7話 朝の出来ごと

「ん?」


 アーリィと戦った翌日の朝、玄関の扉がコンコンと鳴った気がした。多分気のせいだろう。


 ドンドンドンッ


 気のせいじゃなかった。誰かがノックしている。

 誰だろう。僕の家に人が来ることはまずない。近所付き合いもないし。


 ダンダンダンッ


 うわ、本気で叩いてきた。ちょっと、いやかなり困る。


 ガォン! ガォン!


 やっべ、体当たりまで始めてる! このままじゃドアが破壊されてしまう。多分どこかと勘違いしているんだ。早々に立ち去ってもらおう。


「一体なんですか──」

「うわわわわっ」


 勢いよく体当たりをしようと思ってたところ突然ドアが開き、止まれなかったアーリィは僕に飛びかかった。


「いてててて……」

「ご、ごめんね! ごめんね! なかなか開かないから中でなにかあったのかと思ったよ!」


 朝っぱらからアーリィの登場だ。なんだろう一体。


「うちは2階建てだからノックされても気付かないか、出るのが遅いんだよ」


 するとアーリィは外へ出て見上げ「ホントだ!」と一言。ほんと面白い子だ。


「それでどうしたの?」

「昨日剣折っちゃったから弁償! この剣はね、名匠ネーブルが希魔鉱で作った逸品なんだよ!」


 よくわからないけどなんか凄い武器なんだろう。申し訳ないけど僕はその職人も石も知らない。僕が持っていたのはギルドおすすめの武器屋で買ったちょっといい鍛造剣だ。

 だけど遠慮してもらわずにいられるほど僕の懐事情はよろしくない。あの剣だって結構いい値段したんだから。


「ありがとう。もらっておくよ」

「うん! 治ったら使って……って、あああ! なんで!? もう治ってるよね!?」


 やば、バレた。アーリィは驚きとともに僕の体をぺちぺち触ってくる。

 そしてちゃんと治っていることを知りホッとし、そしてまた顔を赤くして手で覆った。


「……どうしたの?」

「ううぅ、私、ギルドのみんなに喧嘩売っちゃった」


 どうしてそうなった。


「なにがあったの?」

「私がきみを大怪我させたからこの町の冒険者の戦力が大きく落ちたってギルドで謝ったんだよ。そしたら先輩冒険者があいつだったら一晩寝れば治るって言って、だから私がそんなことないって言い返したんだよ。じゃあいつも怪我を隠して戦ってたってことになるんだから、そんなの見抜けないようなギルド員なんて怠慢だって」


 うん、戦うようになったころはずっと心配されてたし、強制的に仕事を止められたりもした。だけどここ2年くらいは当たり前のようにやってきてたから、普通なら大ごとになるのを忘れてた。


「まあ、僕の行きつけの治術師が優秀ってことで……」

「これは優秀って話じゃないよ。だって術理的におかしいんだから!」


 それからアーリィによる術理講座が始まった。


 治癒魔法で切り傷などを治すのは、基本的に1週間はかかると見ていい。傷口を塞ぐだけなら1日で済むが、接続された部分が馴染むまで1週間かかるとのこと。

 そして筋肉が切れた場合は、一度筋肉を延長させる魔法を使って切れた部分と繋げ、接続された部分がきちんとくっつくまで1週間かける。その後に伸ばした筋肉を元の長さに戻す魔法を使うんだけど、一気に引っ張るとつなぎ目が剥がれちゃうから1週間かけてゆっくりと戻す。これで計2週間。

 だから1日で体が元の形になることはあり得ないそうだ。



「えっと、大変勉強になりました」

「それはいいんだけどさ、その治術師さん紹介してよ! 絶対に国からも重宝されると思うよ!」


 そう聞かれるのはわかっていたから、結構昔から使っている手で断る。


「実はその人、昔国の研究所で働いていたんだけどさ、大きな事故があってその責任を全部押し付けられたんだ。それで逃げるように隠れているから他人に教えられないんだよ」

「そっかぁ。じゃあ私が国と話つけてあげるよ! それだけの治術使える人だったら絶対に恩赦もらえるし、私が口添えしてあげるよ!」


 やばい、さすがSランク冒険者は国との繋がりがあるのか。じゃあこの手は使えない。


「ごめんさっきのなし。一旦忘れて」

「えっ? うん」

「実は個人で細々と研究していたんだけど、全ての手柄を国の機関に奪われそうになったんだ。だからその人は国を信用できなくて……」

「あー、うん。ケンリョク争いに使われるのはイヤだもんねぇ」


 アーリィはうんうんと頷いている。納得してくれたようだ。


「それじゃ普段みんなにはなんて言ってるの?」

「昔から言うじゃん。傷なんてつばでも付けておけば治るって」


 これは嘘じゃないから嘘を感知する魔法でもひっかからない。

 あとみんなは僕自身が強い回復力を持っている人間だという風に思ってくれている。ティアには無関心だ。


「それでもやっぱ傷が塞がっただけだから安静にしていないといけないんだけどね」

「だよね! そうじゃないとイキモノとしておかしからね!」


 ティアの回復は生物として異常なのか。

 仕方ない。やはり大人しくしていたほうがよさそうだ。津魔物が来るということでAランク以上の人たちが町に増えてきているだろうし、余計な詮索を避けるためにもおさまるまではギルドも行かないようにしないと。


「そういえば1週間くらいで発生するって話はギルドにしたの?」

「うん! だけどどうにもならないから、今ある力だけでどうにかしないとね!」


 どうにもならないってどういうことだ?


「そこはどうにかできないのかな。近い町や村に応援を頼むとか」

「近くの町や村だって被害を受けるから、他に回す余裕なんてないと思うよ!」


 そっか。全ての魔物がこの町へ集中して来るわけじゃない。かなり広範囲を通り抜ける先にこの町があるだけなんだ。

 だけどそうなるとかなり厳しいんじゃないか? まだ大丈夫だと思ってのんびりしている人がいるかもしれない。当日までに頭数は揃っていないと思ったほうがいいだろう。


「気になるのはわかるよ! でも明日くらいにはここにもSランクがあと2人くらい来るから」


 それは心強い。ひとことでSランクと言ってもピンキリだろうけど、少なくともAランクよりも強いはずなんだから、ちょっとでもいてくれるのは助かる。


「ちなみに今、この町にAランク以上ってどれくらいいるのかな」

「地元冒険者と合わせて60人くらいだって! できれば100人以上は欲しいよね」

「だけど軍も来るんでしょ?」

「国軍と領軍両方出るみたいだけど期待はできないかな。なにせ広範囲だからね」


 防衛のことを考えたら全軍投入するわけにはいかないし、それに町や村だけ守っていればいいわけでもない。だから守りは広く薄くなり、倒せない場合も多くなる。

 町の守衛もがんばってくれるとは思うが、冒険者と比べたら明らかに戦闘経験が足りない。


 だけど最前線に出るのは嫌だなぁ。

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