第26話 最後の一発
「快斗っ。しっかりしろ、快斗っ」
「……ううっ、……すま……ん……ケホッ」
地に臥せりながら唸る快斗。身体強化のおかげで腕や足が千切れ飛んだり、あり得ない方向に曲がったりはしていないとはいえ、骨にひびぐらいは入っていてもおかしくない。
意識は失っていないが、立ち上がるはおろか腕を上げることすらできない快斗。
ただ一つ言えるのは、こんな状態でも『結界』は快斗を戦闘不能だと認めていないということだ。結界はそもそも魔力を持たない者はもちろんのこと、怪我を負ったりして戦えない者も効果対象外にして取り残し、保護するのだから。
「ちっくしょう。まだ快斗に戦えっていうのかよ。結界はっ」
悪態をつきながら日向は快斗に近づこうとする赤鎧たちへと銃弾を放っていく。
結界が快斗を守らない以上、今この場で快斗の身を守ることが出来るのは日向ただ一人だった。
撃つ、撃つ、撃つ、撃つ、撃つ――
急所を狙う余裕など日向には無い。ただひたすら快斗に寄っていく人外に銃弾を叩き込み続けるだけ。
普通の巨人たちはそれだけでも徐々に戦闘力を失っていったが、赤い鎧の三体、そいつらだけは別であった。
撃てども撃てども軽くのけぞるだけ。まるでダメージが入っていなかった。
それにも関わらず、日向が快斗を守り続けられていたのは、赤鎧達が遊んでいるからであろう。
撃たれたところで痛くも痒くもないくせに、弾に当たるたびに五メートル程後ずさりし、再び快斗へとゆっくり近づいていくのである。
日向が弾切れで絶望の表情を浮かべるのをわざわざ待っているかのように。
しかし、その三体以外は本気で快斗へと向かっていくのである。
怪我を負わせていってはいるが、いかんせん数が多すぎる。
自然、日向の視線は快斗を中心とした前方へと集中し――
それがいけなかった。
「――っ」
悪寒に従って、日向は右へと振り向き銃を向けたが、遅かった。
そこにいたのはグラウンドに居たはずの巨人。
日向が気づかないうちにフェンスを乗り越えてしまったらしい。
既にその拳は振りかぶられ、加速を始めている。
日向は咄嗟に引き金を引く。
銃声。同時にドンッという鈍い音。
日向の放った弾丸は巨人の左胸にヒットし、その結果巨人の拳の軌道は斜めにずれたのだが、その拳は日向の右腕を強く打ったのだ。
もちろん握っていた銃はどこかへ吹き飛んでいった。
日向は打撃の勢いで路上を十メートル以上も転がっていき、民家の塀にぶつかって止まる。
そして――
「あああああああああああああ」
響き渡る日向の絶叫。
無事だったのは当たったのが腕だけだったからというだけであって、車に轢かれるのと大差ない衝撃が日向の右腕を襲ったのである。
少なくとも肩の脱臼、腕部の骨折はあるだろう。
痛みなどほとんど無縁の生活を送ってきた日向に耐えられる痛みでは無かった。
そんな日向に、獲物を仕留め損なった巨人がにじり寄る。
「ひ……なた……」
フェンスの向こうから届く快斗のかすれ声。
そんなものが巨人の足を止めるわけもなく、日向との距離はどんどんと縮まっていく。
持っていた銃は失われ、激痛で意識が朦朧としている日向は、それでも生存本能が働いたのかまだ動く左手を無意識のうちに腰へと動かす。
三メートル、二メートル、一メートル――
倒れている日向を踏み潰すつもりか、巨人がその足を上げたとき――日向の左手から響き渡る破裂音。
日向は腰から引き抜いた黒い銃の照準を目にもとまらぬ速さで巨人の胸の中心に合わせ、その引き金を引いたのだ。命の危機を前にしての火事場の馬鹿力であろう。
崩れ落ち、その身を虚空に溶かす巨体。
今まで視線を遮っていた壁が消え、その向こうに日向が見たのは……既にフェンスを乗り越え終えた十体ほどの巨人たちの姿だった。
「こっ……ちに……くる……な……」
日向がそう願ってしまうのも無理はない。快斗は倒れ、日向自身は右腕が使い物にならなくなり、二人ともまともに動けない。
そんな中、日向を挽き肉にするには十分すぎるほどの巨人が日向を簡単に襲える位置にいるのだ。
そして、得てして物事は願うこととは反対へと進むものである。
巨人たちはぞろぞろと痛みで動けない日向へと揃って足を向ける。
必死の抵抗で、日向は左手の銃を放つ。
しかし、もう左手にすら力は入らず、銃弾はあらぬ方向に飛んでいき、銃は衝撃で日向の手を離れて飛んでいった。
日向が最後の武器を失ったのを見ていた快斗。
彼はいちかばちか指先と足先に力を込める。
「ゴホッ……これなら、出来る……かもしれねえ……」
竹刀をなんとか握れそうなほどにまでは回復した身体。それを確認した快斗は日向へと途切れ途切れに伝える。
