第2話

 年末のお祭りから日は過ぎて、忙殺された年末の締めも乗り切り、気づけば年が明けていた。

 深夜までテレビの特番を見た翌日の元旦では、初日の出なんて到底縁がなく、午前中と午後の境目に目が覚めた。

 ほこりっぽいベッドから降りてすぐ、両親どちらかが朝早くポストから回収したのだろう、机の上に置いてあった一枚のハガキに目がいく。

 小さい頃から来ていた年賀状は、当時かかりつけだった歯医者くらいなものだったが、それもいつしか届かなくなっていた。

 いつぶりかも分からない誰かからの年賀状に少しだけ胸を弾ませて取り上げると、そこにはこの前久しぶりに会ったからか、差出人には詩穂の名前があった。

 住所も書いていないあたり、直接届けに来たらしい。そういえば昔はいつも手渡しだったなと、ふとそんなことを思い出す。

 裏面には今年の干支のイラストと、

『お祭りありがとう。元気出たし、忍と回るの楽しかった。また遊びいこうね』

 と、書かれていた。

 何度か表裏交互に眺めたあと年賀状を机の上に戻すと、SNSのトーク画面を開いて、カメラで撮った年賀状と、詩穂が好きそうなスタンプをつけてお礼のメッセージを送る。

 数秒で既読がついた。

『年賀状余ってたし、暇だったから書いてみただけ』

 返信早いなー。さすが女子って感じ(偏見)。

 そうなんだありがとう、ともう一度お礼を言っておくと、やたらマッチョな男が親指を立てているスタンプが送りつけられてくる。

 よく見ればこのマッチョ、お祭りにいた飴屋と似て……ないな。似てるのは筋肉だけか。

 なんとなく目についていたスピーカーマークをタップしてみる。

『いいってことよ……』

 渋イイ声が部屋に響き、不覚にもちょっとキュンとした。つい購入ページで値段を見てしまった。……いや、買わないけどね。

『突然だけど学校いつから?』

 返事も忘れて、何度か渋イイ声を堪能していると続けて着信した。

『学校ってか、会社は4日から』

『まじで? 学校卒業できたんだっけ』

『失礼だな。卒業したのは去年ね。言ってなかったっけ』

『聞いてない。忍とまた話すようになったの最近になってからじゃん』

『確かに』言われてみればそれもそうか。詩穂相手だからか、そんな気が全然しない。

『詩穂はいつから?』

『10日くらいから?』

『なんで疑問形』

『普通ギリギリまで予定なんて見ないっしよ』

『宿題は?』

『そんなもんないし』

『あそ。実はやってませんでしたーとかなってくれることを願ってる笑』

 キモカワ系の小馬鹿にしたスタンプを送りつけて、僕はニヤリとする。

 体感でしばらく既読がつかないので一旦スマホを置いて、朝兼昼飯を取りに一階へ降りた。

 ガスコンロの上に元旦から仕事に出た母さんが残しておいてくれた、正月らしさの欠片もない弁当のおかずと、保温のままになっている白米をよそって自室に戻る。どこかへ出かけたのか、父さんは居間にはいなかった。

