第3話 幼馴染じゃないっ

 中二病。この言葉を聞いたことがある人は多いだろう。この中二病は内部でいくつかに分類できるが、最も痛ましいのは『厨二病』という類のものである、と秋月あきづき日向ひなたは考えている。ただ経験したのがそれだったからというだけかもしれないが。

 『日向』という名前から、自分の裏の姿は陰の属性を持つと捉え、夜な夜な街へ繰り出し、携えた二丁拳銃から撃ち出す魔力弾で悪党や幽鬼から街を守ってきた。魔力弾から魔術陣を展開することも可能で、さらに魔力にはその圧縮率による段階が……


 家を出る前の出来事で頭の奥深くに封印した記憶を引っ張り出された日向は額に手をつきながらふらふらと橋を渡っていた。鋼製のアーチ橋である。橋の下では無く、その上側に金属のアーチが作られているその特徴的な形を見て、「ああそういえばこの橋にも」と口をついて出た言葉。彼は重い頭を抱えながら欄干に体を預ける。始業までは十分に時間が残っているので少しぐらい休んでも構わない。橋を行き交う車の音、鳥の羽音、海からは遠い川だけれども香る磯の匂い。目を閉じていた日向の顔色は幾分かましになったようだった。


「おっ、日向じゃん。おはよう。」


 そこに突然かかった声。日向が目を開けてそちらを向くとそこには黒髪を短く揃えた友人、紫藤しどう快斗かいとがいた。


「おはよう、快斗」


 日向が中学からの友人に短く返事をすると彼は軽く首を傾げて言う。


「なんかボーっとしてたけど大丈夫か?これから入学式だぞ」


 大丈夫大丈夫とひらひら手を振って日向は快斗とともに歩き出す。交通量も多く、バスやトラックなどの大型車両も通るために時折揺れるこの橋を。

 二人はどうでもいい話をしながら川を越え、土手を下り、高校の校門にたどり着く。そこで快斗がポツリと呟いた。


「それにしても、無事に受かれてよかったよな、俺ら。というか特に日向」


「そうだな。俺、ちゃんと兄として恥じない結果を出せたよな」


 目の前に立つこの高校、県立曲山高等学校、通称曲高はこの県でもっとも偏差値の高い高校だ。そのため、別の市から受験する人も多く、特に半年前まで中二病だった日向としては入れるか否かの瀬戸際だったのである。それでも彼が張ったのはここが尊敬する父の卒業校であるのと同時に中学時代に迷惑をかけた母への償い、そして妹の見本になってやるという兄の矜持があったからである。

 日向が言葉にするには恥ずかしくて家族には打ち明けられないそのことをただ一人知っている友人はというと、日向の発言から彼の妹のことを思い浮かべて……


「結菜ちゃん、かわいいんだよな。あのお淑やかな感じ。グヘヘ」


 下卑た笑い声をあげていた。普通ならば顰蹙ひんしゅくものであるが、それが快斗の冗談だと知っている日向。


「お前に妹はやらねーからな」


 彼は快斗に憐れみの視線を向けてテンプレートなセリフを返し、そして呟いた。


「ああ、ここにも妹の性格詐欺の被害者がいるよ」


 足裏に赤レンガの硬い感触を感じながら入学式の行われる体育館へと二人は足を進める。曲山高校は川の近く土手に面しているだけあって、街中にもかかわらず意外と自然を感じられる。現に日向の耳に流れてくるのも、風で草木が揺れる音、スズメやセキレイのさえずり、かすかに響くサーという川の音、「そういえばさー」という快斗の鳴き声……

 どこか呆けていた日向は目をしばたたせてから快斗の方に向き直る。そのワンテンポ遅れた動きには何も言わず、快斗は言葉を続ける。


「あいつも受かってるんだよな」


「あいつ?ああ、名津井さんのこと」


「そうそう、お前の幼馴染の」


 快斗が言っているのは中学三年の時に二人と同じ学校にいた少女のこと。しかし、文字通り日向と学校が同じだったのは中学三年の時だけなのだ。だから彼はいつも通り思っている答えを返す。


「「幼馴染じゃないっ、腐れ縁だよ」」


 噂をすればなんとやら、というのだろう。日向の声と同時に二人の肩越しに全く同じセリフが飛んでくる。彼らが振り返ってみれば、そこには黒く長い艶やかな髪を後ろでまとめた少女が立っていた。そう、彼女が名津井なつい香織かおり。日向のおさな――腐れ縁である。日向がそのダークブラウンの瞳に気を取られていたところで、彼女は駆け寄ってくる。


「やっほー。おはよう、秋月くんに紫藤くん。春休みの間元気だった?」


 至近距離から見上げる彼女に、「お、おう」と声を詰まらせながら短く返す日向。

 そんな日向と香織を見て、快斗はもう何度目にもなるセリフを呟くのだった。


「あいつが真っ先に駆け寄るのは日向だし、日向も傍から見てりゃまんざらでもなさそうだし、もう本当に付き合っちまえよ」

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