5話 Sランク
「おはようミッツさん」
「おはようございます。今日はどんな仕事がありますか?」
全快した翌日早朝、僕はいつものようにギルドへ仕事を求めてやってきた。
そして何故か受付さんの目が泳いでいる。僕をちゃんと見ようとしない。なんでだろうか。
「えっと、なんですか?」
「えっ? あー、そのですね、今日はこれといった仕事がないんですよねぇー」
すっごいわざとらしい言い方をしている。怪しい。
「あれっ、でもAランクだと仕事がいっぱい来てるわぁ。この数はうちのAランクだけじゃ捌けないかもしれないわねぇ」
目に染みるほどのわざとらしさだ。思わず顔をしかめてしまった。
「……そんな顔で見ないで下さいよぉ。私だって辛いんですから」
そしてとうとう弱音を吐いてきた。どういうことなんだろう。
「わけを聞かせてもらえませんか?」
受付さんはため息をついて白状した。
「実は、近々Sランク冒険者がやってくるんです」
「へぇ」
Sランクかぁ。うわさでしか聞いたことがない。25までにAランク入りができたら一流と言われる冒険者稼業のなかで、Sランクは更に特別なひとたちだ。
本当にひとにぎりの才能を持ち、ランクなんて通り過ぎるように上がっていき、当たり前だと言わんばかりにSランクへ鎮座する。それほどの強さを持っているそうだ。
「だけどそれと僕が昇級するのは話が違うと思うんですが」
「……だって……じゃないですか……」
「え?」
「だって、みっともないじゃないですか! うちのギルド、Aランク少ないんですよ!」
「つまり見栄のため僕をAランクにしたかったと?」
「うぅっ」
そんな理由で上げられても困る。この先身の丈に合わないランクのせいで仕事がしづらくなる可能性が高い。それで済めばまだいいけど、最悪死ぬかもしれない。
「だけど僕ひとり増やしたところで大したことないと思いますよ」
「若干17歳でAランク入りというのがいいんですよ。誰が聞いてもSランク候補じゃないですか!」
そんな風に思われるのは絶対に嫌だ。僕がBランクになれたのは、単に稼働率が高いからだ。普通の冒険者は週1か2くらいでしか依頼を受けないし、数日かかる仕事を終えたらその後1週間は休む。だけど僕は毎日だ。同じ年代のみんなより何倍も多く場数を踏んで経験を得ているだけなんだ。
剣を持ち戦い10年生き残れば誰でもBランクになれると言われている。それから先は才能の世界であり、僕はそこまでの器じゃないと思っている。
「それに、もうじき20年に一度の津魔物が来るそうで」
僕は思い切り顔をしかめた。
津魔物、それはこの世界の他に存在すると言われている魔物の世界から津波のように魔物が襲い掛かって来る現象だ。
その世界との境界には
「Aランクって強制招集に応じなければいけないんですよね?」
「ぎくっ」
「少しでも戦力が欲しいからって無理やり引き上げるのはどうかと思います」
そんなものに巻き込まれたくない。僕は冒険者として成り上がり成功したいわけじゃない。ただティアが幸せに暮らしてくれればそれだけでいいんだ。
だから当然津魔物でも戦わないわけにはいかない。ティアを守るためだ。だけどSランクやAランクは最前線に立たなくてはいけないから死亡率も上がる。僕は後方で町を守るのが精いっぱいだ。
「こんにちはー」
僕と受付さんが話していたとき、ギルド内に明るい女の子の声が響く。ついそちらへ目を向けると、僕と同年齢くらいの輝くほど眩しい銅髪をした少女がいた。
「いらっしゃい。どのようなご用件でしょうか」
受付さんはそちらへ顔を向けると、少女はニコニコしながら小走りでやって来た。
「私でーす」
「あの、えっと」
少女は元気よく手をあげて言うが、受付さんは困った様子。5年ここにいる僕も見たことがないのだから他の町の冒険者だろう。
町娘ではないことはわかる。装備と歩行のバランスがかなり慣れているから。
そして少女は微妙な空気に気付いたのか、真っ赤にした顔を手で覆い隠した。
「あうぅ、大恥かいたぁ!」
「えっと、それできみは?」
僕も気になって聞いてみた。すると少女は息を整え笑顔を取り戻した。
「私はアーリィ・トワータです! 冒険者やってまーす!」
「僕はミッツ。よろしく──」
突然ドシンとなにかが落ちた音がし、見てみると受付さんが椅子ごとひっくり返っていた。
「し、し、し……失礼しました! あなたがかの”かげろう姫”アーリィ様だなんて!」
慌てて立ち上がった受付さんは突然平謝りをした。するとアーリィは少し不機嫌な顔を見せる。
「その呼ばれ方好きじゃないんだけどなぁ」
かげろう姫ってなんかかっこいいのに。というか伝い名があるほど有名な冒険者……つまりこの子がSランク!?