 小学校入学の時からある、ほとんど勉強に使ったことがない学習机の上のモノを寄せて、スペース作ってからおかずの食器を置き、ベッドにまた腰を下ろす。

 手を伸ばしてベッドの枕元に置いてあるスマホを取ると、緑のランプが明滅していた。

『は? うざ』

 やべっ。余計なことしたか。

 離席中の一言にひやりとして、どう返すか悩むうちにまた画面が更新される。

『まぁいいや。いま何してんの?』

 なんとなく気にしてなさそうなので、僕も話題の転換に乗っかっておくことにする。

『飯食ってるとこ』

『ふーん。今日どっか出かける予定ある?』

『いや、家に引きこもる』

『なら、』

 中途半端に送られてきて、そこからぷつりと連絡が途切れた。……なんだろう、続きが気になる。

 手早く昼食を片付けても返信はなかったので、このまま待つのをやめて僕は携帯ゲーム機のスリープを解除する。

 画面は戦闘中のままポーズをかけた状態のもので、昨日の夜中に寝落ちる寸前だったものだ。暗くなった画面の左上、残り少ないHPバーが赤く点灯しているのが分かる。

 『PAUSE』の太文字の向こう側で、巨人のようなモンスターが両腕を振りかぶっている。あ、あー、これは死にそうっていうか死ぬな。なんでここでやめたよ昨日の僕。

 奇跡を信じてポーズを解除する。刹那、ぼこっと鈍い音が鳴り、女の子のキャラがあげるかわいい悲鳴とともに地面に倒れ込んだ。

 ……奇跡は起きなかった。

 ほんの数秒で萎えて、またゲーム機をスリープにする。それから思い出してスマホを確認すると、気になっていた言葉の続きが着信していた。

『ぼっち正月を迎えた忍に、素敵な年下女子からお出かけ同伴を命じます。光栄に思いなさい』

 思わず口元が笑みを形作るものの、唐突で意外な返信に僕はなんて答えればいいのか分からなくなる。

『なんでそんな上からなの』

『どうせ暇でしょ?』

『ひどくね』

『仕方ない』

『何が』

『忍だから』

『僕の扱い笑』

 そんな意味のないやりとりをしたあと、仕切り直したように、

『で、どう? 可愛い女の子ばっかりだよ。私含め』

 自分でいうな。確かにこの前ちょっと可愛いとは思ったけど。

 しかし女の子ばっかりの中に入っていくのは気が引ける。あと正月で人が多い中出かけること自体ちょっと面倒くさい。

『ごめん、遠慮しとく』

『そかー』

『馴染める気がしないし』

 誰こいつ感しかないだろうし。

『あー、普段女の子と接する機会なんてないもんね』

『事実なだけに腹立つ』

『暇なら久しぶりにあとで遊び行ってもいい?』

『どこに?』

『忍んち』

 独り暮らしを始めたせいで、半分両親の物置と化している自室を無意識に見回すが、僕の知る限り暇を潰せそうな物は何もない。

『どうしてそうなった』

『特に理由はないけど』

『いやでも遊べるものなんもないし』

『そかー』

 詩穂のことは昔から嫌いじゃない……んだけど、変に近すぎるのも、それはそれでどうなんだと。

 それにこの前たまたま再会した、違う相手に恋をする幼なじみにドキリとしたなんて、ちょろ過ぎだし。まぁ当の本人はフラれてたみたいだけど。

 一旦置いたスマホが、また何度か布団の上でブンブン鳴って着信を伝えてくる。

 なんとなく気になりながらも確認を後回しにして、階下の流しへ食器を置きに行くことにする。

 いつの間にか戻ってきた父さんは、ソファで横になりながら正月特番を眺めていた。父さんがテレビを見たまま僕に声をかけてくる。

「今朝、詩穂ちゃん年賀状届けに来たぞ。昔から礼儀正しいし、大人っぽくなったなあの子」

 遠回しに「お前の彼女にしたらどうだ?」と言われてるのは言うまでもない。

「詩穂は別の人が好きだって言ってたからな。何も期待することはないよ」

 父さんは首を巡らせて僕を睨みつけたあと、

「ま、あの子はお前にはもったいないかもな」

「そうかもね。詩穂もきっとそう思ってるよ」

 それだけを言い、僕は自室に戻ってくる。

 ……なんとなく不愉快。モヤモヤする。

 特に何かをする気にもなれない僕は、目覚ましをかけずにふて寝を決め込んだ。


 次に目が覚めたのは夕方。

 色だけは暖かそうなオレンジ色が、僕のベッドの上で三角形を描いていた。

 眩しいばっかりのそれに嫌気が指して、寝たまま腕を伸ばしてカーテンを締めると、急に夜の気配が増した室内の電気を起き上がってつけた。

 胸の奥のモヤモヤが再び首をもたげて、特に理由もなく不愉快な気持ちになる。

 僕はため息をひとつついて、またベッドに戻る。

 枕の下に埋まっていた携帯ゲーム機を掘り起こすと、クリアしたい気持ち半分、めんどくさい半分でせめぎ合った結果、ゲームオーバー画面からリトライする。

 ロード時間を利用してヘッドホンを装着する。何を隠そう、これは僕の年末のボーナスを使って買った、有名メーカーの最新のノイズキャンセリングヘッドホンで、ずっと欲しかった一品だ。

