5-4【自分の話聞いてくれないっスか】

 ☆ファイター


「アーチャーちゃん……アーチャーちゃん……」


 口の中で何度も何度も彼女の名前を繰り返す。守りたかったのに、守ることができなかった。


 アーチャーの中核を忘れジョーカーに飛びかかり、結果アーチャーに助けられ。そしてその彼女を、自分は殺してしまった。


 思い出す。彼女の顔を。ファイターに殺された瞬間の、絶望に歪んだ顔を。手に残る生温かい感覚が、覚えている。


「私は……わた、し……はぁ……」


 兄のようになりたかった。兄のように、強くたくましい人間になりたかった。その結果はなんだ。大切な人間一人すら、守れてないじゃないか。生きる価値は、あるのだろうか。いや、ない。


 飲み込まれそうだ。闇に。後悔に。自分の体がズブズブと、泥の中に沈んで行く。もがけばもがくほど、その泥は底なしになっていき、手を伸ばしても誰もつかんではくれない。


 このまま自分が消えて無くなってしまいそうだ。助けて、声は出ない。助けて。手を伸ばすことも、叶わない。


 誰もそばにいない。孤独。そんなものを受け入れるほどの度量はなく、ただただ、暗闇の流れに身を任せて行くだけしかできなかった。


 コンコン


 そんな時、遠慮がちに響いてくるノックの音。今気づいたが、どうやら自分の周りは結界で囲まれているらしい。ガードナーの力なのだろうか。


「大丈夫っス……か?……ファイター、さん……ガードナーさんに、頼んで……会話できるくらいの壁の薄さに……してもらったっス……」

「……クリエイター、ちゃん」


 結界の壁越しにクリエイターの声が聞こえる。その声に対しては、一言でしか返すことができない。


 どこか苦しそうな声だが、もしかして壁越しだとそう聞こえるだけなのかもしれない。ファイターはただじっとクリエイターの言葉を待っていた。


「もしかしてファイターさん……自分が弱いなんて考えてたりしてませんか……?誰も救えない、生きる価値のない存在だと……」


 当たりだ。そう思い今もここにいる。出ることのできない殻の中に、自分で閉じこもっている。


「……少し、自分の話聞いてくれないっスか……?」


 返事は返さない。返す力がない。


「……自分は、シンガーさんに会えずに約束を守れずに失ったっス……次はソルジャーさん……自分は彼女をある意味……殺してしまった……そしてヒーローさん……自分がきちんと説得すればよかったのに……それが、できなかった……自分も、弱いんスよ」

「……そんな……!」


 そんなことはない。ファイターは知っている。クリエイターの強さを。何があっても前を進み続ける、その精神力を。


 自分とは違う、その強さを。そう、反論しようとしたかった。いや、恐らくもう伝わったのだろう。彼女の言葉。クリエイターは、そう言う人間だ。


「……ファイター、さん……貴方は充分強いっス……アーチャーさんの無事を信じ、戦っていた……それだけでも……」

「それはただのバカなだけ……!結局、私の手でアーチャーちゃんを……!」

「違う、違うっス!……ファイターさんは、強くて、優しいんス……!」

「……違う、違う違う違う!」


 ファイターは立ち上がる。違う。それが違う。そうだ、クリエイターは言って欲しいことを言ってくれる。


 そんな彼女の優しさに、遠慮なく甘えようとしている自分が嫌なだけだ。否定の言葉は、全て自分に返ってくる。


「わたしは、わたしはぁ……!!」


 ガンッ!と音を立てて壁を殴る。そのまま、ずるりとファイターは膝をついて倒れていったのだった。


 壁の中に、ファイターの泣き声が淡々と響くだけ。それだけが響いていた。


 ◇◇◇◇◇


 ☆ブレイカー


「なにをしてやがるんですかあいつらはぁ……!!」


 ブレイカーはジョーカーのトランプの猛攻を受け止めながら、ちらりと後ろを見る。早く、ファイターたちが来ないとこちらもヤバい。


 ブレイカーの大振りの攻撃は、ジョーカーには全く当たらない。しかし、それでいい。その避けた瞬間に、セイバーの剣が突き刺さる。


 一撃は軽いが、それはきっと貯まれば大きな一撃になる。コツコツと、少しずつ、そして最後はブレイカーがやる。ファイター達が使い物にならないから、こうするしかない。


「うーん……つまらないなぁ……二人とも、弱いしさ」

「あなたが強すぎるだけっ!」

「あはは!かもねかもね……んー、じゃあ。少し、ジョーカーも遊ばせてもらおうか、な!」


 その瞬間、ジョーカーはトランプを投げ飛ばす。それをギリギリで避けるブレイカー。だが——


 ゴギリ


 避けた方向に、ジョーカーの足が突き刺さる。自分でつけた勢いにより、威力は跳ね上がり、思わず短い悲鳴をあげてしまった。


「チャンス!」

「しまっ——」


 ジョーカーが走り出す。突然のことだから、セイバーは対応できずに、見送っていた。そしてその視線の先にあるのはわかる。


 ブレイカーの希望である、ファイター。彼女たちがいるところだ。ジョーカーが構えたトランプはまっすぐと彼女達に向かっていく。


 ズザン——


 斬撃の音。そして飛び散る血の音も、ブレイカーの耳に入ってきた。希望が音を立てて消えていく。そんな感覚に、彼女は囚われていたのだった。

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