6話 誤解
「ちょっ、降参! こうさ────」
「好きぃーっ!」
アーリィは勢いよく抱きついてきた。
……好きぃ!?
「ああああのちょっと、えっと、なにを言ってるのかな?」
なんとか言葉を出してみたのだが、自分でもなにを言おうとしているのかわからない。
するとアーリィは耳まで真っ赤にさせた顔を両手で覆い隠した。
「言い間違えたぁー!」
ほんとすっごい恥ずかしい言い間違えだ。僕も子供のころ近所のおばさんをお母さんと呼んでしまってすっごい恥ずかしかったのを思い出した。
でも流石にこれはきついだろう。完全に告白だ。間違いだとわかったうえでなお、未だ僕の心臓はドキドキしている。
だけどこれは不幸中の幸い、今の時間に訓練場へ来るようなひとはいない。だから目撃者は────いたぁ!
陰からこっそり受付さんが見ていた。勘違いされたらまずい。
だけどあまりの恥ずかしさにしゃがみ込んでしまったアーリィを放置するのもかわいそうだ。ってああっ、受付さんが駆けて行ってしまった! どうする? 追うか?
悩んでいた間にアーリィが僕のズボンを握り締めてた! やばい、動けない。
受付さんの影が見えなくなったころ、アーリィは立ち上がって自らの両頬をぺちぺち叩いた。
「あの、さっきのやり直していいかなぁ!」
「ど、どうぞ……」
「えー、こほん。きみ、私のバディになってよ!」
えええーっ!?
バディって確か、2人1組の最小のチームのことだ。自分が生きるも死ぬも相方次第。選ぶのは普通、自分と同等の相手になる。
「だけど僕はBランクだし……」
「それ! それがおかしいんだよ! なんでBランクなの? もしかしていじめられてる?」
「そうじゃなくて──」
「私が進言してあげるよ! 防御がいまいちだけど、きみの実力はAランクでも上の方なんだから!」
アーリィの言葉がちくりと刺さる。見抜かれていた。
僕は多少のダメージくらいは許容する戦いをしていた。なにせ帰れば全快できるんだ。そのせいで相手の攻撃が致死性でなければ攻撃を優先して受けてしまうことがある。
「実力を高く評価してくれるのは嬉しいけど、僕は現状が一番いいんだ」
「えーっ」
とても不満そうに声を上げる。
初対面だけど、この子はちょっと抜けているがとてもいい子だとわかった。だから僕の事情を理解してくれればきっと納得してくれるはずだ。話してみよう。
「────つまり、妹ちゃんが大事だから長いこと町を離れたくないんだね!」
「うん。だからBランクは都合がいいんだ」
「そっかそっかー、納得いったよ! 自分で昇級拒否るって初めて聞いたぁ!」
あっさりと納得してもらえた。単純だけどとてもいい子だ。
……いつつっ! やばい、気が緩んだら千切れた筋から激痛が走った。許容できないほどの痛みは久しぶりだ。
「あああごめんね! 痛いよね! 私、加減や寸止めできないんだよ」
そっか、だから殺気がなかったのに剣が人を殺す軌道を描いていたのか。これじゃ手合わせしてくれるひともいなかっただろうに。
ああだから受付さんは止めようとしてたのか。伝い名は名前とともにうわさも流れやすいから知っていたのかもしれない。
……なんで止めてくれなかったんだ。
「気にしなくていいよ。僕が頼んだことなんだし」
「ううぅ、だけど
「方々って?」
「だってあと1週間くらいで魔津波が来るのに有能な剣士潰しちゃったんだよ! その感じだと癒しの魔法使っても半月は安静にしないと」
そんな直近のことなの!? なんの準備もしていないよ!
というよりも、ギルドのひとや守衛たちはもっと緊張感を持ったほうがいいんじゃないのか?
