第4話

 ――土曜日、十時。

 半ば詩穂と決めた予定に従って、僕は約束の時間、約束の場所にいた。

 昨日、外部から僕の会社に常駐されている同僚に今日のことを話したら、

「俺は学生の頃からそんなことなかったんで羨ましいです。デート楽しんで来てください」

 なんて、口元だけに笑みを浮かべて、クールに言われた。

 その時は「デートなんかじゃなくただの幼馴染みと出かけるだけ」とまくし立ててしまったけど、昨日寝る前にふと振り返れば確かにその通りなのかと思って、スポンジに水が染みこむようにじわじわと実感が湧いた。

『今どこ?』

『東口改札のあたり』

『行くわ。待ってて』

 僕は普段乗り換えにしか使わない、ターミナル駅構内を東口に向かって歩く。

 まともに歩いたことがないダンジョンは広大で、ひたすら案内標識に従って地下なのか地上なのかわからない通路を、小走りになりかけの早歩きで移動する。十五分ほどの時間をかけてたどり着き、手袋を外してチャットを流す。

『東口着いた』

『出口の近くで、百貨店? のエスカレータがあるけど。ここどこだろ……』

『あれ、エスカレータは近くにあるけど……、これは違うのかな』

『わかんない』

『ですよね』

 広い通路の中程にある百貨店の入口も駅の出口に面していて、冷たい風と生ぬるい風が交互に僕の頬に吹き付けてくる。

 近くにある高級菓子店とか、駅ナカコンビニとか、広告パネルの貼られた柱とか、ぐるっと待ち人が多そうな場所へ首を巡らせても詩穂らしき姿はない。

 もしかしたら違う出口かもしれない。ここ東口のはずなのに、ここからでも「中央東口」の標識見えるし。

 三度目の今どこにいる、何が見える、というやり取りを経て、僕らはようやく合流を果たした。

 詩穂は、お祭りの時にも着ていた白いコート、右肩に革のハンドバッグ、黒の綿パンにダークブラウンのブーツという服装で、ぐるぐる巻きにした白に近い淡い紫のマフラーに鼻先まで埋めて、僕を待っていた。

