第4話 暴走スイッチ。こいつのはここにあった

「新入生総代。花里はなさと知華ちか


「はい」


 壁に紅白の布がかけられた体育館。整然と並ぶ折りたたみ椅子と、それにじっと座る生徒達。そしてその並びで作られた中央の通路を茶毛の生徒が気取った様子で歩いていた。静寂の中、光で照らされた壇上へとあがる彼女。その瞬間、生徒の列の中からいくつか息を呑む音が聞こえた。光の加減によって彼女の毛は金色に光るようにも見えるのだった。

 そんな彼女を空虚な目で追っていた日向にかけられる、隣からの潜められた声。


「ねえ、秋月君。もしかして、ああいう子がタイプ?」


「ん?何言ってるんだよ。前から言ってるよな、俺は黒かみ――」


 振り返りながらぞんざいに答えようとした日向は、その相手が香織であることを認識し動きを止める。そして首を回して視線を背後にやった。そこにいる快斗を見て、頭に手をやる日向。そんな日向に唇の端の片方だけを上げながら詰め寄る香織。


「ん-?黒髪がどうしたのー?」


「ばっ。なんでもないっ」


 慌てる日向を見てころころと笑う香織。そして、口を押さえて肩を震わせている快斗。少し顔を赤らめながらも、二人へジト目を向ける日向。そして日向は彼を笑った快斗への反撃に出る。


「あの総代は、絶対快斗のタイプだろ。ほら、おまえ金髪ドリルがどうとかいってたじゃん。あの人ちょっと金髪に見えるし、ウェーブもかかってる」


「金髪ドリルを侮辱する気かっ、日向ぁ」


 クワっと目を見開く快斗。日向の反撃は快斗の精神を揺さぶったらしい。おかしな方向にだが。

 そして快斗は日向にビシッと指を突き付けた。


「ふざけるな。あれのどこが金髪っていうんだ。よく見ろ、あんなものはただの茶髪だ茶髪。光の加減によっては金色? はっ、笑わせる。太陽の下でも、月の光に照らされても、全ての光が蛍光灯や白熱灯の支配下だったとしても、なんだったら光源がなくとも、どこでも変わらずまばゆく絢爛豪華けんらんごうかに光り輝く。それが金髪ってもんだ」


 壮大に語る彼は今度は壇上で宣誓を行っている総代の方に指を向けた。


「そして、ただのウェーブ。巻いてすらいないあれのどこをどうとったらドリルになるんだ。恥を知れっ。そもそもだな――」


 ついにとうとうと語りだす快斗。さすがに立ち上がりまではしないものの、身振り手振りを加えつつ熱を入れて論を展開する。花里知華による宣誓が終わってもそれは続いていた。静寂の中に響く快斗の声。周りの生徒全員から快斗に白い目が集まる。その目線を向けている生徒の中にはもちろん総代の姿もあった。暴走する快斗を前に何もできない日向は、彼の真横に彼よりも一回り、いや二回りほども大柄な教師が来たのを見る。しかし、快斗の目には入っていない。しばらくしてようやく語り終えた彼は、今更ながらに教師の放つ重圧に体を震わせた。

 錆びた機械のようにぎこちなく首を回して横を見る快斗。


「なあ、二人とも。一応おまえらも共犯だよな。なんとか言ってくれよ」


 視線は固定されたまま、快斗は前列の二人に助けを求める。しかし、先生が接近してきた時点ですでに姿勢を元に戻していた二人は彫像のように動かない。結果、一人むなしく先生に引きずられていく快斗だった。




「あぁー、入学式当日から生徒指導室行きとかないわー」


「ご愁傷様です」


 入学式も終わり、オリエンテーションやホームルームも過ぎて、あとは帰るばかりの時間。教室には西日が差し込み、空は赤く染まりかけていた。机に突っ伏す快斗と、そんな快斗に向かって合掌する日向。快斗は上体はそのままに顔だけを上げて半目になる。


「そもそも日向のせいじゃん。俺があんな金髪もどきに惹かれるわけがないだろうが」


「ごめんごめん分かったから」


 日向が抑えるも、やはりヒートアップしていく快斗。そこへ――


「熱意があるのは分かったけど、だからといって僕の見せ場を邪魔しないで欲しかったなぁ」


 突然割り込む冷ややかな声。見ればそこには金――ではなく茶髪。二人の前に立った影は口を締めて不満そうな顔をしている総代、知華だった。


「ぼ……ボクっ娘だと……?」


 そう口から漏らしたのは日向か快斗か、それとも両者ともにか。二人は腕を組む彼女の前で顔を見合わせる。


「快斗。俺、まさかリアルでボクっ娘を見ることになるなんて思ってなかったよ」


「そう、そうだよな日向。夢じゃないよなこれ」


 頬をつねる快斗とどこか気の抜けた様子で薄く笑みを浮かべている日向。本人そっちのけの二人を前に知華は肩をすくめた。


「キミたち、僕を無視するだなんて良い心構えだね。香織からおもしろい子たちだって聞いていたけど、これは想像以上だ」


「名津井さんと知り合いだったのか?」


「いや、彼女とはさっき初めて話したよ。彼女も珍しい人だね、初対面の僕にいきなり友達になろうって話しかけてくるなんて」


 日向と快斗はどこか納得したような表情を浮かべて頷く。香織は社交性が高い……のだが、なぜか彼女が深く親交を結ぶ相手は一癖も二癖もある者ばかりなのだ。


「それじゃあ僕は香織のところに戻るよ」


 知華はそれだけ言い残すと離れていく。その姿を顔を並べて見送る日向と快斗。知華が香織達としゃべりだしたところで二人はポツリと呟いた。


「「面白い人を見たければ名津井香織の周りを見ろ」」


「久しぶりに思い出したぜ、この言葉」


「そうだな。高校ではどんな人を連れてくるんだろうな。どう思う? 面白い人筆頭の快斗さんや」


「どうだろうねぇ。すでに偽金髪と友達になっているみたいだし。な、面白い人殿堂入りの日向さんよ」


 二人は一瞬視線をぶつけ合うと、自分は面白い人じゃないと主張を始める。そしてそれは生徒がまばらになる時間まで続いたのだった。


 その後も二人は春休みの間できなかった色々な話をしていた。そして、話の途切れ目で教室前方の時計に目を向けた日向は言う。


「快斗、そろそろいい時間だし帰るか」


「そうだな。っと今日はちょっといつもと方向が逆になるから一緒には帰れんわ」


「オッケー」


 そう言って立ち上がりながらサブバッグを取り上げる日向。彼が持つそのかばんに目を向けた快斗は突然手を打って言った。


「そうだそうだ日向、忘れてた。朝から聞こうと思ってたんだけどな」


「なんだ?」


「お前、中二病、再発したのか?」

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