第8話 謎の世界で

 ――っ。


 日向の額から冷たい汗が流れ落ちる。恐らく彼らは日向を探し始めるであろう。男たちの見た目やその言動から、彼は見つかったらただでは済まないと判断していた。いや、もしかすると最初からベンチのところにいたとすれば話し合いをする余裕も生まれていたのかもしれない。しかし、咄嗟に隠れてしまった時点でもう手遅れだ。ここからは、隠れきる見つかるか。その二者択一でしかない。


 男たちは敵対しているのが嘘のように協力し、手分けしてかばんの持ち主を探す。二人は別々の入り口から公園の外に出てあたりを捜索し始め、残りの四人が物陰を探し出す。公園をきれいに四等分してそれぞれの区域を動き回る彼ら。日向が隠れているところを探すのは後から来た関西弁の少年だった。一番厄介なのが来てしまった、と日向は肩を落とす。少年は注意深く周りを見渡すと、日向の方をじっと見た。緊張で思わず漏れそうになる声を日向は何とか抑える。そして少年は――


「ん? なんや、猫か」


 そう言って、日向の隠れている藪の真横に来る。白い猫の前で少年はしゃがんでいる。ドンドンと音を立てて波打つ鼓動。それが日向の耳にうるさく響く。外にまで聞こえてしまうのではないかと日向を怯えさせるほどに。そして少年は日向の気配を感じたのか顔を真横に向けた。


「「あ」」


 目が合った。疑いの余地もなく。それはもうバッチリと。

 顔を青ざめさせる日向と軽く何度もうなずく少年。少年は唇の端を釣り上げて――


「見られると面倒やからな。まあここなら死なへんから、ちょいと我慢してや」


 顔をこわばらせた日向が見たのは少年の手から吹き上がる炎。目の前が真っ赤に染まったところで、日向は思わず目をつぶる。彼はぎゅっと自分の体を抱くようにして縮こまった。迫るゴオッという音。日向がきたる苦痛に耐えようと歯を食いしばること一秒、二秒、三秒、――

 しかし、いつまで経っても熱など感じない。日向は内心首をかしげる。そんな日向の耳に少年の忌々しそうな声が入った。


「もう来てもうたんか、管理人。早すぎんか」


「はあ、またやってるんですか。いい加減にしてください。それと、私は管理人じゃありません」


 突然の女の声にびっくりして目を開く日向。少女の背中が見える。聞こえた声と、その背格好を日向はどこかで覚えていたような感じがした。そしてその少女の向こう側に目を移すと、そこでは向かってくる炎が透明な壁のようなものに阻まれている。目をむき、そのまま動きを止める日向。そんな彼を前に二人の会話は続く。


「何言うとんや。いっつも邪魔しに来るやんか。管理人やないんやったらあんたは何のために来るんや」


「もし本当にあれが出現しているんだったら対処しないといけないですし。もちろん確認のために来ますよ。最近は無意味な私闘ばっかりですけど。というわけで、早く帰っていただけませんか」


「帰らん言うたら?」


「実力行使して叩き出します」


「おお、怖い怖い」


 炎を出すのをやめてしばらく考え込んだ少年は背を向けた。


「お前ら、管理人来てもうたから帰るで。東のも、今日は帰っとき」


 そう言うと、後から来た三人組は走ってどこかへ行ってしまった。そして、先に来た三人組も


「俺らも行くぞ」


 そう言う大男に続いて去っていった。

 そしてまた訪れる静寂。茂みの中でホッと一息つく日向の方に視線を突き刺した少女が声をかける。


「それで、何しているの、兄さん」


 そこにいたのは少し茶色に寄ったセミロングの黒髪。おとなしそうなよそ行き顔の妹。性格詐欺状態の結菜だった。

 瞬間、青みがかっていた世界は元の色鮮やかさを取り戻し、時の歯車は回り出す。

 すでに雨は止んでいた。






 ピピピピ――と電子音が鳴る。


「おっはよーお兄ちゃん。起きないとハグするぞー」


「うわあああああ」


 とびかかる結菜と、それによって意識が覚醒し大声を出して起き上がった日向。その突然な動きのせいで、空中にいる妹の頭と日向の頭が盛大な音を立てて衝突する。もう一度ベッドに倒れこむ羽目になった日向と床にぺたんと座り込む結菜。二人とも額を抑えてうめいていた。


「いたた。お嫁に行けなくなったらどうしてくれるのお兄ちゃん。いや、これはお嫁になんて行かせないぞっていう意思表示なんだね」


「それは絶対にない」


 言って起き上がる日向。彼は眠気と痛みを振り払うかのように目をこすり頭を振って立ち上がる。彼にしては珍しく、寝覚めが悪いようだった。それ以外には特に何もなく、いつもと変わらない平和な朝。


「やっぱり、公園で起きたことからは全部夢――」


「じゃないよ、お兄ちゃん」


「――じゃなかったのか。はぁ」


 否定された日向は昨日の夜。不可思議な現象が起きた後、家に帰ってから妹に言われたことを思い出す。


――お兄ちゃんは中二病じゃなかったんだよ。

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