2-13【勇気、出すしかないわね】
☆ギャンブラー
「スキルが、ない……?」
その言葉を頭の中で、そして口の中で何度も繰り返す。理解なんてしたくない。先程の言葉は聞き間違いだとも思いたい。
しかし、現実は甘くない。ジョーカーはクスクスと笑い声を出しながらもう一度同じ言葉を繰り返した。
アーチャーが言っていた。ジョーカーの恐怖に押しつぶされそうになった、と。その彼女は今は震える足で、立ってはいる。しかし、少しだけ押せばギャンブラーでも倒せてしまいそうだ。
この場で恐らく一番強い人物であるファイターは一瞬で吹き飛ばされた。ガンナーも戦おうと銃を構えているが、恐らく同じように一瞬で倒される。
逃げる。それしかない。倒す方法なんて、思いつかない。頭をフル回転させて、どうするか考えろ。
「ハァイ、ギャンブラー。少しギャンブルしまショー」
「今はそんなことしてる暇は……っ!?」
ガンナーが言わんとしてることを理解する。まさか、ここでやることになるとは。文字通り命を賭けるしか、方法はない。
自分のポケットの中に手を入れる。カツンと、指にあたる四角い固形物は、自身の体にある恐怖を打ち消してくれる。
ガンナーも同じものを取り出していた。しかし、この明らかに何か企んでいるとしか思えない時間なのに、ジョーカーは何もアクションを起こさない。
舐められている。ならば、そのままその舌を引きちぎってやろう。もうギャンブラーは絶望なんて知らなかった。
黒と赤のサイコロ。それを見せてもギャンブラーは顔色ひとつ変えなかった。いや、ペストマスクがあるため、本当のところはわからないが。
「そのサイコロは……?」
「これがこの場を打開する物だ……っ!だが……これは運……!!運が悪かったら意味がない……っ」
「イエス。ですから今からみなさんはミー達の運にかけてもらいマース。OK?」
その言葉に、ファイターは頷く。アーチャーは、しばらく虚空を見つめていたが、やがて目を瞑り、覚悟を決めたような顔になる。
「そうね。勇気、出すしかないわね。みんな助かるためには……ね」
「賭けよう。お前らに、俺たちの命を。しかし、何をすればいい?」
「答えは簡単……っ行くぞ……っ!!」
そしてギャンブラー達は、サイコロを上空に投げ飛ばしたのだった。
◇◇◇◇◇
☆ジョーカー
めんどくさいなぁ。
ジョーカーはコソコソと何かを企んでいる四人を見ながらそう考える。彼女は強いと、自他共に認めているのに、なんで足掻くのか訳がわからなかった。
ようやくまとまったのか、ギャンブラーとガンナーがサイコロを投げる。あれの効果は知っている。いわゆるバフとデバフだ。
しかし、自分の体に大きな変化はない。確かに、デバフが6。バフも6が出たら、いくらジョーカーでも4人相手だと6割負ける。
何も起こらない体をみて、デバフは1だと確信する。そして、予想通りこちらに走ってくるのはファイターだ。速度は大きく変わってるようには見えないため、向こうも1か。
1はハズレ。実質変化なしとも言える代物だ。こんな土壇場でそんなものを二つとも引くなんて、相手の運のなさに同情を覚える。
ファイターの攻撃を手で優しく添えることでずらす。そしてそのまま彼女のみぞおちに拳をめり込ませる。
唾を吐き吹き飛んで行く。しかし、その後ろから銃を構えたガンナーがニヤリと笑っていた。
「ファイアー!!」
無数の弾丸が襲いかかる。ジョーカーはそれを、トランプではじき返した。どんな攻撃でも当たらなければ意味はないのだから。
銃撃が止み、今度は横からファイターが拳を振り下ろした。床を破壊し飛び散る破片。こんなにもろかったかと思うが、まぁ魔法少女の全力に耐えられる建物なんてそうそうない。
飛んできた破片を掴み、ガンナーがいる方向に投げ飛ばす。ガンナーは銃口をこちらに向けつつも、その破片を避ける。
当たる訳ないか。当たればラッキーレベルの攻撃なんて、意味はない。しかし、この短期間だと言うのに相手の連携は驚くほど取れている。
ガンナーはファイターに当たらないように。ファイターはガンナーの邪魔にならないように動いている。もしサイコロが4以上だったら、少しやばかったかもしれない。
二人の猛攻は変わらず。銃弾や、攻撃を避けるたびに、あたりに破片が飛び散って行く。1でこの火力なら、4じゃなくて3でもきついかも。しかし。
(もう関係ないけど、ね)
ふとギャンブラー達がいないことに気づき、キョロキョロ顔を動かすと、見つけた。なにかアーチャーの背に隠れてギャンブラーがいる。
結局隠れるだけか。つまらない。そう思い、さっさと決着をつけようと思った。その矢先だった。
アーチャーが突然弓を構えてこちらに放ってくる。一瞬反応が遅れるが、それを片手でつかんだジョーカーは舌打ちをする。
意味のないことをするなんて。先ほどの自分の行動は棚に上げつつ、アーチャーを殺そうとした。その時だった。
建物が揺らぎ始める。地震かと一瞬考えるが、そうではない。おそらくこれはこの建物が崩壊し始めているのだ。
確かに魔法少女の攻撃に耐えられる建物なんて基本的にない。しかし、この施設は壊れることなんて、ましてや、崩壊なんてありえない。なぜ——?
「4と、6だ……」
突如ギャンブラーがつぶやく。意味がわからずギャンブラーに詰め寄ろうとしたが、すでにファイター達は彼女の近くに立っていた。
「……もしサイコロをお前とファイターに使ったと思ってるなら……っ!!それは、間違いっ……!バフをかけたのは私自身!そして、デバフをかけたのは……!!」
そう言ってギャンブラーは天井を指差す。そして、ジョーカーは驚きで顔を歪めた。まさか、いや。そんなはず……でも——!!
「この建物全体にデバフをかけた!!ファイター達が暴れてる間……!私が壁を壊し逃走経路を作るっ……!完璧な作戦……!!」
「くぅ……でも!この距離くらいジョーカーならすぐに詰めれるよっ!!」
そう言ってジョーカーは走り出そうとした——確かに、この距離ならジョーカーなら一瞬で詰めれるだろう。しかし、それはあくまでなにも障害がない場合。今回は違う。
「近づける訳ないデース!」
「わ、私だって……!!」
弾丸と矢。そんな嵐を前に、まっすぐ突っ込めるなんてこと、ジョーカーにはできない。目の前で、一人。また一人と外に出ていく。
「まて、まてっ!!この、このくそがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ジョーカーの叫びは誰にも届かない。なぜなら、もうすでに温泉は崩壊し、その下敷きになってしまったのだから。
この場には、野ざらしになった温泉だけが残り。あとはもう、人の姿は影も形もなくなっていたのだった。
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