第16話 結界内への来訪者

「また結界っ? どうしようか」


「そうだな……周りを探って特に何もなければ体育館へ女子の体操服姿を見に行くか」


「お前こんな時に……どんな時でも変わんねえな。でもお前のお気に入り、花里さんは家の用事かなんかで今日は休みだろ」


「はぁ? 誰があんな偽金髪なんて――」


「って、なんでお前動けているんだよ、快斗」

「って、なんでお前動けているんだよ、日向」


 結界が発動したにも関わらず、何故か会話が成立していたことに驚き顔を上げると、そこには日向と同じように目を丸くした快斗がいた。


「動けているってことは日向、お前やっぱり魔術使いだったのかよ。一昨日じっちゃんから教わった魔術の概要がお前の中二設定とそっくりだったからまさかとは思ってたけど」


「俺も自分が魔術使ってたなんて一昨日まで知らなかったよ。あっ、昨日の朝『時が止まったらどうする?』なんて聞いてきたのは、あれ鎌かけに来てたのかよ」


「ああそうだよ。香織ちゃんにうやむやにされて全然意味なかったけどな」


 快斗はニヘラっと笑う。


「で、快斗はいつから魔術使いに?」


「一昨日だぞ。じっちゃんに結界を認識できるようにしてもらったのがその日だ。一応その日のうちに……っとこれを聞くまで手の内は明かさないほうがいいな」


 ここで快斗は鋭く目を光らせた。


「日向。お前はどの勢力だ。東か? 西か? それとも別の――」


 快斗がそこまで言ったときだった。


 グワンッ


 大きな音を立てて入り口の開き扉が開いたのは。

 突然の音に、日向も快斗も振り向く。

 二人が見たのは身をかがめた影。

 そんな状態でありながらも大きな扉一杯を埋め尽くすほどの巨体。

 本来、首があるはずのところは平坦になっている。

 顔のない、甲冑を着た、巨人であった。


「おいおい、やべえぞ」


「なんだよあれ。快斗、わかるか?」


「そんなん知るかよ。でも、結界内で動いているってことは人外だろ」


「まじかよ。あれが人外…… そうだ、動けないみんなは大丈夫なのか?」


「結界内で止まってるのは全部保護されるってじっちゃんが言ってたから大丈夫だろ。それよりも今一番危ないのは俺らだぞ」


 そう言っている間にもゆっくりと近づいてくる巨体。


「日向、この状態で迎撃に使える魔術あるか?」


「無いっ。昨日魔術が使えるか試したけどダメだった。それで悩んでたんだよ。そういう快斗は?」


「もちろん無い」


「さっき手の内とか言ってたのはなんだったんだよ」


「いや、無手じゃ無理なんだよ。教室に取りに戻らないと。日向の銃も教室だよな」


「ああ」


「ってことはまずあいつを一旦やり過ごして出ていかないとな。まああの動きのスピード――」


 瞬間、急激に加速して踏み込み、その黒い腕を振り下ろしてくる巨人。

 ズガン、と大きな音が響き、時が止まっているにも関わらず地面が揺れたような錯覚に陥る。


「あぶねっ」


 それを日向は間一髪で躱した。避けられたのは半分ぐらい偶然である。

 日向は防球ネットに突っ込んでしまい、もちろん態勢は崩れたままだ。

 顔がないくせにニヤニヤ笑っているような雰囲気を出す巨人へ、快斗は果敢にも蹴りを入れる。

 おかげで日向に追撃が入ることはなく、巨人の注意が快斗へと向く。

 そして再び振り下ろされる腕。

 剣道の経験から読んでいたのか、その攻撃に先んじて横に転がり難なく躱す快斗。

 これで二人とも巨人よりも入り口側に立つことに成功する。

 そして立ち上がりつつ巨人の動きを観察していた日向は気づいた。


「快斗。こいつ、攻撃の後は数秒動けないみたいだぞ」


「オッケー。次の攻撃よけたらダッシュで逃げるぞ」


「わかった」


 二人でじりじりと入り口の扉に近づいていき、快斗が首だけ振り返って位置を確認する。

 視線を外した快斗に振り下ろされる鉄槌。

 しかし――


「今っ」


 わざと見せた隙だったのだろう。腕が振り下ろされる寸前、叫ぶと同時に身をひねりつつドアに向かって飛び込み前転を行う快斗。

 日向もその声に合わせて同じように飛び込む。


「走れっ」


 サッと立ち上がった二人は教室へと駆け出すのだった。

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