5-8【何もできない自分が、もどかしい】

 ☆ギャンブラー


 ブレイカーが爆死した。それを実行したのは、ガードナーらしい。彼女の選択は間違ってるとは、言えなかった。


 ブレイカーは瀕死だった。恐らくだが、この結界内に入れば死ぬことはないのだろう。しかし、痛みは続く。


 ならば今ここで彼女を苦しまないように殺し、ジョーカーを倒し願いでブレイカーを甦らせればいいだけの話。全員の蘇りは無理だろうが、一人くらいならなんとかなるはずだ。


 ……もちろんギャンブラーはガンナーの蘇りを願いたい。しかし、そんなことをガンナーは望んでいるとは、到底思えなかった。


 ガードナーはどう考えているのか。ブレイカーの復活を望むのか、それとも諦めるのか。どっちなのだろうか。


「……ゲホッ……まずは自分の傷を癒すことに専念しなければ……」


 こんなところでは死ねない。数は時間が経てば少しずつ回復していくので、このままゆっくりと休もうと思う。今の自分がジョーカーの討伐に向かっても、足手まといだ。


「くぅ、ふぅ……」


 うめき声が聞こえてちらりとクリエイターの方を見る。彼女は先程から苦しそうな顔をして大粒の汗を大量に流していた。


 ヒーローのベルトを腰に巻いて、まるでお守りのようにソルジャーの刀を抱いていた。彼女にも何か考えがあるのだろうか。彼女がいつも持っているペンチは少し遠くに放り投げられていた。


「……何もできない自分が、もどかしい……な」


 ギャンブラーはそう呟いた。手にあるサイコロをぐっと握り、そして銃口をジョーカーの方に向けたのだった。


 ◇◇◇◇◇


 ☆ジョーカー


(……今私を相手取ろうとしてるのは、ファイターとガードナーとセイバー……他の3人は放置で……いや、ギャンブラーは銃口を向けてるし、クリエイターも何かしてきそうだからあまり目は離さない、か)

「戦闘中に考え事か!?」


 ジョーカーの眼前に迫る拳を、彼女は折れてない手で弾く。実際気を抜いて勝てるほど、ジョーカーは楽観はしてない。


 確かに負ける気はない。しかしそれは無傷の状態だったときであり、想像より早いファイターの復活はジョーカーの計算を狂わせる。


 折れた片腕はそのうち治る。が、そうなるまで果たして相手が待ってくれるかどうかは、わからない。


 圧倒的な不利な状況。しかしその中にいてもジョーカーの胸の奥から湧き上がって来る感情はたったの一つだ。


(……興奮する……♡)


 ジョーカーは人を殺すことが好きだ。自分より弱いものでもいいが、自分と対等レベルの相手を殺した時に得られる快感はどんなものにも負けはしない。


 ワクワク?いや。ゾクゾクという方が正しい。早く殺したい。早く仕留めたい。早くあの赤い水を全身に浴びたい。


「あはぁ……♡もっとジョーカーを楽しませてよ……!」


 ジョーカーは走り出す。そして、構えを取っていたファイターの右脇腹に蹴りを突き刺した。ゴギリと小気味いい音が聞こえて、ジョーカーはにたりと笑う。


 しかしファイターはひるまない。ジョーカーの足をつかみ、そのまま膝に向かって拳を振り下ろした。


「ひぎぃ!!♡」


 無理やり曲げられる足。当然痛みは強く、ジョーカーは思わず声を漏らしてしまった。どうやらファイターはこのまま一気に勝負を決めにいくつもりのようだ。


 確かに体は密着している。だが、それはお互い一緒の条件である。ジョーカーはなかった左足でファイターの体に巻きついた。


「もう逃がさないよ〜!」

「くぅっ……!」


 ファイターはジョーカーの顔狙い拳を突き刺そうとする。が、ジョーカーはそれを顔を横にずらすだけで避ける。


 そのままジョーカーはファイターの顔を殴る。おそらくスキルで痛みを消しているのだろうが、その痛みはスキルが消えた後一気に襲いかかって来るのだ。


 だから今のうちに稼ぐ。片腕しか使えないが、それでもファイターの口から血を吐き出させるほどの威力は出せる。そのまま、もう一発と思った時だった。


「——んっ」


 ジョーカーはそこから飛びのく。すると先程まで自分がいたところには薄い結界のようなものが現れた。


「ちっ。普通に当たれ変態殺人鬼が」

「もう!邪魔しちゃダメでしょ……ガードナーちゃん!ま。いいけど」


 目標変更……などはしない。補助役はその仕事をして私を苦しめればいい。そのほうが盛り上がる。


 ファイターの方を見ると彼女はぶらりと震えて、口から多量の血を流していた。やはりダメージはかなり蓄積されていたようである。


 ショック死はつまらない。が、ショック死寸前に殺すのは楽しい。さて、殺そうか。


 パァン!


 二人の間を引き裂く破裂音。音の出所はギャンブラーだった。彼女が放った弾丸はジョーカーの足にめり込んでいく。


「ぐっ。がは……く、ふふふ……成る程、ね……」


 痛い。けど、これくらいこの先の快感を考えるなら安いものだ。ジョーカーはニヤニヤと笑いながら立ち上がる。


 目標変更。補助職は補助職の仕事をすればいい。ぐるんと首だけでギャンブラーの方を向いた後、足のバネを使いロケットのようにジョーカーは飛び出す。


 ギャンブラーは諦めたような顔はせずに、抵抗するようにきりりとこちらを睨みつけていた。その顔をこれから汚すと考えると、とてもとてもとても——


「絶頂しそう——!」


 ガキン!!


 ジョーカーのトランプは確かに何かにぶつかった。しかし、なぜか一滴の血もそこにながれてなかった。


 何が起こったか。それは一目でわかる。目の前にいるまるで特撮ヒーローのような格好をした存在が、一本の刀でジョーカーの攻撃を抑えていたのだった。


「……させないっスよ」

「……あれあれあれあれぇ?なんでヒーローのベルトで変身した程度で、ジョーカーの攻撃を……って。もしかして」


 そこにいたその存在は、ジョーカーの腹をなぐりとばす。ぐちゃりと何かが潰れるような音を出して、ジョーカーは口から嗚咽を漏らす。


「自己改造……できるかどうかわからなかったけど……できて、よかったス……!」

「ゲホッ……ガッ、ゴホォ……クリエイ、ター……!!」

「……終わらせるっス。自分は、この力で、進み続けるっス!」


 あぁ——なんて凶悪な存在なんだ。この事実。自分がここまで追い込まれていることに気づいたジョーカーは口から流れる血を無理やり全部吐き出して立ち上がる。


「ふふ、ふふふふふ!!……さてさてさて!……もっと楽しませてよ、みんなぁ!!」


 ここからがさらに盛り上がるはずだ。ジョーカーは天を仰ぎ、けたたましく笑い声を出したのだった。

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