第25話 人外の群れ
「なあ快斗、あれこのまま放置しておいちゃ駄目かな」
「俺だって出来るならそうしたいよ」
人外達は活動のためのエネルギーを動物、特に人間から手に入れる。しかし、結界内では動けないものは保護されるために襲うことは出来ない。そのため放置していると、本能的にか人外達は結界の原因を排除しようと行動し始めるのだ。
「結界が破られればすぐに何の力も持たない一般人が襲われるってことだな」
「そう、だから今すぐ対処しないといけないんだ」
「して、勝算は?」
「……」
頭を抱えてしまう快斗。その様子を見て日向は察する。ああ、このままでは薄いのだ、と。
「援軍は呼べないのか?」
「……結界発動時にその範囲内に居なければ来れないし、そもそもそんなの呼んでいる暇はないだろうな」
「そうか、俺たちで解決しなきゃいけないのか……って、まずいっ」
頭を悩ませている原因である人外の群れ。それに
「ああ、考える時間すらくれないっていうのかよっ。日向、とりあえず行くぞっ」
「分かった」
そして二人は駆け出す。しかし、日向は見逃さなかった。その直前、快斗の竹刀を握る拳が小刻みに震えていることを。そして、日向自身の手もまた震えていた。
さっき駆け上ってきた階段を反対に下っていく。
そのさなか、一応の作戦を組み立てていく。
「日向は外に出たらまず一番フェンスに近い奴の足元を狙って撃って。当たらなくてもいいから」
「外しても良い? 奇襲はしないのか」
「ああ、あんな数じゃあ奇襲成功で数体減らせたとしてもあんまり意味がない。フェンスを背にして戦う予定だから、どうせ囲まれるしな。それよりも、攻撃を受けたことを気づかせて足止めしたほうが良い。その隙にあいつらよりも外側に陣取る。校外に出られたらまた探すのも面倒だしな」
「おっけ。でも、あいつらも馬鹿じゃないだろう、お前のカバー出来る範囲外で乗り越えようとする奴らとか、校門から出ようとする奴らとかいるんじゃないか?」
「この時間なら不審者対策で校門は全部閉まっているはずだ。んで、日向にはフェンスの外に出ていてもらう。乗り越えようとする奴がいたら」
「なるほど、そこを撃つってことか」
「そういうこと。フェンスより校門のほうがかなり低いからそっちに行こうとする奴は真っ先に対処しろよ」
話がまとまったところで丁度二人は昇降口にたどり着く。流石に靴を履き替える余裕はなく、体育館シューズのグリップ力を信じて外へと飛び出す。
二人から二十メートル程先には教室のと同じように甲冑をきた頭のない人外の群れがいた。一体一体が教室で戦ったものよりも一回り大きく、その背は三メートルに少し届かないぐらいだろうか。それらが三十ほども集まって一塊に進んでいく。
それにも関わらず、結界のせいだろう土煙は一切立ち上っていない。そんな現実感の薄れる光景に日向は背筋を震わせる。が――
「行くぞ、日向っ」
快斗の掛け声で気を取り直す。
そして――パァン、と大きな音を響かせ日向の右手の銃から一発の弾が撃ち放たれた。
瞬間、先頭の一体の肩が跳ねるように集団の上に飛び出し、そのまま体ごと崩れ落ちる。同時に吹き飛んだ足だろう、それがうっすらとぼやけていきその後虚空へと消えていく。それに動揺したのか足を止め振り返る人外達。
駆けながらそれを確認する快斗と日向。日向は左手を握りしめる。
「ナイスショットっ。良く当てたな」
「サンキュー。お前の指導のおかげだよ」
巨人たちを追い越すべく足を早める二人。途中、日向が首を捻った。
「そういえば俺は外でって言ったけど、お前も外からチクチク殴ったほうが安全じゃないか?」
「ああー、それはな」
苦々しい顔の快斗。彼は左手の竹刀へと目を落とす。
「攻撃力が足りないんだよ」
「というと?」
「乗り越える奴を仕留められないから、それよりも俺は中で気を引いて、そもそも乗り越えようとする奴の数を減らすほうがいいってことだ。じゃないと、最悪対応しきれない数がフェンスにとりつくかもしれないからな。まあそれに、いざとなったら……」
「なったらなんだ?」
「いや、忘れてくれ。それより、別れるポイントだ。健闘を祈るぜ」
「おう、そっちも気を付けろよ」
体育館の手前で進路を別々にとる日向と快斗。外に出るために、巨人ですら乗り越えるのに時間のかかるフェンスではなく肩程の高さしかない校門へと日向は向かうのである。
そして快斗は――
「さあさあさあ、我こそは紫藤剣術道場弟子筆頭、紫藤快斗。人外ども、かかってこんかいっ」
巨人の一団の目の前に躍り出るのだった。
日向はレンガの道を走りながら呟いていた。
「やることは二つだ。最優先事項である人外を外に出さないこと。そのために、フェンスを登るやつには確実に一発で当てし、校門側へ回ろうとするやつは足に銃弾を叩き込む。そして、もう一つ。快斗は言っていなかったけど、快斗への援護射撃だな」
いくらフェンスを背にするために、背後から襲われる心配はないとはいえ、やはり三方向が開けているのだ。囲まれているのに変わりはない。さらに、後ろにフェンスということは退路がないということ。快斗は自ら背水の陣をしいたということでもある。ここで食い止めるという覚悟の現れでもあるのだろう。だから、日向もそれに精一杯協力する心づもりなのである。
