第14話 幕間3 僕と相沢さんとオンラインゲーム
高層ビル地下の居酒屋で、二人で飲みに行っていたときのこと。
僕の相談も一区切りして、話題は休日の過ごし方に移っていた。
ずっと前からだけど、相沢さんはほとんどの場合定時きっかりに帰ってしまうし、外から派遣されて来ている人も入り乱れて仕事をしている僕らは、もともとプライベートの話をすることも少ない。
「そういや相沢さんて、なんかゲームしてるんすか。僕は結構前からハマってるのがあるんですけど、これ、知ってます?」
話の流れから一通り自分のことを喋ったあと会話が続かず、困った僕はふと今も続けているオンラインゲームの話を振ってみる。
年末休みの時に携帯機でやっていたアレだ。
もとはPCゲームからスタートして、今では携帯機を含め複数のハードで遊べる有名タイトルとなっている。
つい最近も大型アップデートが入り、過疎ってると言われているが、個人的には未だに結構ハマっていた。
本音を言えば、話も一段落したのでそろそろゲームをしに帰りたいまである。
「あー、最近やってなかったけど前に俺もやってましたよ。最近アプデきてましたよね」
きっと相沢さんが好きなジャンルではないよなぁ、と思っていただけに、その意外な返答に僕は無性に嬉しくなる。
なんていうか、ボードゲームとかパズルゲームが好きそうなイメージ。
でもアプデされたのを知ってるってことはもしや……。
「もしよかったら一緒にやらないっすか? 前からいろいろ変わってますよ。それにやり始めた頃から一緒に遊ぶ人いないんすよね」
「うーん……、確かアンインストールしちゃったんですよね。容量足りるかな」
「足りたらでいいっすから」
「じゃあ、まぁいいですよ」
流されたかもしれない返答にも僕の心の中は狂喜乱舞する。
「帰って覚えてたら見てみますね」
……いやそれ、絶対覚えてないやつじゃん。
――案の定、一週間くらい放置されて諦めていた土曜日の昼頃、相沢さんからチャットがきていた。
『ぎりぎり足りたっぽいんでやれますよ』
思わず僕は「まじか!!」と声を上げた。
『じゃあ、友達申請送りますね』
すぐさま返信して、さっくりと友達登録も完了。
『
『してもいいですけど、うるさいかも』
『別にいいっすよ』
お互いにイヤホンを探すのを挟み、十五分経った頃に僕から通話を開始する。
そこから聞こえる聞こえない、音量やら感度がどうだというやり取りでもう五分。
ようやくゲームを開始して、ロビーで落ち合うことが出来た。
「ねぇねぇ、これなに? なにしてるの? ぺかぺかしてる」
女の子の声がしたあと、ぶつりとマイクがオフになった。きっと前に言っていた親戚の子だろう。
……あれ? てことは相沢さん女の子と同棲中? なんて羨ま……いやなんでもない。
マイクはオフのままだが、とりあえず送っておいたゲーム内のパーティー招待を相沢さんが受諾して加入してくる。
「あ、僕よりレベル低いんすね。リーダー渡せばよかったかな」あ、マイク外したままか。聞こえてないか。
チャットに書くかと思ったところで、先に返信が届く。
『行けるみたいなんでとりあえず大丈夫です』
なるほど聞こえてはいるらしい。ぶつり、という音がして相沢さんが補足する。
「イヤホンはしてるんで普通に話してもらっていいですよ。マイク切ることは度々ありそうですが……」
「微笑ましいんで問題ないっす。とりあえずなんか行きますか」
そう言って適当に出撃するクエストを選んだ。少し高めのレベルで、いわゆるボス討伐型のスタンダードなやつだ。
お互いに準備完了、ロードを待って出撃。
出撃ムービーを飛ばして、薄暗い遺跡の中から始まる。
僕がマップを見ながら走り出し、その後ろを相沢さんのキャラがついてくる。
すぐさま黒い召喚ゲートが現れて、黒を基調とした小型エネミーが湧いてきた。
僕は背中に背負っていたアサルトライフルで応戦する。一人だと少し手こずりそうな数だ。
続いて、追いついた相沢さんのキャラが僕の横を抜いていって、手にした長槍を振りかぶって集団に向かって投擲した。衝撃波で直線上のエネミーが一掃される。
「え、つよっ」
万年火力不足に悩む僕にはできない芸当だった。
少し動揺しつつ、僕は複数のエネミーをロックオンして追尾レーザーを放った。HPが減っていた残党を一掃する。
