昼
4-1【お兄、ちゃん?】
☆坂本律
「押忍っ!」
「はい型みせてみろぉ!!」
色々な怒声が飛び交うここは、空手の道場だ。老若男女問わず、数多くの生徒がここに空手を習いにきている。
その中でも、一際目立つ……いや、逆に目立たないほど静かな生徒がいた。小柄で、地味な黒髪に、汚れた道着を真っ白な帯で結びとめていた。
声は出さない。静かに、冷静に一挙一動をこなして行く。流れるような動きはまるで川のせせらぎのように、穏やかであり、されど動きのキレは滝のように激しくもあった。
「よっ。今日も頑張ってんな律」
「あ……」
そんな彼女に優しく声をかける男性がいた。汚れた道着に黒い帯。凛々しく優しい顔を、律に向けて、にこりと微笑む。
彼は律の兄。優しくて強くて賢くてカッコよくて……自慢の兄と言っても過言ではない。そんな存在だ。
律はそんな兄が大好きでいつか、そんな兄になりたいと思っていた。けれど、それは叶わない夢だとも気づいていた。
兄は、律が持っていないものを全て持っている。だからこそ、憧れはあるが掴むことはできない。
「疲れたのか?なら、少し休む?」
「……んーん。大丈夫だよ、お兄ちゃん」
律は笑う。その顔を見て兄も笑う。そうだ。横にいるだけでもこんなに幸せなんだから、これ以上望む意味はないんだ。
でももし叶うなら——兄のように、優しく強く賢くてカッコいい。そんな人になりたい。
そんな夢が叶う場所はあるのだろうか。あれば、いいなぁ。律はそう考えていたのだった。
そのためにはまず強くならないといけない。組手の量を増やしたいけど嫌われたら断られたらどうしようと思うと、なかなか動かなかった。
◇◇◇◇◇
☆クリエイター
「……んっ?ここは……」
クリエイターは辺りを見渡す。確かジョーカーに襲われ、アーチャーが白い矢を取り出して……そこからの記憶がない。
近くに寝転がっているファイターはいた。しかし、アーチャーとジョーカーの姿はなく、さらに言えばここは森の中でもなかった。
「んっと……ここは……商店街っスかね?」
なぜここにいるのだろう。とりあえずファイターを起こすかと考えた時、彼女はうぅんと呻き声を上げて、小さな声を漏らした。
「お兄ちゃん……会いたいよ……」
「お兄、ちゃん?」
あんなに強くて凛々しく見えた彼女は、今ではまるで小さな女の子のようだ。起こすのもためらってしまうほど。
だが。やがてファイターは目をさます。欠伸を噛み殺しながら、クリエイターのほうをむく。そして辺りを見渡し、おもむろに立ち上がった。
「アーチャーは!?」
「お、落ち着いてくださいっス!とりあえず情報をまとめましょう!」
ファイターをどうにかなだめ、現状をまとめる。ジョーカーとアーチャーは消え、代わりに二人が商店街にワープしていることを。
「……なんで自分達だけが助かって、アーチャーさんは助からなかったんですかね」
「白羽の矢……だ」
「白羽の矢?」
「アーチャーちゃ……アーチャーのスキル。だよ、だ。効果は、わかんな……知らない」
なんだかキャラが変わったような気がする。しかし、白羽の矢。それが本当なら、きっと彼女は——
「……白羽の矢。意味だけで捉えると……恐らく自分を犠牲にして他を助けるスキルかと」
「な——!じゃ、じゃあ!キミはアーチャーちゃんはもう死んでるっていいたいの!?」
「そんなわけないっス!……というか確実にまだ生きてるっス。メールが届いていませんから」
そうなのだ。スマホを何度確認してもアーチャーが死んだことを伝えるメールは来ていない。故にまだ生きている。
ジョーカーから逃げているのだろう。そう伝えると、ファイターは途端に安心したような顔になり、そして顔を少し赤らめながら、コホンと空咳をする。
「アーチャーは生きている……だから今は、ギャンブラーたちとの合流を急ぐぞ」
「……了解っス!」
クリエイターは敬礼のポーズをしてそれに答える。アーチャーの無事を祈りながら、そしてこれからの二人の行動の無事も同じように祈りながら。
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