前方の校門。日向は肩程の高さのそれに左手を突き、勢いそのままに跳び越える。
アスファルトの地面に着地し、左手、快斗が戦っているはずの方へと駆ける。
同時に、右手の銃、ベロボーグに意識を集中させ、魔力の弾を装填していく。
今度も先の戦いと同じ、ホローポイント弾だ。
そして、左の腰。体操服のズボンに差してある黒い銃。チェルノボーグは快斗の教えに従い、抜きはしないが装填だけは済ませる。
準備を終えたと同時に、快斗と人外が交戦する場所のフェンスを挟んだ丁度反対側へと到着する。
日向は白い銃を両手で構え、気合を入れるかのように叫ぶ。
「一発たりとも外すものかっ」
「せあっ」
左から迫る拳を躱しつつ、右の巨体へと竹刀を一振り。
回避動作でフェンスから離れてしまった分、すぐさま後退。
「こんな数の対集団戦とか初めてだよ。しかも、こっちの攻撃はほとんど通らないときてる。ったく嫌になるなぁっ」
正面からの重撃を正中線に構えた竹刀で受け止める。
そんな快斗の視界の端に、ついにフェンスを登ろうと、その上に手をかける巨体の姿が映った。
「くそっ、さっきまで俺を寄ってたかって、いたぶって遊んでるような感じだったくせにっ」
悪態をつく快斗。日向が到着するまでに抜かれてしまえば手遅れである。快斗が竹刀を強く押し込もうとしたその瞬間。
「――外すものかっ」
快斗の耳に日向の声が届くと同時に、銃声が二発。
フェンスの中途に居た巨体と、快斗と競り合っていた巨体が吹き飛ぶ。フェンスから落ちた方は急所に命中していたのかそのまま身を虚空に溶かし、快斗の正面に居た方はその体を痙攣させしばらく立ち上がることすら出来ない様子だ。
「ナイス、日向。どんどん頼むぞっ」
「了解」
日向と快斗は同時にそれぞれの武器を構えなおす。
その快斗へと左右から同時に巨人が殴り掛かる。本能的な連携か、はたまた偶然か僅かに時間差のあるいやらしい攻撃。
快斗は先に来る左からの拳に竹刀を合わせて、滑らせる。
結果、態勢を崩された巨人の腕にもう一方の巨人の拳が直撃する。
それと同時に発砲音。
吹き飛んだのは味方を殴ってしまったほうの巨人の腕だ。
「すまん快斗、援護が必要かと思って腕狙ってたわ。仕留めりゃ良かった」
「いや、それでいい。こっちも中々に綱渡りなもんでな」
その時、日向が通った校門の方へと走りだす巨人が一体。
いくら巨体のために足の回転は遅いとはいえ、動き続ける足を狙えば外す可能性は高い。
日向は、巨人の腰が通るであろう位置へと狙いを定め、引き金を絞る。
銃声。
同時に巨人の左足が付け根から吹き飛ぶ。
倒れこむ巨体。
どうやら腰を狙った弾丸は少し下にずれて、股関節へと命中したらしい。
「日向、先にこっちを頼むっ」
日向が視線を快斗の方に戻せば右手側の巨人の拳と竹刀で競り合っている。
そこだけ見れば拮抗しているが、快斗の背後では別の巨人が拳を撃ち出そうと構えていた。
瞬間、日向の目が泳ぐが、ハッと気づくとすぐさま左手側、快斗の背後を取った方へと照準を合わせ、撃つ。
後ろへ吹き飛び、快斗への脅威が一時的に去る。
続いて快斗との競り合いで動きが止まっている方の胸の中心へと狙いを定め発射。
巨体がのけぞり、地面へ沈むと同時にその体が消えていく。
その時には既に日向の銃は足を飛ばされ倒れている巨人の方へと向いていた。
「これで三体」
「これならなんとかなるか――っ」
その時だった、人外の群れが割れて、血のように赤い鎧を着た三体の巨人が快斗の目の前に出てきたのは。
「こい……つ」
オーラというのだろうか、武道経験者ではない日向ですら冷や汗をかくほどの圧倒的な存在感。一目見ただけでこれには勝てないと思わされるような圧力。
フェンスの外の日向ですら足が震えているのである。目の前に立つ快斗なぞその比ではないだろう。
現に、快斗の顔は絶望で彩られていた。
ついに左の巨体から拳が繰り出される。
こわばった快斗の体では受け流すことなどできず、竹刀でガードするのが精一杯だった。
しかし、受け止めたところで均衡などしなかった。
衝撃で快斗の体は悲鳴を上げ、さらにそのまま押し込まれていく。
快斗はなんとか力の向きを変え、地面と平行に押されるようにする。
そのおかげで快斗の足は地面を滑り出し、力を逃がすことに成功した。
だが――
「快斗っ、後ろっ」
そんな化け物が後二体もいるのである。
日向は叫ぶと同時に、回避の態勢をとれないでいる快斗へと攻撃を仕掛けようとする二体へと銃弾を叩き込む。
拳を構えていたほうはまだ良かった。
銃弾の勢いで、腕を吹き飛ばせまではしなくとも軌道をそらすことが出来たからだ。
しかし、正面の一体。
それが繰り出したのは……蹴撃だった。
日向の銃弾では止めるなどもってのほか、その足は何の障害もなかったかのように突き進み……
快斗の脇腹へと直撃した。
「快斗ぉぉぉぉぉぉ」
快斗の体はピンボールのように弾き飛ばされ、フェンスへと叩きつけられたのだった。
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