「それはどこ情報なの?」
「空気かな」
そんな空気どうやってわかるんだ。
いや、だけどこの子はSランクだ。場数も強さ多さも段違いで戦い続けている。だから僕のわからないこともわかるのかもしれない。
「一応報告はしておいたほうがいいかもね。じゃあ僕は帰るよ」
「う、うん。だけどバディの件はちょっと本気で考えて欲しいなぁ!」
過大評価されるのは辛いけど、Sランク──しかもかわいい子から頼まれるのは正直嬉しい。とはいえ僕は離れられないしなぁ。
そんなところで話を切り上げ、ギルド入り口まで戻ると周りの目が痛い。凄いニヤニヤしたいやらしい顔でみんなが僕を見ている。
……受付さんにはまた振られるよう呪いをかけよう。
「大丈夫? ちゃんと歩ける?」
とても心配そうな顔でアーリィは僕を見ている。
「これくらいならまだ動けるから大丈夫だよ」
「うぅー……。あっ! 私が家まで送るね!」
また突拍子もないことを言う子だ。
でもこれは駄目だ。僕の家を知っているのは地元冒険者だけだ。Sランクとはいえよその冒険者に見られるのはまずい。
「ありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ」
「駄目! その体じゃ長く動けないのはわかるんだから! 未来のバディになにかあったら大変だから絶対送る!」
くっ駄目か。でもきっといつものように
「まあいいじゃねえかよミッツ。送ってもらえよ」
……仕方ない。ティアのことがバレなければなんとでもなる。
「ただいま」
「今日はすごく早かったね……ってお兄ちゃん! 大丈夫なの!?」
脇腹辺りの筋肉が断裂し、変な盛り上がり方をしているうえ肩がざっくりと切れている。普通じゃなくても驚くだろう。
「へーっ! 妹ちゃんメチャクチャかわいいね! こんなかわいい子見たことないよ!」
アーリィが驚きの声を上げる。そしてティアが固まった。
「お、お兄ちゃん。こちらは……?」
「あー、えっと、彼女はアーリィ」
「恋人でぇす!」
そして暫しの沈黙。やがてアーリィの顔は真っ赤になり、両手で覆われた。
「……また言い間違えたの?」
アーリィは顔を手で覆ったまま無言でコクコクと頷く。
「えっと……彼女はアーリィで、Sランク冒険者。彼女との模擬戦で僕は体を痛めたんだよ。それでアーリィ」
「ううぅ」
「なんて言いたかったの?」
「バディの予定ですーって」
「……なんでそれが恋人になるの?」
「バディってなにって聞かれたら、互いに命を預け守りあう恋人みたいな間柄だよって言おうと思ってて……」
先走っちゃったのか。ほんと面白い子だな。
「とりあえず無害な子だから……いつつっ」
「お兄ちゃんの言う無害ってそんな大怪我させることなの?」
ティアが怒ってる。なるべく怪我はしないと約束したばかりだったから仕方ないか。
「悪かったティア。考えが甘かったんだ」
「もういいよ。それより」
ティアが僕を2階の自室へ行くよう促す。僕も早く治したいからそれに従おう。
「じゃあアーリィ、送ってくれてありがとう」
「ねえ本当に大丈夫? 治術師呼ぶ?」
「いきつけのところがあるから大丈夫だよ」
「そっか……。なにかあったら呼んでね! すぐ行くから!」
アーリィは何度も振り返りつつ戻って行った。
「お兄ちゃん、痛む?」
「かなり……早いとこ頼む」
僕は自室のベッドで横になっていた。完全に動ける状態を過ぎていたようだ。
「で、でもあんなに早く帰ってくると思ってなかったからミルク飲んだばかりだよ」
「マジかぁ」
ティアの体液……というか、唾液での回復能力は、ミルクを飲むと何故か暫く効力がなくなってしまう。
そうなると口からは期待できない。どうしよう。
「す、少し待っててもらえるかな?」
「わかった」
ティアは部屋を出て────凄い音をさせた。これは階段を駆け上がったり駆け下りたりしている音だ。
何度か往復した後部屋に戻ってきたティアは、僕の横で膝を抱えるように座り毛布で体を包んだ。
「……今回だけだよ」
数分すると、ティアは毛布を取った。って、あああ!
「ティア、服!」
「えっ……ああっ」
ティアは袖のあるシャツを着ていた。これだと汗は布に吸われてしまう。
「まだ、まだ大丈夫だ」
「えっ……きゃっ」
ティアの足を持ち上げる。
思った通りだ。膝裏に薄く汗が滲んでる。
「ちょっ、この姿勢、やっ」
座ったまま足を真上にピンと伸ばした状態だ。下着が見えぬようティアはすぐさまスカートを内股へ巻き込む。
「すぐ済むから」
僕はティアの膝裏の窪んだところへ舌を這わす。
「くっ、ひゃうっ」
ティアがくすぐったそうに身をよじらす。
ちょっと足りないか? 一定量摂取しないと回復しないから、僕は膝裏の窪みを余すところなく舌でなぞる。
「ごめん、ちょっと足りない」
「やっ……あうっ」
今度は逆の膝裏に吸い付く。じんわりと湿った肌は、汗の塩気を感じる。
「……よし、もう大丈夫だ。助かったよ」
「うぅ」
ティアが涙目になっている。くすぐったいのを我慢してくれていたのだろう。
とりあえず……今日は休むかな。
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