第5話 再発じゃねぇっ

「は? 何言ってんだ、快斗」


 快斗からの言葉に怪訝な顔をして動きを止める日向。


「いやだから、それ」


 そう言って、快斗はちょいちょいと日向の持つかばんを指差す。


「そこのポケットに入ってるだろ。えーっと何だったっけな……そうそう、チェルノボーグとベロボーグ。中二病のときお前が使ってたモデルガンだろ」


 日向は目をぱちくりする。そして左肩にかけた黒いサブバッグの横を確認すると、確かにそこにはいつも入れている折り畳み傘によるものとは違う、妙な膨らみがあった。


「部屋に置きっぱなしにしたよな……」


 眉をひそめて中を覗くと、そこには黒と白。日向は一度視線を外してかぶりを振り、もう一度中を見る。やはり黒と白のモデルガン。冷たい汗をかく日向。


「なんでここにあるんだよっ」


 日向は目を白黒させながら叫んだ。そんな彼を見て唇の端をゆがめる快斗。


「日向、半年前に捨てたって言ってたよな。あの時惜しくなって捨ててなかったとか? で、今になって再発したんだろ」


「違わいっ。本当に捨てたわっ。けど今朝妹が誕生日プレゼントって言って……」


「渡されたこいつらを見て、童心に返り、再発したと」


「だから、再発してねえよっ。これも部屋に置いてきたはずなんだ」


「そうなのか。俺がお前の中二病を見抜いた時と状況がほとんど同じだったからな。すまんすまん」


 そう言うと遠い目をする快斗。


「いやー、日向は中二病でもましな方だったよな。力は秘匿されるべきものっていう設定だったから、教室で『クックック』とか笑いだしたり、急に右腕を抑えて『静まれ俺の右腕』とかやらなかったしな。ばれてるのも俺にだけだっただろ。いや、家族にもか。

 けどそれに反してめちゃくちゃ細かい設定してたよな。確かその銃から魔力弾撃ち出すんだったっけか。んで、その魔力弾の構造を変えれば着弾時に魔術陣の展開とかいろいろできるんだよな。あとは、人の体内には魔力生成炉と魔力圧縮炉があるんだっけ。で魔力を圧縮していくと、物質の相転移と同じように変化していくんだったよな。ほかにも、必殺技とか大規模魔術陣システムとか――」


「やめろぉぉぉぉぉっ」


 快斗が一つ一つ口にしていく黒歴史に、日向は耳を塞いでうずくまり叫んだ。もう教室内には誰も残っていなかったものの、その声はもちろん廊下まで響いていて、


「どうしたの?」


 ドアを開いて顔をのぞかせたのは香織だった。駆け寄ってくる彼女に、少し顔を上げる日向。


「何でもないから気にしないで」


「でも、なんでもないって言う様子じゃないよ? 朝から少し顔色悪かったし、本当に大丈夫なの?」


 気に掛ける香織に日向はただ無言で頷く。なおも香織が心配の目を向けていると、日向はすくっと立ち上がって言った。


「そろそろ完全下校時刻だし、帰ろう」


「そうだね。あっ、二人とも一緒に帰らない?」


「偽金髪とかはいいのか?」


「方向が逆なんだって。それより紫藤くん、知華ちゃんのこと偽金髪なんて言っちゃうんだ。明日本人に伝えとこ」


「ああいいぜ。俺は隠さない。あいつは偽金髪だっ。もし何か文句を言ってきても言い負かしてやる」


「やめとけ快斗。お前じゃ絶対勝てない。明日逆に言い負かされて、さらに弱みまで握られて頭を抱えるお前が目に浮かぶ」


 三人しての気の置けないそんなやり取り。彼らの笑い声が教室に響く。


「じゃあ、二人ともオッケーだね」


「ごめん、俺は今日は用事があるんだ。日向と二人で帰ってくれ」


「ふーん、そうなんだ。分かった。それじゃあ秋月くん、行こっか。紫藤くん、またね」


「快斗、じゃあな」


「ほーい、お二人さんまた明日」


 手を振る香織と背を向けたまま首から上だけ振り返って言った日向を、手をひらひらと振って見送った快斗は窓の外を見る。


「んじゃ、俺も行くか。何も面倒なことが起きなきゃいいんだがな」


 空にはいつのまにか雲がかかり始めていた。






「こうやって一緒に帰るのっていつぶりだろうね?」


「いや、いつぶりもなにも、一緒に帰ったことなんてなかっただろ。中学校からじゃ方向逆だったし、習い事に関してはそもそも移動手段が自転車と車で違ったからな」


「あはは、そうだった」


 広めの川にかかるアーチ橋の上、香織はずいっと日向の右肩に寄って言った。


「でも、今年からは一緒に帰れるね」


「お……おう。まあ、部活によっちゃあ難しいかもな」


 言葉を詰まらせながら返した日向は視線を明後日の方に向ける。その目に映るのは沈みゆく太陽と茜色に染まる空。そして夕陽に照らされて金色に光る雲。しかし、それに混ざる黒い雲もあり、遠くは霞がかったようにぼやけている。

 それに気づいた日向は、朝の天気予報を思い出した。


「名津井さん、急ぐよ」


「えっ? ちょっとまっ――」


 香織の腕を掴んで早足になる日向。しかし、タイミング悪く橋の北端の信号に引っかかってしまう。香織はといえば胸に手を当てて、深呼吸していた。


「ごめん、いきなり早足にしちゃって。雨が――」


「秋月くん」


 訳を説明しようとしたところで香織に呼ばれた名前。そして、そのまっすぐな視線に口を縫い留められる日向。


「私ね、実は――」

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