「今日マジ寒すぎじゃん。待ってんの辛かったんだけど」

 横に並んだ詩穂は、開口一番そう言った。

「仕方ないだろ。僕だって滅多に来ないんだから」

 そう、なるべく急いだつもり。もう予定からだいぶ経っちゃってるけど。

 そういえば天気予報によると、今日はこれから東京は大雪だそうだ。

 予定の変更を昨日の夜詩穂に言ってみたけど、「なんとかなるって。電車止まる前に帰ってくればいいじゃん」と言われて、それもそうかと思った僕の負けだったと今は思う。

 当日を迎えた今、何もこんな日に出かけなくても、と僕は現在進行形で思ってる。

 どこへ向かっているのかもわからないまま、他愛ない話をしながら詩穂と並んで歩く。

「髪の色、変えたんだ」

 ふと気づけば、詩穂の髪色が明るめの茶色から、暗めの茶色になっている。

「ああこれ? 気づいちゃった? ちょっとだけオトナ路線で行こうと思って」

「ふーん? そっちのがいいね」

「あ、ほんとに?」

「うん。僕は好きな色かも」

「……うん」

 一度は外に出していた鼻先を、巻き直したマフラーで再び隠す。

「で、これからどうしよっか」

 なんとなく居心地が悪くなって、僕は詩穂に尋ねる。

 今日の予定だって、「どこに行くかは当日適当に決めればよくね?」っていうあの日の意見の一致で実際何も決めてない。

 行きたい場所がある、みたいな話はちらっと出てたけど、結局どうしたんだっけ。

「とりあえずぶらぶらかなー。忍どっか行きたいとこある?」

「そうだなぁ、……百均、とか?」ごめんなさい特にないです。

「あははっ、忍のそういうとこ嫌いじゃないよ。じゃ、行こっか」

 そう言って、詩穂の小さな手が、手袋をはめた僕の手を握ってくる。

「ちょっ、どしたの」

 みっともなく狼狽え、柔く力が込められた手から視線を上げた先で詩穂と目が合う。

「デートなんだから、これくらい普通っしょ」

「そういうもんかな」

「そーだよ」しれっと言い放つ。

 反対の手を手袋から出して、照れ隠しでスマホの地図アプリを起動し、近くの百均を検索する。普段ならかじかむ冬の空気も、今ばかりは、火照ってしまった手には心地いい。

 アプリの現在地取得を待ってから移動を開始する。

「それにしても、普段の忍に縁がない、せっかくのデートで百均かー。私以外には、もうちょっちデートプランとか考えたほうがいいよ」

 そう言われると返す言葉もない。

 当日決めれば、って言ってたのは方便だったか? 失敗したかな。

「まぁ詩穂以外と行くことないだろうし」

「それ、どういう意味?」

「え? そのまんまの意味だけど」負け惜しみで口にした言葉に深い理由なんてなく、言いながら僕はついへらへらしてしまう。

 普段女の子と一緒に出掛けることなんてないしね。

「……ま、いいけど。そういうの気をつけた方がいいよ」

「ごめん」

 黙々と歩く。怒らせたかな。

 建物内の暖かく乾いた空気で、気持ちを落ち着けるためにこっそりと深呼吸をする。

「どしたの?」

 隣から声がして心臓が跳ねる。全然こっそりできてなかった。

「いや、詩穂を怒らせたかな、ってちょっと緊張してた」僕は正直に白状する。

「なんで? 私だってたまには話さない時くらいあるし」

「そっか、うん。それもそだね」

 今度はちょっと、間違いなくムッとしている。詩穂の言葉とは裏腹に、ますます緊張してしまう。

「――あの、ちょっと」

 詩穂が不機嫌そうに口を開く。

「ん?」

「そんな風に握られると、その……照れるんだけど」

 僕は無意識に、繋いでいた手をがっちり握り直してしまっていたらしい。

「あ、ごめん」パッと、反射的に手を離す。 

「別に嫌とは言ってないけど……」控えめに、また手を繋いでくる。「それに、こっちのが痴漢とかナンパ防止になるし」

「なるほど。詩穂可愛いもんね」

 あ、そう。そっちが目的ですか。ちらと詩穂を見るとそっぽを向いている(ように見えた)。

「忍?」

「えっ!?」

「聞いてた?」

「ごめんもっかい」

「はぁ。あとで私の方も付き合って、って言ったの」

「あ、うん。了解。どこ行くの?」

「まぁ、いろいろ?」

「ふーん」

 会話が途切れたところで百均に入る。

 かといって、特に今すぐ必要なものも実はというか、やっぱりというか、なかったり。

 そういえば仕事用のノートを買い足さねば。しかしデートで仕事用のノート買い足すとか、ちょっと自分を疑う。

 手に取ろうか悩んでいると、

「あ、そういえば私、ノート切れそうなんだった」

 一冊手に取って胸に抱える。

 じゃあ僕も、と詩穂に続いて手に取るが、

「あ、でもさすがにこれは変だね」

 さっき言われたばかりのことを思い出して、ノートを棚に戻した。

「さっきあたしが言ったばっかだったね。帰りに買えばいいや」

 詩穂も戻して、

「忍の雑さが移った、サイアク」

 余計なひと言を付け足して、笑う。

 気づけば戻ってきていた、打って変わっていつもの心地いい距離感。

「さて、これからどこ行く?」

「とりあえずぶらぶらかなー」

 さっきも聞いた台詞を繰り返す。

 来た道を戻り、待ち合わせで合流をした百貨店に入る。

 漂ってくる息の詰まるような化粧品の臭いの中で寄り道をして、無理矢理ニオイのきつい香水を嗅がされたり、有名ブランドの指輪を遠目に、

「ああいうのがほしい」

「将来旦那さんに買ってもらいなさい」

 なんて言って通り抜ける。

 エスカレーターを上がって、女性ものの洋服のフロアへ。

 ここから僕は、主に思うままに歩く詩穂に連れ添って歩く。

 買わないから、となかなか根性の据わった冷やかし宣言のあと、Vネックの襟元に大きなフリルを重ねたブラウス、フード付きで丈が短めのカーディガン、その他いろいろを試着含めて見て回る。

 しかし、確かに詩穂は自分が似合う服装を良く理解していて、本気で可愛いと思ったけど、悲しいことにそれぞれに共通する僕の感想は一貫して「寒そう」だった。あっ、カーディガン買ってる……。