 外の音がなくなり、アップテンポのBGMの中でぎりぎりの戦いに没頭する。やり直すのも始めはだるいが、ノッてくればそれなりに楽しめる。

 マッチメイキングを挟んでから最初のボスを倒し、二戦目。今日のリベンジ。僕は唇を軽く舐めて、気合いを入れる。

 スキップできないムービーを挟み、つい意味もなく決定ボタンを連打してしまう。

 画面が暗転し、開戦。

 

 対するは、キャラクターの何倍かの体長を持つ、鈍色のゴーレム。

 初見と思しき魔法使いが派手な属性魔法を反射されて落ち、中途半端に防御を固めた甲冑騎士が振り下ろされた拳に構えていた中盾ごと潰されて、光の粒となって離脱した。

 ……僕も同じような道を通った身だから笑えない。そのときはHPが1残るスキルに救われたけど。

 ゴーレムが移動のために片足を上げたところを、軽装の近接職が柄の長いハンマーで地面に残る片足を叩いてダウンを取り、そこにスキルを駆使した集中攻撃を加えていく。

 ――なるほど、そうやるのか。

 数回の連携を見た僕は得心して、集中攻撃に混じることにする。

 ちなみに昨日(というかさっき)はオフラインソロでほぼダメージも与えられないまま敗北してしまった。

 ボスのHPが半分になったところで両足が砕け、倒れ込むように上半身が落ちてくる。

 両腕で地面を這いずり、思いのほか機敏な動きをする上半身は、そのリーチを活かした横薙ぎの攻撃を繰り出して、逃げ遅れた三人を一撃のもとに葬った。

 左右に振るったあと、叩きつけてバンザイの姿勢になった巨体の頭部を、側面からハンマー持ちが殴りつけ、ひとしきりコンボを入れたところで、硬直が解けたゴーレムが執拗にハンマー持ちを追いかける始める。

 弧を描くように移動しつつ距離を取るハンマー持ちは悠々と逃げ切り、動きを止めた上半身を再び殴りつける。

 ワンコンボごとに自身にステータスアップの魔法を使い、ゴーレムから注視を取り続ける。

 僕はこの機を逃したらクリアできないだろうと分かっていて積極的な攻めに転じることもできず、無強化の長銃でちまちま加勢する。

 HPが三分の一程度になったところで、ゴーレムは体を球体にして突撃する攻撃も繰り出してきていたが、ハンマー持ちはそれをあっさりと回避しては、エリアの壁面に衝突させてダウンを取り、終始一方的な戦闘を繰り広げた。

 僕を含めた戦力外を置き去りにしてあっさりと討伐を果たしてしまう。

 ……完璧に地雷プレイだったが、まぁうん、よしとしよう。倒せたし。

 撃破後のストーリーのムービーを見てから、絶対に死ねない緊張感に冷や汗をかきながらセーブポイントに辿り着く。

「ふー……」

 僕はようやくヘッドホンを耳からずらして、疲れた息を吐き出した。

「――終わった?」

「うわっ!?」

 突然声がした方を見ると、僕のベッドの側に詩穂が立っていた。

「いいリアクション」

「なんだ、なんでいんの? ……びっくりした」

 黒のハンドバッグとコートを足下に置いて、起き上がった僕の隣に腰を下ろす。

「女の子のお誘いを断った不届き者の顔を見ようと思って」

「根に持ってんの?」

「別に?」

 僕は女の子の「言わなくても分かるでしょ?」とほのめかした言い方が少し苦手(というより、察せないことのほうが多い)だが、詩穂ならなんとなくその表情とか、声のトーンから感じ取れる。

 僕相手だからか、不機嫌さを隠すこともない。これがあの坊主頭になら、可愛く頬を膨らませたりでもするんだろうか。

 あの日の彼の、何か言えそうで言えない困惑した顔を思い出して、モヤモヤする。あいつは詩穂ではなく、別の子と一緒にいたのに。……案外、高橋も詩穂のことも好きだったのかも知れない。