「じゃあきみがここへ来るって聞いてたSランクの?」
「うん! カンロクあるでしょ!」
「ごめん、ない」
アーリィはまた赤くした顔を手で覆い隠した。なんだろうこの子。
「どうしたの?」
「……Sランクになるとカンロクがついて見ただけで強そうなオーラが出るから名乗らなくてもわかるって言われたのにぃ」
からかわれたのかな。本当にSランクか疑わしくなるほど抜けた子だ。
だけどSランクか。ちょっと興味ある。僕程度じゃ敵わないのはわかっているけど、僕の技量を向上させるためにも手合わせをお願いしたい。
「アーリィ、ちょっと手合わせお願いできるかな?」
「ううぅ……えっ!? いいの!?」
急に明るくなった。手合わせを願っただけで喜ぶなんて、実は結構武闘派なのかもしれない。
「ミッツさん、それは……まあミッツさんだったら大丈夫か」
受付さんはなにかを言いかけたが引っ込んでしまった。
釈然としないまま、僕らは訓練場へ向かった。
「模擬戦だからかげろうは使わないよー。普通の剣でいいよね?」
「お願いしますっ」
アーリィは腰に差した剣を取り、放り投げた。あれがかげろうなのだろう。
だけどSランクなのにBランクの僕に付き合ってくれるとは思わなかった。
「じゃおいでー」
「はいっ」
アーリィへ一気に距離を詰め、斬りかかる。
「えっ? 嘘っ。速っ」
僕の得意な五連斬だ。打ち合った相手の剣の反動を利用し、すぐさま逆方向から斬りつける。相手は判断してから動かないといけないからワンテンポ遅れる。それを繰り返すことでどんどん遅れていき、五発目が入るときにはガラ空きになっている。
「きみ、Bランクって嘘でしょ」
「なっ!?」
三発目を打ち合った瞬間、彼女は僕の背後へぴたりとつけていた。一旦距離を取り、ペースを戻さないと。
「へえ、切り替えも早い。いい剣士さんじゃん!」
体を捻りバックステップをしたのに、彼女はずっと僕の後ろにいた。なんだこの恐ろしい速さは。
「くっそ!」
僕は前へ向かって全力で走る。これでも足には自信があるんだが、きっとすぐ追い付かれるだろう。
後ろを振り返り、距離を見る。すると────
「うわぁ、足速いねー!」
彼女はのたのたと走ってきた。
……い、いや! これはきっとワナだ! そうじゃないとさっきまでの説明がつかない!
「おおおおぉぉっ!」
走ってきたアーリィに向かい反転して斬り込んだ。
また消えた!? いや違う、視界の端が微かに捉えられた!
彼女は斬りかかる方向に向かって、つまり僕の死角を使って背後に回っていたんだ。実際彼女自体はそこまで速くないのかもしれないが、これで理由がわかった。
そうとわかれば、右へ回る瞬間左へ切り替える。これで──
「ありゃ気付いたかぁ。だけどもうちょっとだね」
「ぐっ」
フェイントまで完全に読まれていた。
そして突然横から剣を振られ、剣の側面で受けてしまい折られてしまった。彼女の剣は止まらず、そのまま僕の胸を斬りつけようとする。
──違う、逆だ!
無理やり体を捻りながら僕は横へ弾けるように飛んだ。無理をしすぎて体の筋が切れるのがわかるほど痛めた。
だけど右肩を少し斬られただけで済んだ。
「嘘! 今のどうして気付いたの!?」
「なんとなく……わかったんだよ」
剣を折った瞬間まで両手で握られていた剣が、片手持ちになっていた。じゃあもう一方の手がどこへ行ったか。考えずに離れることを選んだのは正解だった。
二刀流だったのか。本当に危なかった。
でもこれで終わりだ。致命傷はないにしても、このダメージじゃまともに動けない。
剣を放り両手を上げ降参の意を表すと、アーリィは────襲い掛かってきた。
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