第7話  色褪せた世界

「おい、なんなんだよこれ」


 一瞬で無音に包まれた公園。そこに響く彼の声。一変した周りの様子に日向は腰を浮かせてうろたえる。変化の瞬間なぜか辺り一帯の雨粒は全て地面に吸い込まれ、そのためさっきまでの視界の悪さが嘘のようだった。日向の目に映るのは至って普通の遊具や砂場。ただし、その色彩を除けばだが。そこで彼は気づく。いつのまにか空を覆っていた雲がかき消え、再び夕陽が差していることに。

 彩度が落ちて青みがかった景色の中、そんな不可解な現象から目をそらすかのように、彼はその手に持った携帯へと視線を向けた。その画面に出ているのは自宅の電話番号。


「俺の目がおかしくなったのか? これはまずいかもな、早く迎えに来てもらったほうがいいな。うん多分疲れているんだ、そうしよう」


 低い声でひとりごちた日向は、スマホの操作を始めた。しかし、タップしようとスワイプしようとフリックしようと、それはうんともすんとも言わない。


「げっ、やっぱり壊れたか。一ヶ月前に買ってもらったばかりだったのに……」


 自分のおかれている理解不能な状況を見て見ぬ振りしながら、がっくりとうなだれる日向。その仕草にはどことなくわざとらしさがにじみ出ている。しばらくそうしていた日向だったが、やはり限界に達したようで、わなわなと肩を震わせ始めた。


「こんなん、どうしろっつーんだっ」


 そして叫ぶ日向。突然の雨というには生易しい豪雨に、そこへ見事にコンボを決めた妹のいたずら。そして、あり得ない天気の変化に、見えるものの色がおかしくなるという謎の現象に日向の精神は打ちのめされていた。ハハハ、と乾いた笑いをあげた日向は生気を失った目をフラフラとさまよわせる。その途中、日向の目に留まるものがあった。


 白い小さな猫だ。公園の反対側、日向が今いる位置の対角上にいた。その子猫は日向の方をじっと見ている。彼はその愛くるしい姿を見て、いくらか気持ちを落ち着けた。


「おいおい、そんな場所さっきまで雨に、っとそうかあの木が丁度屋根代わりになっていたんだな」


 雨で取り残されていた同胞を、口元を緩めながら見つめる日向。そのまま数分間彼は見ていたのだが、猫は身じろぎ一つしない。彼は心配そうな面持ちを浮かべる。 そして、屋根の下から外へ恐る恐る足を伸ばしてみた。土にしては硬い感触に一瞬眉を寄せた日向だったが、それ以外には気になるような現象は何も起きない。


「どういう訳でこうなったのかさっぱりだけど、雨が上がったって考えればいいか」


 日向は早速足を踏み出す。彼が駆け寄るにも拘わらずやはり微動だにしない白猫。一メートル、もう一メートルと徐々に縮まっていく距離。その毛並みがはっきりと見える距離まで近づいたところで、先ほどから彼の頭の片隅でチリチリとなっていた違和感がついに口へと出る。


「こいつ、瞬きしていない?」


 日向は丸い目を見開いたまま置物のようになっている彼女へとたどり着いた。その雪のように白い毛の一部、それが静電気が溜まった髪の毛のように浮いて止まっているのを見る。


 ここにきてようやく日向は気づいた。おかしくなったのは彼自身ではなく彼を取り巻く世界であることに。


 ハッとして日向はさらに周りを探る。そして彼は決定的なものを見つけた。低空で羽を開いたまま浮いているツバメを。


「まさか時間が止まったとか。……いやいや、厨二病じゃあるまいしあり得ない。そうかこれは夢なんだな。明晰夢とかなんとかっていうやつ」


 かぶりを振って目の前に起きている現象を否定する日向。彼は頬をつねったりして現実へ戻ろうとする。その時だった。


 公園の入り口の方からザッと地面と靴の擦れる音がしたのは。


 全く音のなかった世界に混じったそれに驚いた日向はつい近くの茂みに身を隠してしまう。草の隙間から覗くと、そこには三人の男がいた。恐らく日向と同年代だろう。高一の平均身長程度の日向よりも少し高いぐらい背丈の二人と、その真ん中に立つ大柄の男。彼らは身を隠した日向に気づくことなくしゃべりだす。


「やっぱりいいっすねこの町。俺たち誰も結界魔法使えないのに奴らと喧嘩できるっすから」


「おい、喧嘩と言うな。これは西のあいつらと東の俺らの戦闘訓練だ」


「お偉いさんが聞いてるわけでもないから喧嘩で良くね?」


「気をつけろよお前ら。上は俺らみたいなのがここでやってることを実は知っているって聞いたぞ。どうやら黙認しているらしいが。」


 五分ほど日向が息を殺して観察していると、今度は三人が来たほうと逆の入り口。そこに新たな三人の影が現れた。その先頭にいる男、これまた高校生ぐらいであろう少年はぐるりと公園全体を見渡す。そんな彼に大柄の男が声をかけた。


「少し遅かったな」


「すまんすまん」


「まあいい、そんなに待ったわけじゃないしな。邪魔が入らないうちにさっさと始めるぞ」


「ほいよー。……そやけどあのかばん、自分らのか?」


 目を鋭くしてベンチを見る少年。そう、ちょうどそこには日向のかばんが残っていたのだ。


「俺らのじゃないな」


「やろな。ほんならこのかばんの持ち主どこ行ったんや」

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