5-2【涙と血と鼻水と血】
☆ギャンブラー
「ジョーカー……!」
突如現れた悪魔を見て、ファイターがギャンブラーたちを背にして前に立つ。守られるだけと言うのは嫌なのだが、ギャンブラーの力で太刀打ちできるとは思えない。
「そんなに身構えないで……今はまだ、殺す気はないよ」
ジョーカーはそう言って小さく笑う。顔は見えないので、声だけでしか判断できないのだが。
「……そんなこと言われて、はいそうですか。と、納得できると思うか?」
「してもらわないとダメだよ!……それにファイターちゃん。この場で戦って、ジョーカーに勝てるの?」
勝てるわけなんてない。逃げることは可能かもしれないが、この閉鎖された一室では、何かできるような気もしなかった。
そんなこと、ファイターもクリエイターもわかっていた。ゆっくりと後ろに下がりつつ、ジョーカーから距離をとる。
「懸命懸命!……さて、話。と言うのはね、アレだよ……少しアンケートを取ろうと思ってね」
「アン、ケート……?」
「そう!どこで殺されたいか、とか。どうやって死にたい、とか。そういうのファイターちゃんたちに合わせるよ」
ジョーカーはそう言って胸を張る。負ける気なんてさらさらないという気持ちが、ジョーカーから伝わってきた。
「ファイター……」
ファイターの名前を呼び、彼女の背中を見つめる。その背中は、少しだけ震えているように見えた。いや、震えているのは自分も同じ。か。
「……アンケートの、答え……だが」
「うんうん!どんな答えでもジョーカーは構わな——」
その言葉を聞き終わるより先に、ファイターはジョーカーに飛びついた。ガシャンと音を立ててキャリーバッグが倒れ、その横にファイターがジョーカーの襟をつかむ形で、立った。
「屋上に行け!ここは俺が抑える!」
「で、でも……!」
「いいから早く!……信じてるぞ」
そう言ってファイターはジョーカーを投げ飛ばす。しかしジョーカーは空中で器用に体をくねらせて、床に着地する。
ジョーカーはファイターの攻撃全てを、笑い声を出しながら、避け続ける。ギャンブラーはわかった。ジョーカーはわざと、時間を稼いでくれている。
「いくぞクリエイター……!」
「わかったっス……みんな呼んで、すぐに、帰ってくるっスからね!」
そう言って2人は走り出す。背後からファイターとジョーカーが争う声だけが、聞こえてくるのであった。
◇◇◇◇◇
☆ファイター
「はぁっ!!」
ファイターの拳が空を裂く。ジョーカーはファイターの攻撃を全て、紙一重で避けるだけであり、反撃はしてこなかった。
遊んでいる。その言葉がしっくりくるような動きであるジョーカーは、すれ違うたびに笑い声が聞こえてくる。
「まじめに……!」
「まじめにやるとファイターちゃん死ぬよ?それでいいのかなぁ?」
「……くっ……」
ジョーカーの言葉は的を射ている。本気のジョーカーと戦って、勝てるなんてことありえないだろう。
しかし……8にんもいれば、きっとジョーカーを倒すこともできるだろう。ならば、他のメンバーが来るまで耐えるべきだ。
「そういえば……アーチャーちゃん、覚えてる?」
「忘れるわけが……っ!!」
とにかくこの場から離れないと、ブースターがさらに傷つく。ダンっと走りだし、外に向かう。ジョーカーは笑いながら、追いかけていく。
外に出た瞬間、前を向き構える。スキルの発動はせずに。まだ、その時ではないのだから。
しばらくするとジョーカーがゆっくりと城から出て来た。彼女の手にあるキャリーバッグは、変わらずカラカラと車輪を回していた。
「はは。夕日で辺りが真っ赤だ。これは血を出してた気づかないかもね」
「そんなわけあるか……!」
ファイターは距離を取りつつ、ジョーカーの動きを見る。彼女は大きく伸びをしながら、ゆっくりと歩いて来ながら「あっ」と短い言葉を漏らして口を開けた。
「アーチャーちゃんって、どこ行ったと思う?」
「…………」
この質問の意図はわからない。答えると、相手のペースに飲まれてしまいそうで、ファイターは口を閉じる。
……しかしなぜ、ジョーカーはアーチャーがいないということを知っているのか。深まる疑問。しかし、答えは出なかった。
「いやぁ、アーチャーちゃんすごいね。ジョーカーに襲われてた時、涙は流したけど命乞いはしなかった。あの時からずいぶん成長したんだなぁ……しみじみ」
「…………」
「あ、写真あるよ?涙と血と鼻水と血で顔をぐちゃぐちゃにしながらもこちらを睨んでくる顔……いやぁ!興奮しちゃったね。今思い出しても……ゾクゾクしちゃう」
「…………」
「みないのぉ?もったいない……まぁいいや。アーチャーちゃんの居場所だけどさ、例えば……」
ジョーカーはそこで突然言葉を止めて、手にしていたキャリーバッグをファイターに向かって投げ飛ばした。
勢いがついたそれは、あまりの速度でこちらに飛んでくるため、避けることはできない。ならば迎え撃つしかない——
「——はぁっ!」
気合い一閃。ファイターの拳はまっすぐとキャリーバッグを突き破る。ぐちゃりとした音とともに、彼女の手には生暖かい感触と、液体のようなものに触れた感覚があった。
——えっ?
「あらぁ。ちゃんと確認しないと……ダメだよ、ファイターちゃん」
「えっ……あっ……は?」
ファイターの頭の中に、突如流れて来たのはアーチャーの顔だった。笑い、怒り、そして笑う。彼女の顔。
守ると誓った彼女の顔。それが今鮮明に思い出すことができた。いや、違う。思い出してるんじゃない。
「……ふふっ」
「な、あぁ……ァァァアアァアァァアァァッ!?」
ファイターは叫ぶ。その声に紛れて、ジョーカーがぐちゃぐちゃになったキャリーバッグに一気に近づいて、トランプで切り刻んだ。
ファイターは気づいた。気づいてしまった。今自分がした行動——それは——!
「ファイターさん無事で……ファイターさん!?」
聞こえてくるのクリエイター達の声。その声の中で、小さく聞こえて来たのは、それは一つの通知音であった。
◇◇◇◇◇
【メールが届きました】
【弓を使う女の子は、最愛の人の手で殺されちゃった!こんな素敵な演出を作るなんて……泣かせるじゃねぇか!】
【後は8人だよ!みんなジョーカーに殺されよー!】
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