8話 地獄の入り口
「それで、今日はこれだけのために来たの?」
「うん! 最初から動けるだなんて思ってなかったし、こういうのは早いほうがいいからね!」
律儀な子だ。それにSランクってもっとエリートみたいな印象だと思ってたけど、気取ったところもなくとても親しみやすい。他のひととは会ったことないが、どんな感じなのか興味が出てきた。
用が済んだところでアーリィは手を大きくブンブンと振って帰っていった。
さてと、決戦まであと1週間。身体が鈍らないよう運動はちゃんとしておこうか。
……そのはずだったんだけど、アーリィが毎日うちへ来ていた。
少しでも運動しようとしたらまだ駄目だって怒る。だから動けるのはアーリィが帰った後だ。
「あのひと、お兄ちゃんに気があったりするんじゃないの?」
「そういう失礼な言い方はよくないよ」
「失礼な言い方って?」
「あのひとって呼び方だよ」
ティアは何故かアーリィが来ると不機嫌になる。
もしかして……嫉妬のようなものかな。
ティアは病弱だという設定のせいで外出はほとんどできない。だから友達はいない。なのに僕は外で友達を作っているんだ。ずるいと言われても仕方ないだろう。
「ティアはアーリィが嫌い?」
「えっ!? そ、そんなことはないよっ」
慌てるように否定した。よかった、嫌っているわけじゃないんだ。
だったら話が早い。アーリィとティアを友達にしてしまえばいい。そうすればティアも嬉しいだろう。
「アーリィと仲良くできる?」
「う、うん……。ねえお兄ちゃんはあの……アーリィさんのこと、どう思ってるの?」
「どうって?」
「す、好きとか……」
今日のティアは妙だ。態度もそうだけど変なことを聞いてくる。
「そりゃ好きだよ。雇われて来ているとはいえ、僕らの町を守ってくれるんだ。それに嫌な顔ひとつせず、それどころかとても人当たりがいい。Sランクとして強さもかなりなもので、僕の目標だよ」
僕は全身ボロボロだったのにアーリィは傷ひとつ負っていなかった。あれだけの力差があるのにAランクなんて恥ずかしくてなりたくない。
これも僕がAランクに上がらない理由ということにしてもらおう。
「そういう好きじゃなくって……。じゃあお兄ちゃんは私とアーリィさん、どっちが大事?」
「ティアに決まってるじゃないか。もしふたりが死にそうでどちらかしか助けられないのなら、僕は迷わずティアを選ぶ」
「……そっか」
家族だけは何ごとにも代えられない。僕は両親に誓ったんだ。ティアをずっと守るって。
「ティアなんか嬉しそうだね」
「そう? ふふっ」
よくわからないけど機嫌がよくなってくれてなにより。さて運動を────
「なに……これ……」
突然の騒音にティアが驚きの声を出すが、僕も同じ状態だ。
町中の鐘という鐘が全て鳴り響いている、なんとも形容し難い音がする。
慌てて窓から外を覗くと、遠くから狼煙が上がっているのが見えた。
理由はわかっている。魔津波が近いんだ。
だけどまだ最初の観測所が発見したのが伝達されただけだから、2日くらいは猶予があるだろう。それでも急に背筋を冷やされたような、痺れにも似た感覚があった。
「お兄ちゃん、どうするの?」
ティアは僕のシャツの裾をぎゅっと握る。引っ張られた生地からティアの震えが伝わった。
どうもこうもない。僕がティアを守らないと。僕は恐怖に怯えるティアをぎゅっと抱きしめた。
「こんにちゃー!」
翌日、昼過ぎにアーリィがやって来た。左右の腰に1本ずつ、背中に交差させ計4本の剣を携えている。
「やあアーリィ」
「今晩辺りに到達予定だから、これから準備行ってくるね!」
今回の作戦は魚鱗陣という三角の陣形で、中央をしっかり固め流れを切り開き、津魔物を外へと逃がすことで、町への被害を抑えるらしい。
そして三角の先端を担うのは騎士団の精鋭だという。Sランクは更にその先で遊撃し、少しでも数を減らす役割とのこと。
「かなり厳しい立ち位置だね。大丈夫なの?」
「なんとも言えないかな。まだ見てないし! だけどもし無事に帰れたら」
「帰れたら?」
「私のバディになって欲しいな!」
笑顔で言うアーリィは微かに震えていた。彼女も怖いんだろう。そんな彼女に僕ができることは、勇気づけることだ。
「わかった。そのときは一緒に冒険しよう」
「きっとだよ!」
アーリィはいつものように手を大きく振って去って行った。
「アーリィさん、行っちゃったんだ」
「うん。無事に帰ってこれるかな」
「お兄ちゃん、あんな約束しておいて無事に帰って来て欲しいんだ?」
ティアは少し怒っているような感じで聞いてきた。
ああそっか、アーリィと冒険するってことは、僕はかなりの期間家を空けないといけなくなるのか。それは問題ある。
なによりティアをひとりで置いて行けるはずがない。でもあのときは少しでも希望をあげたかった。
「……ティア、一緒に冒険してみないか?」
「えっ?」
僕ひとりでティアを連れて冒険はかなり無理がある。だけどアーリィも一緒ならなんとかなりそうな気がする。
彼女ならきっと、ティアの秘密も守ってくれそうな気がする。
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