9話 ティアの力

「始まったみたいだ」


 外が騒がしくなっている。遠くに見える防壁の上の弓兵が動いていないから、まだ陣形は崩れていないのだろう。

 もし彼らが動き始めたらかなりまずい。それは防衛陣が破られたということ、つまり騎士団の全滅を意味する。そうなったら当然、町にも雪崩れ込んでくる。


「お、お兄ちゃん……」

「大丈夫だティア。さ、早く地下へ」


 津魔物は通る道を作るため全てを破壊していく。それはひとを殺すためのものではないため、邪魔にさえならなければ無事にやり過ごせる。だから地下へ逃げれば絶対ではないが安全だ。

 特にうちの地下は丈夫だ。通常よりも深く掘ってあるし、補強もしてある。扉も頑丈だから余程巨大な魔物ではない限り踏み抜かれない。

 ティアは妹だからという理由だけじゃなく、要だから絶対に守らねばならない。僕は最悪でも死ななければなんとかなる。




 暫くして大鐘の音がし、僕は家から飛び出した。

 防壁の上の弓兵が、必死に矢を放っているのが見える。とうとう破られたようだ。凄まじい地響きと轟音がここまで響く。魔物の群れが防壁へ突撃しているんだ。


 手が、震える。怖い。だけどなんとかしないと。アーリィからもらった剣を抜き、重い足取りで門へ向かう。

 そうだ、アーリィだ。彼女は無事なんだろうか。

 ……無事とは思えない。きっともう……。

 (私のバディになって欲しいな!)

 (きっとだよ!)


 頭の中の彼女が、笑顔で僕を誘う。────その瞬間、僕は走っていた。




「門が破られたぞー!!」


 僕が門まで来たと同時に魔物が大量に入り込んできた。


「邪魔だ!」


 剣を横なぎに払う。だけどここ数日ロクに動いていなかったせいか、鈍っていた。空振り。

 ……違う。剣が軽く、切れ味が良すぎて抵抗を感じなかっただけだ。目の前の魔物はちゃんと切り裂かれていた。

 凄い、なんだこの剣は。素振り程度の抵抗で魔物が斬り落とせる。


「おああああぁぁっ!」


 そうとわかった途端、足は無意識に駆け、門の外へと斬り進む。武器を振るわれても武器ごと斬る。

 周囲が見えない。全て魔物だ。一回大きく飛び、魔物を足場にして広範囲を確認する。

 近くに大岩があり、わざわざ登って通るメリットがないせいか魔物はそれを避けて通っている。一旦あそこで体制を整えよう。



「……あ……」


 岩場には、へばりつくような残骸があった。両手は潰れ、足は引き千切れ、顔は踏みつぶされたのか、半分肉がえぐれている。

 ……アーリィだった。


「う……あ」

「あ……アーリィ!」


 そんな彼女を岩から剥がすように抱き上げる。まだ息はあるが、もう少しももたなそうだ。


「来たんだ……」

「アーリィを探しにだよ!」

「あ……ありがとう。でも、もうダメみたい。最後きみに会えてよかった……」

「そんなこと言うなよ!」


 アーリィは体をよじるが、腕もうごかせなければ足も片方ない。なんでこんなことになったんだ。


「私、きみにね……ひとめぼれしてたんだよ」

「えっ」

「ごめんね。こんなばっちい物体に言われたら気持ち悪いよね。ごめん……」


 僕はぽろぽろと涙を流すアーリィの口を塞ぐようにキスをした。

 純粋で、いつも一生懸命で、真っすぐで……。

 アーリィは、汚くなんかない!


