


 しかしその間にも新たなビタが、五~六人ばかりまとめて、部屋に入り込んでいた。このビタたちは、また金庫の方にいて、扉の前にしゃがみこんでいた。


 金庫は最新式で、丸いダイヤルを回して数字を合わせて、さらに差し込み式の鍵を使わないと、開かない品だった。扉は分厚く、頑丈な合金でできており、持ち込んだ業者は、大砲の弾をぶち込んでも絶対壊れないと、胸を張って言っていた。だが、ビタのひとりがそっと手を当てると、その光る手は、そこになにものもないかのように、黒光りする扉の中に吸い込まれて消えた。そして、そのまま、中にあった金貨をつかみ出した。


 じゃらじゃらと、音を立てて床にまき散らす。ビタたちは、そこにできた小さな金色の山を取り囲んだ。あるビタはひざをつき、あるビタは頬杖をつき、あるビタは床にお尻をついて、灯火を映すそのきらめきを、目を細めて見つめていた。


 ビタの輪の外に、金貸しがぬっと立った。剣を大上段に振り上げ、竹割りに振り下ろした。振り下ろしたと思えば手首を返して、別のビタを斬り上げた。さながら火事場の炎のように、金貸しは部屋中を飛び回り、きちがいじみた叫びをあげ、口の端から泡を吹きながら、次から次へすべてのビタに斬りつけた。


 「わしの金だみんなわしの金だっ! さわるな出ていけ、今すぐ出ていけ! 精霊なんか、いなくなっちまえ! いなくなっちまえ! いなくなっちまえ!」


 金貸しのその激昂、剣を振り回すごとに、ビタはひとりまたひとり、苦悶の表情をわずかに見せながら消えていった。


 不思議なことに、これとまったくときを同じくして、町中でも、あんなに大量にいたはずのビタが、急速に減っていた。鍛冶屋からも、レストランからも、井戸の中からも、ビタは光となって消えていった。


 金貸しの館の中から、ビタがひとりもいなくなる頃、町からも、ビタはいなくなった。百万人いたビタは、いつしかまた、もとどおりひとりになっていた。


 ……ひとりになったビタは、どこか寂しそうな顔をしていた。みな追い払ったと安堵あんどして、どこでも再開された祭りの喧騒をよそに、大通りをとぼとぼと歩いていった。

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