宝石
僕には不思議な力がある。とはいうものの、それは物を浮かせたりだとか人の考えが分かったりだとかではない。
僕には人の心が宝石として見える。きっと役に立たない能力だと思われるかもしれないが、こんなものでも案外楽しいものだ。
人がいるところならいつでも見れるキラキラ輝く宝石。そのどれも色や形が違ったり濁ったり、と一つとして同じものなんてない。似ているものもあるがやはりどこかが違う。そんな宝石を見るのが僕の生まれた頃からの趣味だ。
人に少ない喫茶店内で、こっそりと暇そうに髪をいじるウエイトレスを見る。あの子はグリーンアゲート。まるで深い湖の緑みたいな色合いで、雫型をしている。きっとおとなしい性格なんだろうなと勝手に考えてみる。
カランコロンと音が鳴り、アンティークな扉から一人の男が入ってくる。着ている服から察するに高校生だろう。紺色のブレザーを脱ぎながら奥の一人用の席まで行ってしまう。
ちらりとしか見えなかったが、おそらく彼はレッドスピネルだった。形は綺麗に整えれたステップカット。安直な理由だが、赤だし情熱的な性格なんだろう。
彼が席についてから三分ほどでウエイトレスが呼ばれる。すでに注文の準備をしていた彼女は早足で彼のもとまで急いでいく。
僕の飲んでいるコーヒーがそろそろなくなりそうなので、なにか新しく頼もうとメニューを適当に眺める。気分を変えて紅茶もいいが、クリームソーダも捨てがたい。しかし、クリームソーダを飲んでいるところに待ち人が来てしまったら恥ずかしいな。
「すみません」
奥の彼の注文を聞き終え、厨房に帰る途中だったウエイトレスを呼び紅茶を頼む。この子の宝石は近くで見ると本当に綺麗だ。キラキラしているわけではないが、深い水に底に引き込まれるような妖しい美しさがあった。
注文を聞き終え、厨房に引っ込んで行った。もう少し見ていたかった。
そういえば、僕は厨房の人をみたことがないな。当たり前かもしれないが、それでもここにはある程度通っているし、一回くらいは見てみたいものだ。
紅茶が来るまでの間ぼんやり外を眺める。多くはない通行人を眺めては、その宝石の美しさにため息を漏らしそうになる。
仲良く帰る小学生二人はアクアマリンにフローライト。犬の散歩中のおじいさんはシトリン。スーツ姿の女性はロードナイト。
あざやかな宝石たちが代わる代わる動いていく姿は、水族館のようでいくつになっても心が踊る。
外を眺めていたらいつのまにかウエイトレスが机の横にいて驚いた。銀色の盆の上に置かれる紅茶。受け皿の上にはスティックシュガーとミルクが置かれている。それを慣れたてる手つきで僕の前に置くと、奥の彼が頼んだコーラを渡すべく、すぐに行ってしまった。
スティクシュガーとミルク両方使い切ると、スプーンで円を描くように混ぜる。混ぜている時のマーブル模様が、なぜか好きだった。
綺麗に混ざったところでスプーンを置き一口飲む。甘くて美味しい。紅茶に詳しくないのでなんとも言えないが、ここの紅茶はかなり美味しいと思う。
ほっとひと息ついていると、こちらに向かってくる一人の女性が見えた。青いストライプのワンピースをひらめかせ、歩いている。そして一番印象的なのが、その胸のあたりで輝くダイヤモンド。その煌めきを見た瞬間に彼女に惚れてしまい、今こうしてデートまでこぎつけたところだ。
慌てて髪を触り寝癖がないか確認したり、意味もなく服を叩いたりしてみる。そわそわと落ち着きのない僕は怪しさ満点だろうが、許して欲しい。恋い焦がれる宝石を前にして落ち着いて居られる人なんているはずない。
ああ、早く僕の目にその虹色の輝きを見せてくれ。愛しのダイヤモンドよ。
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