第9話 お待ちかね、質問ターイム
公園から帰ってきた日向は靴を脱ぎ、かばんを部屋に置いてくると早速結菜を問い詰めようとしていた。四角い木製テーブルを挟んで向かい合った二人。横の壁にはでは時計がチクタクと音を立てている。外からは近くの国道を通る車の音。
日向は性格詐欺モードを解除した妹へ真面目な視線を向ける。
「で、あれは一体何だったんだ?」
対する結菜は足をパタパタさせながら答える。今にも口笛でも吹き出しそうな様子だった。
「あれってどれのこと? 【
「待て待て待て」
いきなり出てきた謎の単語に目を白黒させながら、手のひらを立てて前に突き出す日向。制止された結菜は目をぱちくりさせて彼の言葉を待つ。
「結菜、お前は何を言ってるんだ? えんかとか、まぼうへきとか何だよ」
「え?」
「え?」
そんな質問予想外、とでも言うかのように驚きの声を上げる結菜。自分がその言葉を知っているのは当たり前と思っていたかのような妹の態度に日向も疑問の声を上げる。そんな日向に結菜は手をひらひらと振って言う。
「いやー、またまたご冗談を。半年前まで普通に使ってたじゃん。魔術陣からでも、その銃の魔弾からでも。どっちからでも出来たよね、魔術の発動。特に【魔防壁】は多用してたじゃん」
「は? 魔術?」
「そうそう、お兄ちゃんの大好きな魔術。半年のブランクがあったっていってもまだ使えるでしょ」
「いや、ブランクも何も最初から使えるわけないじゃん。あ、そうか半年前までってことは俺の中二病のことを言ってるんだな。あれはただの妄想だぞ」
「え? 妄想?」
「そうそう。だから俺は魔術なんて使ったことは無い」
「……」
日向の答えが心外だと言わんばかりに口を開いて固まる結菜。彼女はそのまま目をつぶって何やら考え込む。そしてゆっくりと立ち上がると、カッと目を開いて叫んだ。
「お兄ちゃんの記憶がおかしくなっちゃったぁぁぁ」
さながらムンク作『叫び』のようにほほに両手を当て、結菜は愕然とした表情を浮かべる。そんな妹を見て日向はガタッと椅子を鳴らしのけぞる。結菜は机に手を突きがっくりと首を落とすと、なにやらブツブツ言い出した。
「あり得ない。あり得ない。あんなに生き生きと魔術を使ってたお兄ちゃんが、あまつさえ魔術をただの妄想だなんて言い始めるなんて。本当だったら今日の雑魚だって簡単に蹴散らせるはずだったんだから。そうか兄さんはどこかおかしくなってるんですね。誰かの記憶操作? ただ単にお兄ちゃんの勘違い? それともそう吹き込んだ馬鹿がいるのでしょうか? どうしたらちゃんと思い出してくれるかな。……そうですね、衝撃を与えてみましょう。そうすればテレビにみたいに治るかもしれないね。では早速頭を――」
混乱のあまりか家の内と外での性格が入り乱れ始めた妹を見て、日向はどうしたものかと顎に手をつく。しかし途中、衝撃うんぬんと耳に入った瞬間、彼は顔を青ざめさせ、急いで結菜の両肩に手を置き
「お、落ち着け結菜。液晶テレビだったら叩いても壊れるだけだぞ。ひびが入ってお陀仏だ」
「いえいえ、最近のものでも治るときはありますよ。それに、あれだけ執着していたはずの魔術を空想呼ばわりし始めるアイデンティティ崩壊兄さんなんて所詮ブラウン管テレビ程度の作りでしょう。まあ、壊れてしまったとしても私が作り直してあげれば。では――」
「ストップっ、待てって結菜っ。もしその魔術とやらが本当にあるっていうなら使ってみてくれよ。そうしたら俺も、魔術が妄想の産物じゃないことはまず信じるから」
「……分かったよ、お兄ちゃん」
おそろしい発言をし出した妹の制御になんとか成功した日向。彼はホッと一息ついたのだが、直後その口が塞がらなくなった。
じゃあ――と言った結菜の周りが一瞬光ったかと思うと、彼女が空中に寝転び始めたからである。丁度日向の目の高さに彼女の腰がある。
結菜はニヤリと笑って日向を見る。
「これでどう?」
得意げな妹に日向は返す言葉が見つからなかった。そんな日向の前で結菜は何かに気づいたような顔を浮かべる。
「あ、そうだ。窓から見られると面倒だし、家の範囲で【結界】っと」
彼女がそう言った直後、周りの色彩が幾分か抜け落ち青みがかる。そして、外から聞こえていた車の音など、雑音の一切が無くなった。
「これは、公園でも起きた……」
「そう、これが結界だよお兄ちゃん。ほら、時計を見て」
結菜の指さす方、壁に掛かった時計を見ると見事にその針は止まっていた。
「結菜、【結界】って言ったか? なんだよこれは」
「それはね――」
――曰く、結界は時を止める。いや、範囲内の時間を引き伸ばすといったほうが正しいか。
外から見れば結界の発動時間は瞬きの時間より短いだろう。よって、結界に外から干渉することはほとんど不可能。結界の効果を受けるためには効果範囲に最初から入っていなければならない。
ただし、範囲内でも魔力を一定以上持っていなければその恩恵には与れず、結界から取り残される。公園で日向が見た猫やツバメのように。
人外相手や魔術師同士の戦闘に一般人やその他建造物などを巻き込まないためのこの魔術だが、その大きな効果のために実力者しか使えない――
「なあ、妹よ」
「なんだね、兄よ」
「今さらりと人外とか言ってた気がするんだけど、聞き間違いかな。魔術だけでもお腹一杯なのに」
「うんにゃ、全く聞き間違いじゃないね、お兄ちゃん」
「……」
いよいよ呆れの声も出なくなってきた日向だった。
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