「あーあ」

 詩穂の投げやりな呟きに、思考が戻ってくる。

「ごめん」

 言い訳をしてもいいが、ここは素直に謝っておくことにする。余計なことは言わないに限る。

「いいよ。別に怒ってないし」

「そっか。……いやさぁ、ほら、詩穂が言ってた通り普段女の子と話すこととかないからさぁ。さすがに女の子ばっかりのとこに行くのはやめといた方がいいかなって思ったんだよ。どうしていいかわかんないし」

 あぁ……、結局言い訳してるし。

 ちらと詩穂を見ると、横目に探るような視線を向けてきている。

「……それって、あたしだけならよかったってこと?」

 僕は肯定する。

「そーだね。そう言えばよかった。……それにこの前約束もしたし」

「約束したっけ?」

「えっ? してなかったっけ」

 この前の別れ際、約束したような気がしたけど。

「あ、嫌だったら別に……」

 語尾が尻すぼみになった僕を、ふふん、と満足げに笑って言う。

「しかたないなぁ。そこまで言うなら」

 あっさり機嫌直してるし。

「情緒不安定か」

「なんか言った?」そのくせ、僕の呟きにしっかり反応してくる。

「言ってません」棒読みで答える。

「忍のくせに調子のんな」

 べしっとパジャマ姿の僕の腿をはたいてくる。

「あーあ」

 さっきと同じ、投げやりなセリフ。でも、その次に続くのは毒気が抜かれる言葉だった。

「あれ、なんで怒ってたんだっけ」

「やっぱ怒ってたんじゃん」

「うるさい。悪いのは忍じゃん」

「ですね。すいません」

 慣れた問答に詩穂が笑う。僕も無意識に口元が緩んでいた。

「さっきなんのゲームしてたの?」

「オンラインRPG」

「あたしもできる?」

「んー、どうだろ。難しいかも」

 本音は、器用な詩穂にあっさりと慣れられるのは癪に障るから。

「忍があんまゲーム上手くないからじゃないの?」

 ほら、バレてる。でもそう来るのは予想済だ。

「昔はね」今は違うという意味の、用意していた返答をする。

「さっきだってあんま戦ってなかったよね」

「初めて戦ったんだから仕方ないだろ」

 ほんとに上手い人はそれでもサクッと倒してしまうんだろうけど。あのハンマー使いみたいに。いやまさか、あの人初めてじゃないよね……?

「ま、いいや。最近やってなかったから、なんかやろうよ」

「ん、いいよ。ちょい待って」

 スマホで調べてからオンラインストアにアクセスし、シューティングゲームの体験版をダウンロードしてくる。

 体験版のくせに、一台の端末でオフライン二人協力プレイができるということで、一番最初に上がっていたタイトル。

 片側ずつの方向キーと、スティック、側面のボタンを使い二人で操作ができるらしい。

 携帯ゲーム機の小さな画面の中に生まれた宇宙空間に、さらに小さな自機が配置され、最初のステージが始まる。

「これ対戦?」

「いや協力」

 携帯ゲーム機の数インチの画面を挟んで、肩が触れる距離で身を寄せ、ちまちま指先で操る。

 視界の隅っこで詩穂の横髪が揺れては、煩わしそうにそれを耳へと戻し、その度に甘い匂いに乗って届いてきそうな体温に意識が奪われてしまう。

 つい目が行ってしまう、楽しそうな口元と、細めた目。

 ぼーん、と自機が爆発した音に反応して、画面に視線を戻す。

「あたしを一人にすんなヘタクソー」

 きっちり機体を強化してた詩穂は平然と生き残って、ステージ1のボスを追い詰めている。いやあなた僕の分のアイテムも取ってたよね。

「……たまたまだよ」

 いやでもこれで遠慮なく――。遠慮なく……なんだ?