 当然僕から何か助言というか、進言することもなく、ただ後ろをついていくだけになっていたが、それでも詩穂は終始ご機嫌な様子だったので、僕はまぁいいかなんて思っていたのだが。

 両腕で渡された袋を抱き抱える詩穂が戻ってくる。

「忍ってさ、なんか服、微妙だよね」

 戻ってくるなり、そんな僕を断罪する一言をさらっとのたまった。

 時すでに遅し。

 巻き添えどころがあっという間に渦中へと引きずり込まれてしまった僕は、

「ダメじゃんお出かけする時くらいかっこつけなきゃ。普段楽な格好ばかりしてるっしょ」

 とか。

「その色の組み合わせは変だよ。それならこっち」

 詩穂先生のもと、言われるがまま等身大着せ替え人形もどきにされる。

 最終的に出来上がった姿は、普段の僕では敬遠するような服装に身を包んでいて、今は違和感があるものの、慣れればこっちの路線へとクラスチェンジしていきたいと思える出来栄えだった。

 ちなみに、いちいち普段の僕が着ているものよりも、値札に表記される金額はは数千からゼロが一つ多かったので、服にそんなにお金を使う気にもなれず。

 詩穂一押しの、閉店セール価格の黒いライダースジャケットを購入した。

 ……僕はカードを使わないので、その間みっともなくATMに走ったのは内緒。

 まぁでも、実際ジャケットが大きな袋に込められて手に渡った時には、確かな満足感というか、ワクワクする感じがあった。

「よく似合ってんね」

「僕もそう思うよ。やっぱ詩穂と来て良かった。また頼むよ」

 昼食を食べ忘れて迎えた昼の二時。

 遅めのランチを目的にビルのレストラン街に向かう道すがら、僕はその興奮冷めやらぬままに、詩穂にお礼を言っていた。

「……それってまた、私と遊びに来たいってこと?」

 詩穂に言われて、ほんの数秒前の言葉を鑑みて、詩穂の言う通りなのだと気づく。

「あ、あぁうんもちろんそゆこと。僕は普段あんま誰かと出かけたりしないし、なんか、楽しいなーって。だから」

 やけにちんたらしているエスカレータで運ばれつつ、早口になってまくし立てたあと、ピタッと僕は言葉を詰まらせてしまう。

 時々去来する、お祭りでも、元旦でも感じた懐かしく胸が温かいもの。

 奥に繋がる細い糸を辿れば、そこにはほったらかしてきた胸の高鳴りがあった。

 ああ、そうか。幼い頃のいつかには分からなかった、いや押し込めていた感情に、僕は一人で俯いて得心し、自然と顔がにやけそうになる。

「だっ、だから。その、また詩穂と一緒に来たいなーって」

 ぽかんとした顔で僕を見ていた詩穂と目が合う。

 それから、僕は今まで見たことない詩穂の、これまでで一番、……素敵とか、可愛いとか、陳腐な言葉で言い表せないような、笑顔を一瞬見せつけられて。

「なら、また来よっか」

 一段上に立っていた詩穂が、先にエスカレータを降りて先に歩き出す。

 まったく……。どや顔すんな、恥ずかしい。


 レストラン街のファミレスで昼食をとり、下へ降りて意味もなくおもちゃフロアを見て回り、変身グッズやラジコンの昔話に花を咲かせて、道々詩穂が気になった店に寄り道をしたり、フードコートでアイスを食べたりして、

「そろそろ帰ろっか」

 その一言を合図に、僕らは駅へと足を向ける。

 夕方、四時半。

 外に出たときにはもう日はほとんど落ちていて、午前中の氷混じりの雨から、白い雪に変わっていた。

 いや、変わっていたなんて生やさしい表現ではなく、大雪になっていた。……東京目線で。

 毎年一度か二度ある機会で、天気予報はバッチリ的中していた。

 駅までもそう遠くはない。

 もう駐車中の車には数センチの雪が積もっている。

 さっき路線案内で確認もした。そこでは「10分程度の遅れ」となっていた。今向かえばまだ大丈夫なはずだ。

「少し急ごうか」

 僕の声にも、自然と不安が混じる。

「そだね」

 僕らは頷き合い、さっきよりも少しだけ繋いだ手に力を込めて。

 街灯に光る雪の中、駅へ向かって歩き出した。


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