第20話 起動

 普段は整然と並ぶ机と椅子。それがガラクタのように散らばる教室に鈍い音が響いていた。


 ガツン、ガツン。


 片や竹刀を持った若年の剣士、片や見上げるような顔の無い巨体。巨人が打ちつける拳を短髪の剣士は危なげなく受け止めていく。


 ぶつかり合う、ぶつかり合う、ぶつかり合う。


 互いに交錯するたびに両者の動きは数秒止まる。

 かといって緩やかな戦闘かと思えばそうではない。時折受けきれないと判断したのか躱す打撃。それが床に突き刺さったときに発生する轟音を聞けばその手に込められたエネルギーがいかほどなものか、察せられるだろう。

 もちろん打撃を躱されれば幾ばくかの隙を晒すことになり、しかし対する剣士、快斗は竹刀を正中線に構えたまま動かない。ひたすら防御に徹するつもりのようだ。

 そんな彼は時折教室の後ろ、ロッカーの前で目をつぶり、坐禅を組む友人に目を向ける。


「早く、早くしてくれよ……」


 答えるものもなく、彼の呟きは既に聞き飽きたと言っても良い拳と竹刀がぶつかり合う轟音にかき消されるのだった。




「それじゃっ、爺ちゃんの受け売りそのまんまだがレクチャー始めるぜ。準備はいいか?」


 攻撃を捌きながら、背後の日向に問う快斗。


「ああ、腹はくくった」


 日向の答えに快斗は頷く。薙ぎ払う腕を大きく飛びのいて躱した彼は右手で自分の胸辺りを指して言った。


「まずは、魔力生成炉と魔力圧縮炉を認識するところからだ。目を閉じてこの辺に意識を集中しろ」


 日向は躊躇なく目を閉じ、胸の中心に意識を傾ける。


「いいか、人の体ってのには物質体ってのと精神体っていう二面がある。実際の体、物質的に構成されている肉体が物質体にあたる。これに重なるようにあるのが精神体だ。魔力はこの精神体全体に蓄えられてる。そんで、魔力生成炉も魔力圧縮炉もこの精神体の中に存在するが、これが精神体の厄介なところでその位置がわからない。いや、正確に言えば本人の自己意識や思念によって精神体の中ならどこにでも存在できると言うべきか。精神体って言うだけあって本人の意思次第でいろいろいじれるんだ。だから精神体の中の何かにアクセスするときはイメージが重要なんだ」


「イメージ……か」


「そう、イメージ。生成炉や圧縮炉は物理的には存在していない、いわば仮想臓器みたいなものだから、肉体に存在する臓器と位置が重なっていても問題ない。だから、イメージしやすくする手法としてよくとられるのが、魔力を作り出す生成炉は生命に必要な血液の流れを作り出す心臓に、流れ出た魔力の密度を変える圧縮炉は流れ込む血液中の栄養を変化させたりする肝臓に重なって存在すると考える方法だな。俺もこの方法を使っているが、まああくまで重要なのはイメージだ。だから自分が一番想像しやすい形で考えろ」


 目を閉じたまま頷く日向。それを横目で見た快斗はさらに続ける。


「そうやって炉を把握したら、次はそれの操作だ。これもイメージが重要で、一気に炉を動かすイメージをする。俺の場合は原動機のリコイルスターターを思いっきり引っ張るイメージだな。他にはキーを回すイメージの人とかいるらしい。まあこれも人それぞれだな。そんで、これと同時に自分の中で決めた起動の言葉を言うとやりやすい。まあ、これについては大体の人が『ドライブトゥ』でそのあとにどのレベルまで駆動率を引き上げるかを言う形でやってるらしいが」


 巨人の拳を受け止める衝撃を使って日向の横まで飛んできた快斗は、難しい顔をしながら目を閉じている日向の肩をたたく。

 驚いてバッと目を開ける日向。そんな彼に快斗は首を振る。


「自分の内面に集中する行為だぞ。慣れてない素人が立ったままではまず出来ない。とりあえず坐禅でも組んでゆっくり意識を沈めていけ。なあに大丈夫、何十分だろうと耐えてやる」


「……分かった。じゃあ、俺の体は任せたぞ」


「おうよ」


 敵の目の前で完全に自分の世界に入る。無防備な状態をさらすことにためらうも、渋々と、しかし友に全幅の信頼を寄せて了承の意を返し、日向は教室の隅で胡坐をかく。そして目を閉じると、自分の内側と対面を始めるのだった。




 聞こえてくる鈍い打ち合いの音。恐怖心が鎌首をもたげる。


 ――気にするなっ。自分の中に集中。


 何故か脳裏に流れ始める過去の記憶。羞恥心が引き起こされる。


 ――気にするなっ。集中っ。


 目を閉じようとどうしても入ってくる音や肌を撫でる空気の感覚。また、意識を集中させようとするほどに無関係にあふれだす思考の奔流。それらに翻弄されながらもただひたすらに自分の中へと眼を向けていく。


 そうして何分経っただろうか、ようやく日向の意識は自分の奥深くへと沈んでいく。


 沈む、沈む。意識が沈む。


 感じていた風も、聞こえているはずの戦闘音も感じることはなくなり、ただひたすら内部の感覚を探る。

 体の中を満たす気体のような液体のようなつかみどころのない何か。これが魔力なのだろう。

 それが生み出されるところ、それが集められ縮められ変質するところ。


 探す、探す、探す。


 でも、どれほど探ろうと見つからない。

 焦り始める。それによって意識が再び浮かび上がりかける。

 そこで思い出す快斗の言葉。


 大事なのはイメージ。そして意思によってどこにでも存在できる。


 そして気づく。探ることではなくそこにあるというイメージを持つことが必要なのだと。

 魔力が流れ出す。集まった魔力が変質する。

 自分の意思で規定すれば、先までの苦労が嘘のように感覚をつかむことができた。


 ――これが、生成炉に圧縮炉。


 掴んだ感覚を手放さないようにしつつ、次に思い浮かべるはその点火。

 日向がイメージするは、燃料の爆発。内燃機関の内部で起きるそれ。苛烈だが確かに制御されたそれを胸の内に引き起こしながら叫ぶ――




「生成炉、圧縮炉――『ドライブトゥオーディナリー』」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る