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 百万に増えても、ビタはビタだった。分身したビタは、それぞれに意志を持っており、町中で集まったり離れたりして、次々と何やかやをしでかした。


 およそ精霊迎えの祭りをしていた家は、どこもかしこもめちゃくちゃになった。ビタは何しろ数がいる分、どんな酔っ払いよりもたちが悪かった。


 向かいの鍛冶屋などさんざんだった。ふいごの精霊とダンスを始めた、なんてのはいいほうで……次男坊がずっと隠していたカツラをひんむいたり、家宝の名刀を振り回してビタ同士で追いかけっこをしたり、あるいは、台所のタマネギを全部みじん切りにしたりした。


 商店街に行けば、どこでも固く閉ざした店の戸を、ビタ数十人がかりでどんがらどんがら叩きまくった。あわてて飛び出してきた店の者に、光を浴びせ、泥を浴びせ、きれいなお姉さんだったら、既婚未婚に関わらず、ライスシャワーを浴びせた。


 何もかも片づけてあったレストランでは、押しかけたビタの大群が、テーブルを並べ、椅子を並べ、テーブルクロスも花瓶も準備した。そして同じ顔を並べてすべての席に座り込み、てんでにナイフとフォークを持って、料理はまだかとテーブルを叩き続けた。


 魚屋の氷にひんやりと頬を寄せ、駄菓子屋のくじをみんな破いて実は全部はずれだったのをあばいた。服屋のショーウィンドーの前に立って、真っ赤なドレスをぼぉっと見つめているビタもいた。


 ビタはいたずらっ子だった。いいこともしたし悪いこともしたし、空気のように気づかれないこともした。もちろんそういう場合、目立つのは悪いことだった。誰もがビタを追い払った。ホウキで打ちつけ、ノラ猫ごと蹴り飛ばした。そうして追い払えば、ひとりのビタは、ほとばしる光となって消えてしまうのだが、何しろ総数が総数である、次から次に別のビタが現れてきりがなかった。水をぶっかけてやろうとして、井戸からつるべを引き上げたら、そこにビタが五六人鈴なりになっていて、逆に盛大に水をかけられたりもした。


 精霊祭りを楽しんでいたはずの町民が総出になって、ビタを追い払いにかかったが、その数は、なかなか減っていかなかった。


 あきらめて、あるいはこれもよい余興とて、祭りを再開した者もいた。なにせ精霊である。精霊迎えの祭りに精霊がいて何が悪い。ともに楽しめばよいではないか、と考えたのだ。


 そうでなければ。どうせ精霊である。朝になったら消えるのだ、と。




 さて。町の西の外れのそこそこ大きな屋敷に、そこそこの飯を食い、そこそこの服を着て、そこそこに上品なひげをたくわえ、それにしてはそこそこでなくでっぷりと太っている、ひとりの金貸しが住んでいた。


 金貸しとしては良心的に利子も低く、けして悪人ではない。長屋のあの男も、彼から多く金を借りている。


 だが彼は、ひとつ、人にはあまり好まれない習癖を持っていた。というのは、彼はひたすらに金持ちだったのである。世の中は金がすべて。金を持つ者すなわち正しく優れた者。そんな信念の持ち主だった。


 彼が一代でどれだけの財をなしたかというと、人生を三回ばかりやり直してもまだ釣りがくるくらいにはなるのだが、彼はまだまだ稼ぐのをやめなかった。さらには、ふつうの金持ちなら、稼いだ金を高級で豪華で贅沢な何やかやに散財するものだが、彼はそれすらもしなかったので、屋敷の金庫はふくらむいっぽうだった。彼にとっては、それこそが無上の喜びであり、夜ともなれば私室にこもり、えつに入って貯めた金を数えるのが常だった。


 祭りの夜であろうと、その日課は変わらなかった。彼の家に精霊が出るような品はなかったので、彼に精霊迎えは無縁だった。しかし、祭りの準備のために多くの者が金を借りに来た。その利息の計算をして、そろばんを弾いて、頬を緩める。計算を終えたら、今日生じた儲けも勘定に入れて、金庫の中身はさていったいいくらになるのか、これはさっそく数えてみなくてはなるまい。それが、金貸しの祭りだった。


 そんな金貸しの屋敷に、ビタが一〇人ばかり押しかけた。

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