第2話

 電話が鳴った。

 大助はベッドから手を伸ばし、サイドテーブルの携帯を手にした。

 火村組の若頭、藪元からの電話だ。

「……俺だ」

『親父、ニュースご覧になってますか』

「ニュース?」

 携帯の横に置かれていたテレビのリモコンを操作する。

 ニュース番組は今まさに、未明に起きたアパートの爆発事故を報じているところだった。

『あれ……あのアパート、あの男のヤサじゃないですか』

 大助は返事をしなかった。

 見覚えのあるアパートは確かに霧氏のアパートだ。

『いやビックリしました。飲んで帰ってきたら部屋が爆発したって……幸い、被害が自分の部屋だけですんでよかったですけど』

 しかしテレビリポーターのインタビューに、興奮冷めやらぬ様子で答えているのは、イケメンとは言いがたいが人懐っこい顔をし、無造作に伸ばした髪を後ろでひとつに括っている霧氏ではなく、赤ら顔で頭髪の薄い初老の男だった。

「あれは……だれだ」

 ぼんやりと開いた口からそんなつぶやきが漏れる。

『親父?』

 藪元の声で我に返り、寝ぼけていた頭が回転し始めた。

「ヤブ、お前も今、ニュースを見てるんだな?」

『へい』

「すぐに若いのをやって霧氏のことを調べさせろ。それとあのインタビューに答えてる奴が何者なのかも、だ」

『へい、すぐに』

 電話を切った大助は、苦々しい表情でテレビ画面を見つめたままつぶやいた。

「霧氏……てめえ……」

 大助が霧氏と知り合ったのは、二年前の夏だった。

 祖父の代から付き合いのある風龍会ふうりゅうかいの金庫番である男が、会の金を持ち逃げしてこの街へ逃げ込んだらしいので引き渡してほしいと言われた。

 しかしこの雑多な街で男ひとり探すのはけっこう困難だ。

 そんな折、懇意にしていた西條から霧氏の話を聞いた。

「俺も詳しいことは聞いちゃいないが、情報を生業にしてるってことだから、そいつならお前さんになにか手がかりをくれるかもしれないぜ」

 アパートの場所だけ聞いて、いつ訪ねるともだれにも話さなかったのに……アパートのドアを叩いた瞬間、霧氏はすぐにドアを開けた。

「ようこそ三代目さん」

 人懐っこい笑みを浮かべて、部屋に入るよう促す。

 狭いアパートの中は日当たりだけはいいせいで、外よりもかなり暑かった。

 なにか冷たいものでも……と台所に立つ霧氏の後姿に声をかける。

「俺がここにくるって……西條先生から聞いたのか」

「いえいえ」

「じゃあなんで知ってる。俺が今日ここへくるなんてだれにも……」

「そこがまあ、情報屋としての腕の見せ所でして……」

 霧氏は氷の入った麦茶のグラスを、大助の前に置いた。

「老婆心からひとつご忠告を。火村組の事務所にある電話、あれではあまり長電話をなさらないほうがよろしいですよ」

「なんだって?」

「おたくの事務所、自分がわかってるだけでも四つは盗聴器が仕掛けられてますから」

 大助が苦々しい表情でグラスを手にする。

「……てめえの仕業か」

「とんでもない。自分はそういう盗聴器だとか監視カメラのをちょっと見せてもらってるだけです」

 痩せ型で、長髪をひとつに括り、どこにでもいそうな青年だと大助は思った。

 ただひとつ、真夏だというのに両手を黒い皮手袋で覆っているのが気にかかる。

「まあを見る方法を知っている、と言うべきでしょうかね。だからこそ、今日この時間に三代目さんがいらっしゃることを知っていたわけです」

「じゃあ、俺の目的がなにかもわかるな」

「もちろんですとも」

 霧氏は満面の笑みを浮かべ、さながらマジシャンの如く手の中から二枚の写真を取り出してきた。

「おい、今の……」

「これくらいの手品も朝飯前です。で、ええと、こちらの写真ですが」

 監視カメラの映像らしき写真は、右下に小さく日付が入っている。

「少なくとも六月の後半にはこの街……山東街さんとうがいに逃げ込んでますね。風龍会の金庫番こと、松神まつかみは」

「それくらいは俺にだってわかる。問題なのはやつがいるのか、だ」

 深くうなずいた霧氏が、もう一枚の写真を提示した。

盛山もりやまビルの地下に、みどりという小さなスナックがあるんです。やつはその隣りの空き部屋に籠ってます」

「そのスナックの従業員かなにかとグルなのか」

「いやあ……無関係ですね。金はありますから食料や生活用品はなんとか調達できてるんでしょう。万一、外へ出たとしても……この街の住人は他人のことなんか気にしませんからね」

「今、そこにいるのか?」

 大助は携帯を取り出しながら尋ねる。

「そうですね……います」

 電話に出た藪元に手早く指示し、再びポケットにしまい込んだ。

「さて……その情報料とやらはいくらになる?」

「まあ、お金が欲しいというのは正直なところではあるんですが」

 霧氏は照れくさそうに頭をかいた。

「このアパートが三代目さん、つまり火村組の所有って西條先生から聞きましてね、もしよければその、部屋代を安くしていただけないかなあと」

「そういう細かいことは俺の知ったこっちゃないんでな……それに、確か元々この部屋は西條先生が借りたことになってたはずだ」

「ええ、まあ、そのあたりも考慮していただいて……」

 最初の契約時に西條の名前を出したということは、霧氏もまたこの街へ人間ということになるのだろう。

「まあいい。そのあたりはうまくやってやる。ついでに部屋代も永久にただにしてやる」

「わあ、うれしい」

 わざとらしい喜び方に、大助は呆れた目で霧氏を見た。

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