最終話
家に戻ると、ティアが部屋の隅でうずくまっていた。微かに震えているのか……泣いている?
「ティア。えっと、その……」
とりあえず近寄り声をかけようと思ってみたが、なんて言えばいいのか出てこない。するとティアは涙目のまま僕をキッと睨みつけてきた。
「酷い……酷いよふたりとも。私は女の子なんだよ!」
その言葉にショックを受けたのか、アーリィがよろよろと後ろへ下がり、壁を背にずり落ちた。
「あたしも女の子なんだけど……」
黄昏たようにアーリィが言う。どうせがさつな冒険者なんてやっている自分は女の子として見てもらえないんだと全身で訴えているかのようだ。
「あ、あの、そういう意味で言ったわけじゃ……」
それに気付いたティアが今度はしどろもどろにフォローをしようとしている。完全に立場が逆だ。だがティアは僕以外の人付き合いはない。こういうときの言葉が出てこないんだ。
でもいくら危機的状況だからといって上やら下やら水分が出るところを余すところなく蹂躙されたんだ。そりゃ怒ってもおかしくはない。もしこれが逆の立場で、僕に回復の力があってティアが男友達と代わる代わる吸い付いてきたら……吐き気しかしない。
「わかった。状況的に仕方なかったとはいえ酷いことをしたことを認める。だからティアの望みを叶えてあげるよ」
「じゃあ……責任とってよ!」
責任といわれてもどうとればいいのかわからない。
これが普通の男女だったら……結婚とか? だけど僕らは兄妹なんだし、なにか違う責任のとり方があるはずだ。でも生憎僕には思い浮かばない。
そこでアーリィがなにかを思い出したのか、手をポンと叩いた。
「思い出したよ! 確か兄妹が結婚しても問題ない国があったよー!」
「「……は?」」
僕とティアの間抜けな返事はハモった。
ティアは若くしてSランク冒険者になり、あちこちへ旅をしたそうだ。そのとき立ち寄った国のひとつの話らしい。
「そこは兄妹だろうと同性だろうと、一夫多妻や多夫一妻好きなように結婚できる国なんだよ!」
なんだその国、色々と大丈夫なのか?
だけどアーリィの話によると、自由恋愛を求めてやってくる移民がとても多く、しかもその国でしか自分たちの恋愛が成り立たないため国を失いたくないためか、移民でありながら愛国心がとても強い強国なのだそうだ。
なるほど、門戸を広く開けることで人口的なものはカバーできるし、唯一の国であれば失いたくない人たちは必死に守ろうとするわけか。
「そこでミッツ君はティアちゃんの責任を取って結婚し、あたしはティアちゃんに責任を取って結婚。あとはミッツ君とあたしが結婚すれば全て解決だよー!」
いやいやいや、なにも解決してな……あれ? 解決してる? 僕もアーリィも責任がとれて、且つティアと一緒に暮らしていても問題なく、しかも夫婦であれば舐めていても不自然じゃない。
やばい、全て解決してしまう。
「あれ? でも僕とアーリィも結婚するんだ?」
さっきの話の疑問をふと投げかけてみたらアーリィは真っ赤にした顔を両手で覆ってしゃがみ込んだ。
「……流れ的に混ぜたら気付かないと思ったんだよー」
……うーん……。
正直なところ、僕はアーリィのこんなところがとてもかわいく感じてかなり好印象だ。だからアーリィと結婚できることに反対する気はない。
だけど彼女はタイマンでならドラゴンとも戦えるであろうSランク冒険者だ。力のある人間はその責任を全うしなければならない。これが世界のルールであり、だからこそSランク冒険者は貴族並の扱いを受けているのだ。
「アーリィはSランクの責務を果たさなくていいの?」
「でもあたし、きっと死亡扱いになってるよー」
まさかそんなことは……ああっ! そういえばアーリィの手足は放置したままだ。あれを誰かが発見したらきっと死んだと思うに違いない。
なにせ新しく生えるとかあり得ないもんな……ってことは、アーリィの存在は隠さないといけないんじゃないか? そうじゃないといずれティアのもとへ辿り着かれるかもしれない。
さもなくばアーリィに特別な回復能力があるとか思われそうだ。そうなるともっと危険な任務に赴かねばならなくなるかもしれない。
多分、まだ誰もアーリィの欠点に気付いていない。今まではきっと他に仲間がいたり、ここまでの大軍を相手にしていなかった。それに模擬戦は嫌がって誰もやってくれなかったから本人すら気付かぬままここまで来てしまったんだ。
これは隠匿しなければ。ティアのためにも、アーリィのためにも。
幸いアーリィには強者のオーラはないし、かげろう姫と呼ばれる所以の背中から羽のように出てくる薄刃の剣がなければただのかわいい女の子だ。少し変装するだけでこの国から出られるかもしれない。
「よし、この家を引き払ってその国へ行こう!」
「待ってよ!」
僕の決定に異を唱えたのはティアだった。少し怒っているみたいだ。
「どうしたんだよ」
「あのね、それがおかしいと思わないの?」
おかしい? 一体なにがおかしいんだろう。
僕が首を捻っていると、ティアが大きなため息をついた。
「私を守ってくれるのはすっごい嬉しいんだよ。でもさ、お兄ちゃんの人生、それでいいの?」
「それでいいって?」
「妹を守るためだけの人生だよ。お兄ちゃんにはお兄ちゃんの人生があると思うんだ」
……考えたこともなかった。
「正直なところ、僕の人生ってものがなんなのか全くわからない。でもいつもティアが家にいて、笑ってくれること以外に幸せを感じたことがなかった。これから先のことなんてわからないけど、少なくともティアのいない幸せなんて想像できない」
「……ばか」
一言つぶやき、ティアが抱きついてきた。これでよかったのかな。
「……うう、居辛いよー」
あああっ、アーリィのこと忘れてた! 半泣きじゃないか!
きっと僕らの間に入り込める余地がないと感じて孤独感や疎外感に圧し潰されそうになっているんだ。
「ごめんアーリィ! アーリィも一緒だから! ねっ」
「わ、私もまだ女の子同士にちょっと抵抗あるけど、頑張るから!」
その夜、僕ら3人は地下室で一緒に寝た。
────ひと月後
「見えたよー! あの国境を越えればソード・ティルト国だよー!」
「ようやくかぁ。長かったなぁ」
僕とアーリィはほぼ無休みたいな状態でリアカーを牽き、ティアと家財を積んでここまでやってきた。
ティアがいれば僕らに休みはいらない。とはいえここまでよく来たと思う。
「それでどこに住もうか」
「北の方か山に近いところがいいかなー!」
「ここも結構北だと思うんだけど、寒くないかな」
「3人で寝るんだから寒いほうがいいんだよー」
「もぉ、アーリィったら……」
ティアが顔を赤くしている。
北かぁ。海に近いところもいいと思うな。この国の東側は海らしいし、その辺りで涼しいところを探そう。
これが僕ら兄妹の最後の話。今後はきっと、3人夫婦の話になるんだろうな。
完
ちょっと妹を舐めてくるファンタジア 狐付き @kitsunetsuki
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