わたしは桃が好きだ。

 その滑らかでいて産毛に包まれた薄皮も、桃色が散りばめられ甘い香りでわたしを誘惑する果実も、そのすべてが愛おしい。

 わたしが初めて桃を食したのはいつの頃だったか。たしか、小学校に上がって間もない頃であった気がする。当時わたしは桃が好きではなかった。それは何故かと言うと。缶詰の、あのなんとも言えないシロップ感がそのときのわたしは苦手なのであった。

 何故そんなわたしが生の桃などを食べたのかと言うと理由は単純、祖母の家でおやつとして出されたからだ。わたしは祖母が嬉しそうに淡い色をした桃を剥く姿を見て、食べたくないとはどうにも言い出せない。

 真っ白な皿にフォークと共に乗せられた桃を見てわたしは、意を決した。それを恐る恐る、小さめのフォークで突き刺し、口に含む。するとどうだろう、缶詰の桃しか知らなかったわたしの頭と舌は驚いて思考を真っ白に塗り替えてしまう。

 美味しいでしょう? 祖母のたずねる声に必死で首を、もちろん縦に振った。その必死さが面白かったのか祖母は口元を手で隠しながらくすくすと笑っていた。どこかいたずらっ子のような笑みであった。

 そんな笑い声も聞こえないくらいわたしは必死に桃を食べた。信じられない、と一口また一口と食べ進めるうちに、当たり前だが桃はもう皿にはない。その皿を祖母に渡す時、言い表せない寂しさと名残惜しさを感じたものだ。

 それから一度、缶詰の桃を食べてはみたがそれはあの時食べた桃には遠く及ばない偽物のように思われた。わたしの残したそれを、平気な顔して食べる姉を見てなぜそんな物を食べれるのだろうと不思議に思ったりもした。

 それからもう一度桃を食べたのは小学生の終わりだった。卒業祝いにと親戚が二つくれたのだ。

 その時はもう嬉しくて嬉しくて何度もお礼を言った、さらに本当に食べていいのか何度も確認したのを覚えている。親戚のおじさんは私のその様子が可笑しかったようで、寒さで赤くなった鼻をマフラーで隠して笑っていた。

 母に剥いてもらう間、そわそわと落ち着きのない様子であったのを姉に指摘され笑われてしまった。それが恥ずかしく、母を手伝うと言い台所に向かったのだがすでに皿とフォークを持った所に来てしまい少し気まずい思いをした。

 それと同時に待ちに待った桃の登場に、とても気分が高揚していくのを感じた。嗚呼、やっと会えた。これが、愛する人と逢い引きをした時の気持ちなのだろう。子供心に、そんな背伸びをしたことを思う。

 姉の隣の椅子に座り、母がそれぞれの前に皿を置く。その瞬間わたしの目はただ一つ、目の前の桃にのみ向けられていた。

 いただきますと手を合わせフォークを手に取る。前食べた時みたいにがっつかず、端の方を少し齧る。桃の甘みが口を通り鼻へとぬけていく。まさに至福の時だ。

 一口ずつ大切に齧っていく。終りがだんだん見えていく。嗚呼なんて切なく苦しいのだろうか。それが二度目の逢い引きだった。

 そして今、三度目の逢い引きを果たしたのだ。

 その天女の着物のごとき薄皮がわたしを早く早くと誘惑してやまない。甘い香りが鼻を柔らかくくすぐる。その腐敗の早さも、美人薄命を体現しているかのようで堪らなく美しい。ただそこにあるだけでわたしに癒しを与えてくれる。桃源郷から落っこちてきた天女の実、美しく優しくなんと、愛らしいやつだろうか。

 満を持して、その実に齧り付く。美しい天の使いである女を、わたしが汚している気分にもなる。

 わたしは君が愛おしい。食べたいのに食べたくない、もっと見ていたいが早く腹の中へ落としてしまいたい。なんと相対した二つの感情。きっと、わたしは恋をしているのだ。天女の羽衣をまとった君の、その柔肌に。






 前に小説家になろうの方であげていたもののリメイクです。

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