「ひ……なたぁ…………すまん……俺、先に安……全なとこに行っちまうわ。出来るだ……ケホッ、減らしてから……行くけど……残っ……てたら、とどめ……はたの……んだ」
「なに……を……」
疑問の声を上げる日向を尻目に、快斗は叫ぶ。
「圧縮炉――ドライブトゥリミットぉぉぉぉぉぉっ」
快斗の声が響き渡ると同時に、周囲一帯が真っ白に塗りつぶされる。
瞼を閉じても防ぎきれずに眼を焼くその光は、圧縮された魔力の放つ光だ。
「快斗……?」
日向の呟きに返ってきたのは、恐らくグラウンドからであろう三連続の炸裂音だった。
日向の混乱が収まらないうちに炸裂音はさらに続き、十回を数えた頃だろうか。
今度はダンプカーが建物に突っ込んだかのような轟音が響き渡る。
そして再びの炸裂音。
フェンスを乗り越えて来た人外達がさっきまで歩いていた場所あたりだろうか、先の音よりも日向の近くから発せられている。
そして光は収まる。
ようやく眼を取り戻した日向は立つことが出来ないままだが、辺りを見回す。
彼の目に入ったのは、たった二体の人外と、快斗の姿だった。
いや、二体とはいっても片方は既に上半身と下半身が分かたれていて、今にも消えるところだった。
そして、残る一体の腹に竹刀を突き刺したまま、快斗は固まっている。
そんな快斗へと、腹を刺された巨人は拳を振り上げ――
「避け……ろ、快斗ぉぉぉ」
口から血のしぶきを飛ばしながら叫ぶ日向。
しかし、快斗は微動だにせず、その体は巨人の巨大な拳につぶされ……なかった。
快斗の顔面にぶつかった拳は、そこでピタリと静止していた。
「えっ……」
日向が思考停止してしまっている間にも、巨人は快斗を殴り続ける。
それでも一寸たりとも動きはしない快斗。
それを見て諦めたのか、巨人は腹に刺さった竹刀を抜こうとし始める。
「まさか……安全なとこって……結界の……」
日向は何かに気づいたように頷くと、左腕と足を使って路上を這い始める。
向かう先は、飛んで行ってしまった黒い銃、チェルノボーグのもとだ。
「グゥッ……」
力の入らない体でゆっくりと進んでいく。
巨人はというと、快斗が竹刀を斜め上に突き上げるように刺しており、かつ巨人の膝が伸び切ってしまっていたために中々抜け出せないでいた。
その間に着実に距離を縮めていく日向。
「あと……少し。……届……いたっ」
トリガーガードに人差し指をひっかけて引き寄せる。
そのままグリップを握り、這ったままだが巨人の方へと向く。
左手を前に突き出し、照門、照星、巨人の胸の中心を一直線に合わせ……
「い……や、このまま……じゃ、さっ……きの二の舞」
日向ははたと動きを止める。
そう、今のまま撃ったところで、左手は反動に耐えきれず、当てることなど出来ないだろう。
「反動……さえ、抑えこめられれば……」
しかし、日向の周りには銃の固定に使えそうなものなど有りはしなかった。
歯を食いしばる日向。その睨みつけるような視線は左手に持つ銃と、竹刀の拘束から抜け出そうとあがいている巨人の間を往復していた。
「くそっ……ゲホッ……銃弾さえ当たれば……銃弾……」
日向は何かを思案するように目をつむる。
二十秒ほどしてカッと目を開いた日向は頭の中のイメージに従って呪文のように唱える。
「魔力の弾丸が……物理的な影響を……及ぼすなら、銃自体も魔力で……」
すると、日向から眩い光が溢れ出す。その光は日向の左腕とその手に持つ銃へと絡みついていく。
「このまま……集めて……」
さらに光は日向の左肩から肩甲骨までを覆う。
腕に力が入らないのであれば、その腕ごと魔力で押さえつけてしまえばいい。
これが日向の出した解だった。
「
声と共に日向は引き金を引く。
パァンという音とともに銃口から飛び出した銃弾は一直線に巨人へと向かい――
その胸のど真ん中を貫いた。
巨体は竹刀に貫かれたまま、その輪郭を徐々に薄れさせ……消えていった。
そして空間が揺れる。
「ようやく……終わった……」
日向が呟くとともに、長過ぎる一瞬が終わり、世界は動き始める。
ドサッ――
日向がホッと一息ついたのも束の間、日向の耳に届いたのは快斗が倒れる音だった。
糸が切れたマリオネットのように崩れ落ちた快斗。彼のところへと駆け寄ろうにも、立ち上がることすらままならない日向。
そして、日向も……
「あ、俺もやべえかも……」
その言葉を最後にがっくりと首を落とし、意識を手放すのだった。
元中二病の魔銃使い 山石竜史 @ryuji_yamaishi
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