2-3【私を生かすために殺されなさいよぉ!!】
☆ファイター
「くそっこの……離れなさいよ!!」
アーチャーが文句を言う。が、その言葉に従うことはできない。離したときに、また暴れられたりしたら面倒だからだ。
あたりに意識を集中する。もしジョーカーがいたら、自分は格好の獲物だ。いつ攻撃されるかもわからない。
だがしかし。誰かに見られている感覚はなく、ここにはおそらく自分とアーチャーの二人しかいない。
と、なると。先ほどのジョーカーはアーチャーが見た幻覚なのだろう。それほどまでにジョーカーに強い恐怖を覚えたのか。
もしや、シンガー殺害もジョーカーに脅されてか?ならば、納得がいく。だが、もしそうならば説得には骨を折るだろう。
「離してっ……離してよっ!貴方を殺さないと私はジョーカーに殺される!」
「……なぜそう思う」
「あいつを目の前にしたとき、わかったのよ。こいつには勝てないって。従うしかないって!馬鹿にするなら馬鹿にしなさいよ!私はね、1秒でも長く生き残りたいの!!」
「落ち着け——」
「だから——離れなさい!!」
アーチャーは突然ファイターの組み伏せから、逃れた。手加減していたとは言え、まさかスルリと逃げられるとは思わなかったファイターは、少なからず動揺を覚える。
しかし、相手はまだ体制を整えられてない。ならばと、距離を取るようなことをせずに、一度に踏み込む。
また気絶させるしかないのか。そう思い、拳をにぎる。が、そんな彼女たちの間に何か、カードのようなものが飛んできた。
地面に突き刺さるそれは、トランプだ。そこに書いてある絵は死神。これが意味することはただ一つ。
「ジョーカー……!」
「ひぃぃいぃ!!ご、ごめんなさいごめんなさい!ゆるして、ゆるしてぇぇえぇぇ!!」
「ま、まて。気持ちを落ち着かせろ!」
ジョーカーのトランプを見た瞬間。アーチャーは今までより大きく騒ぎ出した。そして、でたらめに弓を乱射し、ファイターを近づけないようにする。
ファイターは舌打ちをして木の後ろに隠れる。そして先ほど飛んできたトランプの意味を考える。もしや、本当にジョーカーと会話して、彼女たちは繋がりがあるのか?
つながりと言っても、それは恐怖によるもの。そのことを考えるとなぜか頭が痛くなる、が。気にする暇はない。
「……まず、ジョーカーという存在から意識を逸らさないとはじまらん、か」
どうするべきだ?悩み、考える。そして一つの答えにたどり着くが……本当にこれでいいのだろうか。
あまり意味が感じられない。だが、意識は一瞬そらすことはできるだろう。それに、悲しいことにこれ以外が思いつかない。
深呼吸。そして、スキルを発動する。これで弓の痛みを無視して突っ込める。アーチャーは走ってくるファイターに驚くが、すぐにまた弓を乱射する。
「くるなぁ!!」
「ぐっ……これはスキル切れた後がきついな……!!」
「私を生かすために殺されなさいよぉ!!」
「そうは……いかない!」
ファイターは一気に踏み込んだ。そして、アーチャーの弓を弾き飛ばす。攻撃の手段を失ったからだろう。アーチャーは途端に体を震わせ顔色を青く染めていく。
ここで彼女を助けなければ、大変なことになる。ファイターはいつの間にかそう思ってる自分に呆れつつ、今からやることを正当化させる。
「少しだけ……黙ってもらう……!」
そしてファイターはアーチャーの顔を両手で挟み。そして、やや強引に顔を引き寄せた。
「っ——!?」
アーチャーは喋れなくなる。理由は簡単だ。ファイターが口を封じたから。自分の唇を、ふたがわりにして。
酸っぱいレモンの味などは感じず、ただただ鉄の味が口の中に広がっていく。無機質な。それでいて、ただの作業的な行為。と、ファイターは思い込もうとしているが、少し。いや、それ以上に緊張している自分には気づいている。
心臓の音がお互い聞こえ、それはとても早く脈打つ。その演奏が、二人の間にただ流れていた。
どれくらい経ったのだろうか。演奏が落ち着いてきた時、ようやくファイターは口を離した。アーチャーは呆然として——顔を赤くそめて、震えていた。
「その……なんだ……」
言い訳を探そうとするファイター。しかし、それよりも早くアーチャーが彼女の頬を叩いた。今までより一番痛みを感じているのは、スキルがきれたからだろう。
「バカ!もう!バカバカバカ!!ファーストキスを奪いやがって!バーカ!バーカ!!」
「ちょっ、まって!だって、こうもしないとキミは落ち着かないよね!少し強引だったのは、謝るけど……!」
「うるさい!もうっ……あー……私今まで何をしてたのかしらね……」
「……ジョーカーの影に怯えていた。誰かを殺さないと、殺されるって……」
ファイターの言葉に、アーチャーは「そうよね……」と言ってため息をつく。どうやら、少し落ち着いてくれたようだ。
「……なんか、悪いことしたかも。いや、したわ。ごめんなさい」
「いや、気にしなくていい。こちらこそ、失礼なことをした……すまない」
「謝らないでよ……もう。ねぇ、これから何か予定あるの?」
「予定、か……俺は強者と戦いたい。殺す気は、勿論ないがな」
「そう……よかったら、連れてってくれない?戦いの邪魔はしないからさ」
「わかった。とりあえず休みたいから……このまま北に行けばある温泉まで行こう」
「りょーかい!」
そう言ってアーチャーは笑う。ようやく元気になったか……もしかしたら、すぐにまた壊れるかもしれない。しかし、そうなっても、全力で止めればいいのだ。
腕に刺さった矢を抜きつつ、歩き出すと、アーチャーが「そうだ」と一言間を置いてから、口を開ける。
「あんた、キャラ作ってない?」
「……バーカ」
◇◇◇◇◇
☆ジョーカー
「おやぉ。うまいこと進まなかったなぁ」
一部始終をのぞいていたジョーカーが、そう言いながら大きく伸びをする。途中でトランプを投げ込んだのは、勿論彼女だ。
アーチャーをうまくこちら側に引き込みたかったが、そうはいかなかったらしい。まぁ、運がないと思って諦める。
「ジョーカーはジョーカーなりの仕事をするだけだからね。そんじゃま、次はどうしようかなぁ!」
ジョーカーは大きく笑いながら、歩いていく。その目的地は、おそらく誰にもわからない。
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