「前に結構やってたんですよね」
『アイスないのー?』そこへ女の子の声が割り込んでくる。
ちょっとすいません、と前置きをした相沢さんは「ないよー。冷蔵庫にわらび餅あるから食べなー」と画面の向こう側の誰かへ声かけた。
「とりあえず前のアプデで追加されたジョブまでは解放してますね」
あ、戻ってきた。なんだか大変だなぁ。
「わらび餅とか渋いっすね」
「昨日半額だったやつですよ」
「半額大事」
キャラを走らせながら笑って応える。
まるで子どもの頃毎日遊んでいた友達のような空気に浮かれっぱなしだ。
これといって危ない場面もなくあっさりとボス手前まで着いた。
画面が振動して、おろおろと周囲を見渡すキャラの足下が崩れて穴が空く。
女の子二人が悲鳴を上げながら落下するものの、地面の手前で体制を立て直し受け身を取って着地。
ゆっくりと顔を上げて広がる光景は、蜘蛛の巣のように細く湾曲した足場が絡み合い、その合間を赤い溶岩が埋めている地下空洞だった。
フィールドの外周は溶岩で囲まれていて、明かりがない外壁を照らしている。
数秒の静けさのあと、再び周囲が振動してあちこちで溶岩が吹き出し、正面エリア端の溶岩から水しぶきを上げてボスが現れた。
真っ黒な表皮を持ち、偉丈夫のような大柄な体格の半人半魚のモンスター。体から流れ落ちる溶岩を振るって落とし、咆哮を上げる。
画面が切り替わり、操作可能となったところで開戦。
開幕、相沢さんの操作キャラが網の目に走る地面を跳び、二段ジャンプで点在する溶岩を越えて接近していく。
僕も距離を取った状態で頭部にロックオンをして、弾速の早い銃弾を撃ち込んだ。
相沢さんのキャラが接近しきる前にボスは溶岩に飛び込み、姿を消す。
銃を構えるのをやめて周囲を警戒していると、僕の目の前の溶岩から飛び出してきて、相沢さんのキャラに向けて溶岩の塊を発射した。
溶岩をまとったボスの背後から瞬間火力DPSの高い攻撃を撃ち込むが、どういうわけかさっき頭に撃ったときより大幅にダメージが減衰してしまった。というか一桁台……。
高く跳んでかわした相沢さんのキャラがこちらへ向かって急速接近してくるが、ボスが再び着水する方が早い。
はね上がった波しぶきに突っ込み、HPを六割ほど減らして撃墜された。地面の真上で空中で受け身を取って着地した。
「これはめんどくさい」
「なんか僕ダメージ一桁だったんすけど……」
「えー、うーん……何か条件あるのかなぁ……」
それからあーでもないこーでもないと試してみて、苦心してようやく撃破することが出来た。
結論から言うと、そのボスは溶岩をまとっている間はダメージが入りにくく、先に溶岩を剥がさないといけないだけだった。
しかもボスは溶岩から飛び出す前に予兆があり、タイミングを合わせて地下空洞の天井にある鍾乳石みたいなギミックを破壊することで、ボスの真上にそれを落とし、大ダメージを与えられた。
鍾乳石をぶつけたあと少し経ってから、エリア内のどこかに一定時間気絶した状態で浮いてくるので、そこにラッシュをかけて削るというパターン。
気づくまでに結構消耗したけど、パターンが分かってからは早かった。
「終わってみれば呆気なかったですね」
相沢さんも同じ感想のようだった。
出撃前のロビーに戻ってきて荷物整理。
しょっぱいコモン装備を全て売り払ったり、スキルの調整をしたりしつつ、このゲームの良いところ、悪いところを語り合った。
頃合いを見て適当な別のクエストにまた出撃する。
このゲームのマルチプレイってこんなに面白かったんだな。
……別の友達作ってみようかな。
そんな感じに二時間ほど経った頃、
「――俺、これでラストにしますね。あいつ暇そうにしてるんで」
どことなくめんどくさそうに言った。
時刻は三時半を回ったところ。
ハルカ……さんだったか。わらび餅は食べ終わったんだろうか。ちなみに名前はさっき聞いた。
とりとめのないことを考えるうちに恙なくクエストを完了し、相沢さんは「またよろしく」と言ってログアウトした。
僕も買いに行ってこようかな。……詩穂はわらび餅好きかな。
片思いしていた幼馴染みのことを思い出し、どう尋ねるかを考えながら部屋が暗くなり始めるまで、僕はソロプレイを続けた。
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