第8話 幕間1 僕と冬島さんと相沢さん

「そういやこの前のデート、どうたったんですか」

 雪の日事件から明けた翌水曜日。

 隣に座る、最近よく話すようになった先輩が僕に不意に問うた。

「あー、いや。どうなんすかねぇ」

 つい、曖昧に言葉を濁してしまう。告白はしたけど、結局それでどうかなったわけじゃない。

「まぁ……、考えてくれるとは、言ってました」

 僕は途切れ途切れに続きを答える。

「ほう……」

 うわぁ、めっちゃニヤニヤしてる。

「照れる女の子とか、可愛いですよね」

 隣で画面を見たままの相沢さんが呟いた。

「で、どんな風に告ったんですか?」

「……はぁ。聞かれると思いました」

 僕は声に出してため息をつく。

「内緒に決まってるじゃないすか」

「ほんとは?」

「ほんとも何も言いませんよ。それ、今の時代セクハラっすよ相沢さん」

 最近僕で遊んでるんじゃないかと疑念を向けている相沢さんは、ふふん、と含み笑いを残して作業に戻ってしまう。

「――あの、すいません」

「うわっ!? え? あぁ冬島さん。どうしました?」

 音もなく、斜め後ろから話しかけられて、驚いた僕が勢いよく振り向くと。

「あ、急に話しかけてごめんなさい……」

 ノートを胸に抱えた、冬島さんと僕が呼んだ女性社員が何度もぺこぺこと申し訳なさそうに頭を下げてくる。それを「大丈夫です」と宥めつつ用件を促した。

「えっと、以前送ってくれた資料についてなんですが……、仕様をお聞きしたくて」

 ノートを見つつ操作を促されるままに、僕はメールとその添付資料を開く。

「んー……」

 しかし、どうもその内容の資料を作った心当たりは僕にはない。しかし、メールの文頭に、

『お疲れ様です。利田です。』

 と、僕の名前でようやく馴染んできたお決まりの挨拶文で確かに書き出していて、思わず首を傾げてしまう。

 横に移動してきた冬島さんは不安そうに、あたりを見回していて。

「相沢さん、この資料って知ってますか? 僕の名前で出してるんですけど、すいません覚えてなくて」

 いろいろ可能性は考えてみたがさっぱり分からず、僕は相沢さんに助けを求めることにする。

「ああそれ、俺が作ったやつです」

「は?」思わず間抜けな声が出る。「いやでも文面で僕の名前が……」

「わかんないけどそれは俺が作ったやつですね」

 よく見ると送り主も相沢さんだし。

「ふ、ふふふ……。マジだ。なんで本文に僕の名前でメール出してるんすか」

 僕は次第にこみあげてくる笑いをこらえながら、無駄だとわかっていたけどあえて質問してみる。

「さぁ、自分じゃない誰かになりたかったのかもしれませんね」

「なんすかそれ。あー、ほら。冬島さん困ってるじゃないすか」

 どうしていいのか分からず、立ち尽くす冬島さんへ目を向ける。

「あ、あの。利田さん」

「――はい」相沢さんが返事する。あんたが返事すんな。

「相沢さんうるさいっす。ごめんなさい。それで、ええと」

 何度目かの仕切り直すと、

「結局これって、相沢さんに聞けばよかったんでしょうか……」

「あ、うん。そうっすね、そうしてください」

 わかりました、とペコリとお辞儀をして、冬島さんは偽物の僕を名乗る先輩の横につく。

 ……なんだこれ、とんだピエロじゃんか。

 僕は内心皮肉を言いながら、手でにやつく口元を隠さずにはいられなかった。


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