第12話
席に戻ってきた僕は無意識にスマホの画面を確認する。
開き直した画面は、僕が席を立つ前と変わりなく一安心。
そんな浅はかな僕を追撃する一言ががっちりと捉えた。
「……なんか隠し事してる?」
「へっ?」
向かいからの訝りに僕は戦々恐々として、つい聞き返してしまった。
「……見た?」
その意味を正確にくみ取った詩穂の表情が険しくなる。
「は? 見るわけないでしょ。見られるとまずいことしてんの?」
うわぁ、正論過ぎて何も言えない。
「それに忍顔に出るからすぐ分かるし」
間を開けず飛んでくる追及をもろに食らい、僕は何か言い訳をしようとして、すぐに無駄だと思い直した。……無駄というか、逆効果。
いつまでも隠し通せるわけでもないし、観念してトーク画面を開いて、詩穂の前の取り皿とグラスの間に置いた。
取り上げた詩穂は黙って、スマホを机の上に置いたままやり取りを追う。
終端まで見てから。
「どういうこと?」
うわぁ、人ってここまで冷たい声が出るんですね。
内心で思わず敬語になってしまった僕は、射すくめられて身動き取れなくなってしまった。
「なんであいつと忍が知り合いなの?」
「なんでって……」どう答えるのがいいか迷ってしまい、言葉に詰まる。
でも当然の疑問だ。本来、僕と山本さんは繋がりがないはずだから。
「――隠してたことは、ごめん。素直に謝る」
一瞬の思考のあと、余計な思考を放棄して素直に机の上に手をついて頭を下げた。
「一番頭にある『この前はありがとうございました!! 忍さんとお話できてめっちゃ楽しかったです。今度また一緒に行きましょうね♡』ってのは何? ハートついてんだけど」
それに対して、二日くらい空けて、『機会があれば』とだけ返事をしてある。
「信じてもらえるか分からないけど、別にやましいことはないよ」
「アリバイは?」
酔いか怒りか、少し顔を赤らめた詩穂がお酒を口にするのを待ってから弁明する。
いつかこういうことも起こるだろうと、なんとなく思ってはいた。
というよりも、長引かせるほどにこじれそうだと踏んでいた僕は、ずっと心の中で自分にしてきた言い訳を、必死に記憶の奥底から引っ張りだした。
「ええと、そもそもなんで山本さんと知り合ったかから説明するとね……」
そう前置きをして、僕はこの前の電車の一件を隠さずに全部話した。
「そのあとに来たトークだって、返信に困ったから、なかなか返信はしなかった」
事実、トーク画面の一日のやり取りは長くても三回までだ。
「んで、全部具体的に予定立てたりとかもしないし、大人の建前っていうか、そんな感じに全部断ってる」
さっきのまたの機会にとか、今週忙しいとか、休日出勤がとか、そういうやつ。
むしろ明らかに避けられてると分かりそうなものだが、変わらぬ親しさの仮面をつけて話しかけてくるのだから恐ろしい。
「画面の上でだけそう見せてる可能性は?」
明らかに詩穂は納得していない。
「ないよ。そんなこと出来るほど僕が器用じゃないことくらい、さすがに知ってるでしょ」
「……」詩穂はむすっとしたまま何も言わない。
「着信履歴も見ていいよ」
「消したら分かんないじゃん」
「それはそうだけど……まぁ、そこまで疑われたら何も言えないけど、さ」
ほんとのとこ、詩穂とはまだ付き合ってないわけだし怒るのも筋違いだと思ったが。
「僕が顔に出るとか、嘘言えないっていうなら、ちゃんと分かってくれたら……なんて」
机を見つめていた視線が僕に向く。
その三白眼に緊張の汗が吹き出すのを感じながらも、僕は目を逸らさない。
「僕だって、自分の気持ちにくらい向き合ってる。だから、詩穂と山本さんを会わせるの嫌だったから言わなかった。僕の悪いクセかもしれないけど、そのうち諦めるだろうって思ってた」
結果はむしろ逆効果みたいでより固執されてる感じはある。
「なんでブロックしなかったの?」
「山本さんが詩穂に告げ口しそうだったから。僕の知らないところで、詩穂に悪く思われたくなかった」
「……あー、それはやりそう」
ようやく一つ納得してもらえたことに、僕は内心ほんの僅かに安堵する。
「つか、僕が好きなのは詩穂だし」
「!?」
ガチャン、と氷が溶けた水しか入っていない細長いグラスを華奢な肘が倒した。
中の水の大半は食べ終わったあとの鉄板の上に広がり、机にこぼれた残りを詩穂はグラスを戻してから、ソースのついたおしぼりで拭いた。
咄嗟にへっぴり腰で立ち上がっていた僕は、それを見届けてから浮いた尻を下ろした。
僅かな時間のやり取りになんだか緊張の糸がお互いに切れてしまい、仕切り直すように追加の飲み物を注文をする。
「そういえば、そうだったね」
「なにが?」
口元をにやつかせて呟いた意味が分からず、聞き返してから僕は合点がいく。
「あ、そっか」
つい声に出た僕をちらと見て、「なんでもない」と否定し、またむすっとした顔に戻ってしまった。
無言で差し出された僕のスマホを受け取る。
今日はこんな感じに機嫌戻らないかもな。
僕が悪いとは本音ではさほど思ってはいないけれど、まぁこうなるのも無理ないよね。
行き場のなくなった視線を淡く橙に光る提灯へ向けて、隣のボックス席からたちのぼってまとわりつくタバコの煙を追った。
このまま今日が終わっていけば、きっと次はないだろう。それを回避するには、僕が出来ることってなんだろう。
ぼんやりと考えても、言うべきことは言い尽くしてしまったから。
いつかみたいに僕はひたすらに詩穂の次の言葉を待つことにして、少しすっきりした机上に置かれた新しい飲み物を口にした。
どれだけの時間がたったのかもよく分からないが、たまに様子を窺うたび、詩穂は熱心にスマホをいじっていた。
傍目にもとてもイライラしているのが分かる。
「――はぁ」
やがてため息をついて、その手に持っていた手帳型のスマホを投げるように置いた。
「どした?」
「あいつに文句言ってた。あたしの彼氏に手を出すなって」
「それで?」方便と分かっていても彼氏という単語に少しだけ心が弾む。
……心に隙ができたからこそ、次の一言に僕はまた懲りずに凍りついてしまう。
「――あいつ、お祭りの時忍に一目惚れしたんだってさ」
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