「よしクリアー」

「やるやる」

 正体が掴めない違和感を捨てて歓声を送る。

「でしょ」

 ちらと僕を見て、笑った。

 すぐ画面に視線を戻してステージ2に一人で挑み、途中参加できることに気づいて僕も生き返る。

 よさげなところで適当に相づちを入れておもねつつ、二人とも同時に撃墜されるまでそれを続けて。

「よし、これ買おう」

「自分で買え。あっ、こら購入ページ開くな」

 身勝手な行動に文句も言いつつ、まぁ二千円くらいならいいかと思ったり……、したけどホントに買うとか容赦ないなこいつ。

「……楽しいね」

 何気ない小さな一言が、僕の胸の深くに染みこんで、心地よく広がってくる。

「詩穂が勝手に買ったりしなきゃね」

 つい口を滑らせた皮肉に詩穂も悪いと思ったらしく、ハンドバッグをごそごそして千円札を二枚取り出して、「ん」と突き出してくる。

 差し出されるがままに受け取った後、千円を詩穂に返す。

「一緒にやるなら、割り勘」

「……うん。なら、おあいこだね」

 僕はゲーム機に手を戻してリベンジを誓う。

「よし、続きやろうか」

「なんだ、忍もやりたかっただけか」

 この友達の家でゲームをやる感覚は、どうしてか胸が温かくなる。

「うるせ」

 たまには、顔の見えるゲームも悪くないなんて、思ったりもして。

 懐かしく心地よい時間は、母さんから夕飯に呼ばれるまで続いた。


 元旦から図々しくおせちまで召し上がって、詩穂は僕の前ではけして見せることのない礼儀正しさをもって、両親の好感度を稼ぎ。

 すっかり気をよくしたうちの母親は、おせちのおすそ分けと、僕にくれる予定だったお菓子をお土産に持たせてやり。

 父親は僕の悪口を散々言ったあと、これからも忍をよろしくと締めていた。来年帰ってくるのやめようかな……。

 送るのが勤めと言われてしかたなく、僕は外に出れる格好に着替えてから、仕事でも着ている丈の長いコートを着て外に出る。

 ほくほく顔の詩穂と並んで歩く帰り道、すぐ近くの自販機で温かい飲み物を「今日のお礼」と奢ってもらう。

「――今度どっか遊びにでも行く?」

 シューティングゲームのハイライトを語り合う合間で、僕は声をかけてみる。もちろんこれは今日の埋め合わせのつもりだけど、なるべくそれも悟られないように気をつけつつ、さり気なく。

「お、デートのお誘い?」

 ぼやけた街灯の白が映した輪郭は、露骨にドヤ顔をしていた。

「そんなんじゃないよ」

「ふーん。残念」

「嘘いうな」あの坊主頭が好きなくせによく言うよ。

「バレたか」

 一瞬、ヒリついた空気が漂っては、お互いにごまかし笑いをする。

「まー、うん。いいよ。いつがいい?」

「僕なら来週の土日かな」

 平日は短い年末年始休暇明けの仕事。……思い出したら憂鬱だ。

「おっけー」

 ほんの数秒で日程が決まり、どこへ行くか、何わするかという話も半ばで詩穂の家に到着。

「じゃ、続きはまたチャットで」

「りょーかい」

 家の門扉を抜けドアの前で振り返って、控えめに指先が丸まった手を振ってくる。

 少し気恥ずかしくなって、めんどくさいという体でそれに応えてから、来た道を引き返す。

 一人になってふと浮かんだモヤモヤを胸中で握り潰してから、今日の時間に思いを馳せて。

 冷たい風が上気した頬に心地よく、ポケットに突っこんだ手に握ったスマホが何度か振動すればその都度僕は早足になり、最終的には小走りで帰宅する。

 軽く息を弾ませた状態で手洗いも済ませ、自室に戻ってくる。

 スマホのロックを解除して(二回パスワード間違えた)チャットを確認すると、やっぱり詩穂から連絡が来ていた。

『ごめんなさい。この前お祭りで会った友達と先に約束してた。どうしよう。』

 その一言に、僕の中ざらっとした不快感が湧き上がり、

『そっち行ったらいいんじゃない? 詩穂、彼のこと好きなんでしょ』

 勢いに任せて返信をした。つか、そんなこと聞くなよ僕に……。

『ほんとごめん。再来週とかでどう?』

『その日は予定ある』

 というより、てっぺんまで上げてから落とされた今の気分ではさすがに行く気にはなれない。

『そっか、ごめんね』

 僕はスマホの画面を切ってベッドに投げ、今日詩穂とやったシューティングを削除し、オンラインRPGを立ち上げる。

 一回だけ出撃しても味気なく、気分も晴れそうになくて。

 前がいつだったか記憶にないほど久しぶりに日付が変わる前にベッドに入ると、早々に元旦の夜を終えた。

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