第18話 準備不足の戦い

 ぬっとのぞき込んでくる巨体。いや、頭がないので肩ごと突っ込んできていたが。


「引き戸を開くだけの知恵はあるんだな」


「そんなことを言ってる場合じゃねえよっ」


 呟く日向に突っ込むと、快斗は竹刀を上段に構え巨人へと突っ込む。


「ああ、くそっ。とりあえず抑えるしかねえか。生成炉――『ドライブトゥリミット』」


 その言葉とともに快斗は竹刀を振り下ろす。

 ガスッと鈍い音。

 竹刀と巨人の拳がぶつかり合う。

 竹刀程度折れてしまうほどの威力だと思われたが、結界の効果で分子同士の位置が固定されているのか、はたまた快斗が何かしたのか、快斗の得物は壊れることなく攻撃を受け止めた。

 細いものを殴るということはそこに力が集中するもの。もしかすると、相手にいくらかダメージが入っているかもしれないと日向は期待して巨人の様子を窺う。

 しかし巨人の動きは相変わらずで、二撃、三撃とその重い拳を叩き込み続ける。

 それを受け止め続ける快斗。

 攻撃の後にしばらく動きが止まるとはいえ、このような重撃を受け止めれば受けた方も動きが止まってしまう。

 そのせいで攻めに転じることが出来ない。


「これじゃジリ貧だな。一か八かやってみるか」


 快斗は巨人をグッと睨むと、相手の攻撃の出、それを捉える。

 攻撃の際の巨人の動きはその図体に似合わず目を見張るほど素早いが、快斗も負けじと撃ち出される腕の横を人間離れしたスピードですり抜け胴体へと打ち込んだ。


「やあああっ」


 打ち込みとともに巨人の脇を通り抜け、背後に回った快斗は一段強く踏み込み、中段から鋭く竹刀を突き出す。

 突き。

 踏み込む足から体幹を通し、腕の力を加えたそのエネルギーを竹刀の先端、一点のみに集中させる。

 快斗の渾身の一撃は巨人の背中に直撃し、しかし巨人は何ら気にした様子もなく振り向きざまに右腕を大きく振るう。

 快斗は危うく竹刀を体との間に滑り込ませるが、全身が伸び切ってしまっていたために踏ん張れず、巨人が蹴散らした机の山へと飛んでいった。

 ガシャンと耳に響く音に紛れて快斗のうめき声が日向の耳に入る。


「快斗っ」


「しばらくは動けんけど大丈夫だ……それより前を見ろっ」


 日向の心配する声に返ってきたのは警告の声。

 巨人は快斗に追撃を入れるでは無く、日向の方に向かってきていた。

 足の震えは止まらないが、日向は巨人の初撃を何とか横っ跳びに躱す。

 攻撃の後にしばらく止まるおかげでその間に態勢を立て直すことに成功。

 続く攻撃にも、跳んで、転がって、立ち上がる、これを繰り返す。

 鋭く飛んでくる大きな拳に日向ができることは大きく回避することだけ。もちろん快斗のように攻撃には転じられない。

 快斗とは違って武道の経験がない日向は少しもタイミングを見誤ることのできない状況に精神をすり減らしていた。

 あやうく避け続けることだけしかできないのではいつか捉えられてしまう。そう感じた日向は打開策を考える。


「何かでひるませることが出来れば……」


 そうは言うも、やはり思い浮かぶのは快斗の一撃のシーン。武道経験者の一撃でも何ともないとすると、それを上回る攻撃が必要だがそんなもの今の日向にはない。


「何かないか……」


 必死に避ける日向には教室を見渡す余裕もなく、そろそろ息も苦しくなってきた。

 そんな状態で考え事などしていれば――


「ぐっ」


 ついに巨人の拳が日向をかすめる。

 跳んだ勢いも相まって勢いよく宙を舞い、教室と廊下の間の壁、丁度床との境目に叩きつけられる。

 受け身など取れるはずもなく、霞む眼。

 壁に背を預けた形になる日向にゆっくりと近寄ってくる巨人。

 思わず下がった視界に映る両手。

 その手に持つのは二丁のモデルガンだけ。

 せめてもの抵抗で、牽制するように右手の黒銃を巨人に向ける。

 けれどそんなものお構いなしに巨人は歩み寄ってくる。


 ああ、だめか。 


 日向は諦めかけるが、自分の持つ銃、中学からの相棒を見て思う。


 出来るかわからないし、出来ても効果があるかわからない。でも、昔の自分は使っていたようだし、最期にやってみてもいいか。


 覚悟を決めた日向は迫りくる恐怖を前に静かに目を閉じた。


「一発でいい。イメージするは紡錘状の弾体。後ろには円筒。チェンバーに構成っ」


 準備を終えふと目を開けると、目の前一メートルぐらいに巨体がいた。

 既にその拳は引かれている。

 三秒と経たないうちにその拳は日向を撃ち抜くだろう。

 ガクガクと震え、動かない右腕。

 けれど、既に引き金にかかっている指先。

 日向はグッと歯を食いしばり、重い人差し指を全力で引き込んだ。

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