 絶対に死なせない。僕はアーリィを抱え駆け出した。




 町は酷い有り様だった。そこらじゅうに破壊の跡があり、今も尚続いている。うちの周囲はそれなりに高級な住宅地だからまだ大丈夫そうだが、それも時間の問題だ。


 うちは……よし無事だ。急いで扉を開け、地下へ降りる。


「ティア!」

「お兄ちゃ……な、なにそれっ」


 ティアがアーリィを見て口元をおさえた。まだ微かにアーリィだった面影が残っているからすぐわかっただろう。


「ティア、まだ息がある。お願いだ、助けてやってくれっ」


 僕は懇願した。わかっている。僕にとってはアーリィでも、他の人からすればあと数分も生きていられない肉の塊だ。気持ち悪いと思われても仕方がない。


 そんなアーリィの前に、ティアはへたり込むように座り、顔を寄せた。


「私ね、きっと嫉妬してたんだ。このひとにお兄ちゃんが取られちゃうんじゃないかって」

「ティア……?」

「兄妹なのにおかしいよね。でも、私にとってお兄ちゃんが全てで、だから来るたび嫌な顔を見せちゃったよね」

「こんなときになにを言ってんだ……」

「ごめん、ごめんねアーリィさん……」


 ティアはアーリィにそっとキスをした。



「──えっ?」


 アーリィは両手でティアに抱きつき、動けなくするためか手で後頭部を押さえた。


「ん……んんーっ!」


 アーリィはティアの口の中へ舌を突っ込み、口内にある水分を軒並み掻き出し、更にティアの舌までしゃぶりつく。


「う、ひゃ……ひゃああっ」

「はぁ、はぁ……も、もっと……」


 アーリィはティアの指へ指をからめるようにして手の動きを封じ、ふとももをふとももで挟んで暴れられないようにし、ティアの口を舌で貪る。

 ……なんか、艶めかしい。


「ふうぅ……ぜ、全快いいぃぃっ!」


 アーリィは立ち上がり、こころなしかツヤツヤした顔で笑顔を向けた。逆にティアはなんか枯れた印象だ。


「凄い! 私、今! 今までにないくらい最高潮!」


 顔はもとより潰れた腕も、千切れた足も元通りだ。それに体力も全快で、古傷なども戻っている。


「アーリィ、これは絶対に秘密でお願い」

「なんで!? みんなで回復したほうがいいと思うよ!」


 みんなそう思うだろう。僕だってできるだけたくさんのひとを助けたいと思う。だけど一番守りたいのはティアなんだ。


「今後のことを考えたら、ティアは国に奪われてしまうかもしれないんだ。それで研究とかされたり、最悪、体液を搾り取られるかもしれない」

「そっか……そうだね! じゃあ言わない! 行ってくるね!」


 そう言ってアーリィは再び戦場へ飛び出して行った。


「くっ」


 追いかけようとしたら、膝から崩れてしまった。結構無茶して戻って来たせいか、僕の体もボロボロだった。


「ティ、ティア……」

「ううぅ、口の中の水分全部持っていかれた……」


 なんだと!? アーリィはどんだけ吸い取ったんだ。

 でも急いで追わないといけない。……仕方ない!


「ティア、ごめん!」

「えっ……あひゃあ!」


 ティアの両足を掴み持ち上げ、下着を剥ぎ取る。ティアの最後の水分はここにあるはずだ。


「それだけはほんとダメ! ダメだよ!」

「だけどもうこれしかないんだ!」


 今のアーリィはとんでもなく速……いや、彼女の足は遅かったな。とにかく今ならまだ追い付ける。

 今度はバディとして、共に戦う。決めたんだ。


「これ以上のことしたら私たち、本気で普通の兄妹に戻れなくなるよ……」


 ティアはしかめた顔で僕に訴える。

 今まではいびつながらも普通の兄妹の状態を保ってきた。

 だけどこれは確かに一線を越えた行為だ。引き返す道なんて残らない。

 それがわかって尚、僕はティアの膝を開いた。


「ほ、本当にいいの?」

「……上等だっ」

「ひゃぅんっ」



 ほどなく僕は全快し、アーリィを追った。

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