4-5【つまり、我々は——】

 ☆ガードナー


 自分は天才だ。何もかもが、他のものより秀でている。ガードナーはここに来る前と来た時も少し前までも、そう自覚していた。


 自分のことを一番好きになるべきは自分だろう?ならば、自信に満ち溢れるべきだと常にそう考える。


 しかし、彼女はここで初めて自身の力を超えた存在を確認してしまった。キャスター、その人だ。


 彼女の声は、結界を突き破って自身の耳に入って来た。その結果、勝ちはしたが起こるはずがない犠牲が出てしまった。


 それだけでもガードナーは考えを改めれるのに十分な出来事。一人で勝つのではなく、全員で勝つ。まぁ、引っ張るのはもちろんガードナーだが。


 そのために欲しいのは情報。優位に立つために、数多くのそれがほしい。今は少しでも、何かにすがりたい気持ちだ。


 だからこそ、先ほどのブレイカーの言葉……猫の名前を思い出したというのは、何かにすがりたいガードナーにとっては格好のネタだった。


 考えてみよう。なぜ、先ほどの戦いの最中そんなことを思い出したのかについて。だ。


 そもそも家で飼っている猫の名前というものは、そう簡単に忘れることではないと思われる。彼女は猫好きは異常なほど。犬がいいというとブチ切れるレベルに。


 ならば家の中の名前を「さっき」思い出す。というのはおかしいのではないか?先ほどの戦いの中で何かその記憶につながる現象が起きたのだろうか。


 猫が出て来た記憶などない。ヒーローと死闘を繰り広げていただけである。


「……死……か」


 死。それが近づくと何かが起きるのだろうか?もしや、それがスイッチになっているのかもしれない。


 死に直面すると記憶が蘇る。なるほど。それならば、あんなに気品溢れる姿に見えたランサーにも納得がいく。後で聞いた話だが、彼女は王女だという。


 考察は全て仮説から始まる。この【死に直面すると記憶が蘇る】を仮設に置き、ならば、とおかしな点を考えていく。


 一つ。なぜランサーはそんな大事なことを教えなかったのだろうか。彼女は隠し事するような人間には見えない……あまり長くいたわけではないが。


 ならば考えられる答えは一つ。何か言えない事情があったのだ。隠すべき、理由が。


 言えない。隠す。つまり、何か後ろめたい事情があったのだろう。知らない方がいい事情といのは、一体何なのだ。


 ……死に直面する……そして、言えない事情。


(……まさか……いや、そんなはずは……)


 しかし、一つしか答えが見えなくなって来た。確かにこの仮説が違うとするならば、全てが覆される。だが、ガードナーの頭には一つの答えしか浮かばなかった。


 思えばなぜ我々はこの世界にいる?このマジカルロワイアルなるものに参加をしている?この世界は一体なんなのだ?


 ……そうか。そうなのか。そうなるのか……


「つまり、我々は——」

「どうしました?ガードナーさん」

「ぬんぁ!?」


 突然声をかけられて素っ頓狂な声を上げてしまう。よく見るとパペッターが帰って来たらしく、こちらを覗き込んでいた。


「さっきからウンウン唸ってましたけど……ブレイカーさんがいうには、そのうち終わるから気にするなって……でも、何かあったなら教えてほしいです」

「……そう、か……いや、なに……なんでも、ない」


 言おうとも考えた。口から出かけた。しかし……彼女に伝えるにはあまりにも残酷すぎる。


 ガードナーだって悪魔ではないのだ。この事実はきっと知らない方がいい。知るべきではない。この言葉は自分の心の中に秘めておくべきだ。


 言うべきタイミングはいつか来るはず。ならばその時まで——それにまだ、全員を信用したわけではないのだから。


「すまない……少し一人にさせてくれ」


 ガードナーはそう言って病院の中に入っていく。後ろから聞こえるパペッターの心配そうな声は、やがて聞こえなくなる。


 気になることはまだいくつかある。消えた記憶についても。そしてもう一つ。あの魔法少女についても——


「……誰を信用すれば……」

「にゃぁ」


 猫の鳴き声とともに、にゃんこがガードナーの方に近寄って来る。それとセットになっている彼女もまた、近くにいた。


「パペッターさん心配してましたよ?あまり邪険に扱わないでくださいね」

「……そうか」


 ブレイカーがガードナーの横に座る。さっきの言葉、聞かれていないだろうなと思いちらりと彼女を見る。


「ガードナーさん」

「…………」

「貴方は……自分の天才って言葉にあぐらをかいてる性格がクソ悪くて犬が好きな趣味悪女で、さらに言えば……人の心を折りにくる毒舌野郎ですけど」

「……は?」


 まさか突然の罵倒。これにカチンと来たガードナーはブレイカーに攻撃しようとしたが、それはできなかった。


 ブレイカーはガードナーの手を握っていた。そして、彼女とは目を合わせないようにしているのか、真正面を向きつつ小さく呟いた。


「……信頼してます。だから……私も信頼してください」

「…………」


 恥ずかしさがあった。あの言葉を聞かれていたことについて。それ以上に……信頼してると言われた時、心のどこかで喜んでいる自分がいることも、恥ずかしかった。


 ガードナーは答えるための口を閉ざす。そして手を握っているブレイカーのその手を少しだけ強く握り返す。


 その手の上ににゃんこが乗る。しばらくその奇妙な時間が過ぎていく。猫は好きではなかったが、不思議とその手を振りほどこうとは思うことができなかったのだった。

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