2-9【慢心してはいけません】

 ☆セイバー


 ただただうるさかった。セイバーは静かなところが好きで、病院で一人でいる時間は心地よくあった。


 しかし、それを邪魔する騒ぎ声。ならばそれを止めれば終わる……と思ったが、ことはそう簡単に行くわけではないようだ。


 名前は知っている。たしか、ランサーとパペッターか。この二人が何か、喧嘩をふっかけてきたのなら話は終わるが、ランサーはボロボロで、それを守るようにパペッターは立つ。


 そして、上空でこちらを見下ろしているブースターと、ニコニコと笑っているキャスター。セイバーの予想だと、先に喧嘩を仕掛けたのはブースター達。


「……誰が、何をした」

「貴方様は、ブースター様達の味方ですか?」


 ランサーが尋ねる。味方。と聞かれてもなんと答えればいいかわからない。ただ、ブースターのことは嫌いではなかった。


 しかし今は……


「しらんな……こいつらは」

「そんな……」


 セイバーの声を聞いて、空からゆっくりとブースターが降りてくる。彼女の目は、あのとき自分に話しかけてきたような光は、すでになかった。


「ウチは……セイバーはんのことを思って……考えて……!!」

「…………」

「なんかいってや!なんで黙るんや!!」


 ブースターが飛びかかってくる。その速度は目で追えることができる速さだが、セイバーはその場から動かない。


 来るなら来るでいい。今の彼女を斬ることに関して、セイバーは何も感じることはない。だから、剣を構えることができた。


 そのことに気づいたのか、ブースターは途中で止まる。セイバーが剣をまっすぐ向けると、その剣先はブースターの首筋にあたる。


「うちは、セイバーはんのことを考えて……!考えて考えて考えて!そして今のうちがおるんや!そのうちを、斬るんいうんか!?」

「…………」

「なんで何も言わんのや。なんで何も答えてくれんのや!キャスターはんは違う。キャスターはんは、なんでも答えてくれた!なんでも聞いてくれた!」

「…………」

「それでもだんまりか!もう、しらん……もうしらん!ウチは勝つ!次に会った時は、どっちかの最後や!」


 ブースターはそう叫んでどこかに飛び立っていく。もう、飛ぶ力なんてあまりないはずなのに、よくやるものだ。


 残されたキャスターはまだニコニコと笑っている。彼女の顔は、自分は何も悪いことをしていないと、口に出さず時にこちらに教えてくれていた。


 ……この少女はおそらく狂っているということに気づいていない。自分を正常だと思い込んでいる。いや、思い込もうとしているのか。


「……去れ。邪魔だ」

「あら……私はここじゃ邪魔ものですか?まぁ、仕方ない……新しく救済を求めてるものを探さなければなりませんので……」


 そう言ってキャスターは去っていく。ランサーは追いかけようとしたが、すぐに前のめりに倒れてしまい、それは叶わなかった。


 正直関わりたくない。セイバー自身の傷は癒えたが、またブースター達みたいなことが起きないとは言えないのだ。周りに人は置かない方がいい。


 の、だが……


「静かにするなら、ここを使わせてやる。嫌なら、去れ」

「こちらは怪我人なのにその態度は……!」

「待ってパペッター様……ありがとうございます。お言葉に甘えさせてもらいますわ」


 ランサーが死んだら、すぐにパペッターは死ぬだろうなと、セイバーは考えていた。この場で誰かが確実に助けてくれると思っているのだから。


 あまりにも甘い。が、しかし。約束は約束だ。もう一度静かにしろよとだけ告げて、セイバーは病院の中に入っていく。そして、ふと気付く。


 その病院は、やけに静かだった。



 ◇◇◇◇◇



 ☆キャスター


 道を歩きながら、キャスターはニコニコと笑う。なぜなら、彼女は二人も人間を救ったのだから。


 ファイターとブースター。彼女達を悩みの海から引き上げたのは、他の誰でもない。私自身だ。とても清々しい。


「ですが、慢心してはいけません……私はあくまで神に従う身……でも、少しくらい慢心してもいいでしょうか?」


 そういってキャスターはさらにクスクスわらう。実は私が神なのでは?いやいやそんな事ない……いやでも……?そんなことを考える。


 この場にあるすべての人を救う。それが彼女の理念だ。そこに雑念は一つもなく、ただただ善意で塗り固められている。


 しかし、その善意の色は綺麗かどうかは、誰にもわからないことだった。


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