第2話 いつも通りの朝……だと思っていた
まどろみの中、少年は足音を聞く。どたどたと階段を駆け上がるその音が、閉ざされたドアの向こうでピタッと止まったところで少年は完全に目を覚ます。そして――
「おはよー。おにーちゃんっ。そしてお誕生日おめでとー。プレゼントは、私のファ――」
そんな声とともにドアを開いてとびかかってくる少女。少年はそれを身を捻って躱し、空いたベッドのスペースへとはたき落とす。「ふべっ」と女子にあるまじき声を上げながら墜落した少女を見て、ため息をつきながら額に手をやる少年。彼はいまだにベッドでもがいている少女へと声をかける。
「おはよう、
「えー、いいじゃん」
そう言って唇を尖らせる少女に、少年は再びのため息をつく。
毎朝のことなのだ。彼、
そして彼は思うのである。この妹は一体どうして家ではこんなぶっ飛んだ奴なんだと。いまだにベッドに埋もれている結菜は学校では成績優秀、スポーツは万能とまではいかないがそれでも優秀な部類、クラスの中心としてみんなをまとめていたと彼は方々で聞いていた。時々日向は学校からの帰り道でこれまた下校中の結菜を見るのだが、毎回「こいつ誰だ」と口に出してしまうのだ。これについて日向は、切り替えができているとほめるべきか、はたまた家でもちゃんとしてくれよと口を酸っぱくしていうべきか頭を悩ませる羽目になるのである。
「先に下降りてるからな」
ようやくベッドから抜け出した結菜にそう声をかけて日向は部屋を出ていった。
「それで、今日は入学式だけどちゃんと用意はしたの?」
「んー入学式だから用意するものなんてほとんどないって」
「そう言ってよく玄関で慌ててるじゃない」
朝食の途中で突然聞いてきた日向と結菜の母、秋月
「――という会談が行われます。続いては天気予報。今日は全国的に晴れるでしょう。ですが、夕方に一部の――」
「お母さん。もうすぐいつものあれだけど。」
「そうね、結菜は何にする?」
「じゃあ、パーで」
日向の後ろで流れていたテレビから天気予報が流れだした時、結菜と凛が相談をし始める。何のことはない、おはようテレビのじゃんけんタイムだ。どうやらこの二人の間でマイブームになっているらしい。日向が気にも留めず黙々と箸を進めていると、二人はテレビを注視し、そして声を上げる。
「やたっ、正解」
「結菜もやるようになったわね。今週はまだ全勝なんじゃない?」
「でも、お母さんは一ヵ月前に引き分けちゃった時以来また連続でしょ」
「そうね、あの時はちょっと失敗しちゃって残念だったわ」
横から聞いていた二人の会話に日向は心の中で突っ込む。一ヵ月連続っておかしいでしょう。しかも、失敗もなにもただの運でしょうが、と。
そして、そんな思考につられて日向は二人を見る。そして思った。やっぱり母娘だから似てるよなと。その髪は少し茶がかっていて、細くしなやかでまっすぐである。結菜は肩にかかる程、母は完全なロングという違いはあるものの髪質は同じに見える。そのきりっとした目元、小さめの鼻もピッタリ一致しており、母が少々若作りなため、結菜がもう少し成長したらもしかすると姉妹――
「ひーなーたー」
突然かけられた声に日向は声を出して驚く。見れば凛の目が吊り上がっていた。
「何か失礼なことを考えていたんじゃないかしら」
その鋭い指摘に日向は冷や汗を流す。明らかに挙動不審になりながら周りを探った日向は丁度空になっていた食器を見て、思いついた。
「た……食べ終わったから、あがるわー……。ごちそうさまー……」
撤退案を。
凛からのいらぬ追撃を受けないように、食器を流しに運んでからそそくさと部屋に戻る日向だった。
自室に戻った日向はホッと息をつく。日向の母親はどうやってか人の心を読んでいる節があり、しかも怒らせると誰の手にも負えなくなってしまう。だから日向は母親の前でうかつなことを考えられないのだ。秋月家の男性陣が凛に頭が上がらない理由の一つである。
時計を見ればそろそろいい時間。身支度のためクローゼットへと歩み出した日向は視界の端に映った見慣れない箱に気づき、その動きを止めた。
「なんだろうこれ」
とりあえず近寄ってみる日向。するとその箱の上に二つ折りのカードが乗っていることに気づく。それを取り上げて開くとこう書いてあった。
『親愛なるお兄ちゃんへ
ハッピーバースデー、お兄ちゃん
ほんの気持ちですが誕生日プレゼントです。
ちゃんと学校にも持って行ってね。絶対だよ。
your sweet sister 結菜』
「甘い妹ってなんだよ……」
呟きながら何気なく箱を開けていく。なんだかんだいってもやっぱりかわいい妹からのプレゼントにはうれしいようで、ガバリと箱の中を覗く日向。
そして彼が見たのは、彼にとって忘れようとも忘れられない黒と白。半年前までの二年間ずっと身に着けていて、そして半年前にお別れしたはずの黒歴史。
二丁のモデルガンだった。
朝の住宅街に日向の悲鳴が響き渡ったのは言うまでもない。
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