第9話 2002年は長い、そして辛い
とんでもない結婚生活が始まった。
8月の猛暑の中、私は引っ越した。品川の家は二階建ての一軒家、だいぶ荷物は減らしたけど15年近く一人暮らしをしていれば、それなりに物は増える。ベットや家電、ダブりそうなものは全て捨てていった。荷物を運び入れる時、家にはお義母さんしかおらず「あなたの荷物はこの部屋に入れてね」と言われた部屋は嫁に行った二人いるうちの下の義妹が使っていた7畳ちょっとある洋室だった。
えっ?2階は全部自由に使っていいと言われたはずなのに、この部屋以外の3つの部屋と納戸は普通に使われていて空く様子が全くない。そもそも、一部屋に私の荷物は入り切れない量なのだ。話が違うではないか。性格のキツイ姑に「2階をどうにかしてくれ」とは、小心者の私にはとても言えない。ひとまず、洋服や化粧品など、すぐに使うものだけ出してダンボールを積み上げた。
下駄箱を開けると、嫁に行った義妹の靴がぎっしり並んでいるではないか。仕方なく指定された部屋に何足か出して床に並べた。
ある時、お義母さんが私の部屋を見たらしく「どうして靴を床に並べるの?下駄箱に入れなさい」と言う。「下駄箱はどこですか?」そう聞き返したら、義妹の靴でいっぱいの下駄箱へと案内してくれた。下駄箱を開けば一目瞭然「これじゃ無理ね、すぐに片付けさせるわ」その数日後、下駄箱の一つが空け渡された。他人様の家に居候させられているようで、本当に肩身が狭い。この先やっていけるだろうか。
夫はと言えば、朝起きたら慌てて出かけ帰宅は深夜、看病と家事でてんてこ舞いの私とすれ違いばかりで話をする時間もない。ダンボールを開けることもできずに、ひと月以上放置され、私は借りてきた猫状態で過ごすことになった。早く引っ越して来いというなら、受け入れる準備しておいてくれよ。気を紛らわすように、お義父さんの看病と家事、ひたすら尽くして尽くしまくった。この家に来て間もなくの頃、とても仕事を続けていけなくなり会社も退職してしまった。
やっと、夫と話が出来る機会ができたので「2階は全部自由に使えるんじゃなかったの?」と聞いた。返ってきた言葉は「おふくろがあんなだから仕方ないじゃないか」ですと。どの口がそんな事を言うんだ。確かに私の両親の前で「2階は全部自由に使えるので同居することに心配ない」って言ったじゃないか。夫は忙しいからと言って、それ以上の話し合いから逃げてしまった。
最初が肝心というけど、引っ越したその時から私の悪夢が始まっていた。
「嫁」それは、お義父さんの看病のために雇われた他人のようである。お義母さんも義妹もまるで嬢王様、ちょっとしたことで怒鳴ることに私は慣れることができなかった。9月が終わろうとする頃、看病でみんな疲れが出てきている。お義母さんも義妹も、そして私もイライラしていた。お義母さんがボソリと「お正月越せないって言われてたのに、この分じゃお正月まで生きていそうね」とお義父さんのことを言った。そんなこと、とても口にすることはできないけど、みんな心のどこかでそう思っていたのかもしれない。
そして、10月を迎え1週間ほどしてお義父さんが亡くなった。
看病に疲れ、お義父さんのことをボソリと言っていたお義母さんも義妹も夫も、悲しみに打ちひしがれ号泣し、昨日までの人たちとはまるで別人になっていた。
私には、目の前で起こっているこの家族の悲しみが、まるでテレビドラマのワンシーンのように映っていた。悲しい気持ちは湧いているものの、お義父さんに尽くした達成感の方が強く、どこかホッとしている自分がいることに気づいた。
もしかすると、私の結婚はここで終わっていたのかもしれない。
お義父さんの四十九日を終え、今年も残り少なくなってきた頃、立て続けに二人の義妹から妊娠したことを告げられた。おめでたい話なのに、私の中の恐怖心がひょっこり顔を出す。いやいや、おめでたいんだから悪い考えは心の奥のもっと奥にしまっておかなければ。
この頃、自分が誰となんのために結婚したのかわからなくなっていた。
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