第五話「旅館」
海で一通り遊び、高井さんがポロリをやらかしそうになったりもしながら無事に旅館にチェックインする時刻になるまで時間をつぶすことができた。
「へぇ、意外といいところじゃないかい。」
どこへ行っていたのやら、海ではまったく空気だった楠山妙がそんなことをつぶやいた。
確かにいい旅館である。温泉があるらしい。どんなものかは知らないが。
「予約してた楠山です。」
なんだ、あんた普通にしゃべれんじゃないか。
「はい、えーっと、二部屋ですねぇ。はい、こちら鍵になります。」
ちゃんと二部屋予約しているんだな。
旅館のなんていうのだろうか、従業員に連れられ部屋に案内された。部屋は質素だがなかなか広く、三人四人には少し大きすぎるくらいだった。
「荷物置いたら作戦会議をするからね。」
そんなことを言われながら僕たち三人は宛がわれた部屋に入る。
「うーん、妙が独立してねぇんじゃ夜這いできねぇや。」
「杉原、お前が考えるのはいつもそれか。つかまっちまえ。」
こいつが純粋な心をもって生きる日は一生来ないだろうな。いやでも、この社会にこういう欲深い人間が居るのはなかなかいいことなのでは…。
いかんいかん。荷物も置いたし、とりあえず会議とやらに出るか。
「なあ、さっき会議ってたけど、どこでやるんだ?」
と杉原。
「女子の部屋じゃねぇの?」
と言ったのは村田だ。
「おーい、会議するからこっちこーい!」
廊下から声が聞こえてきた。
三人で女子(一人を除く)部屋に乗り込むと楠山妙以外の女子はわいわいやっていた。
「ようやく来たね。それじゃあ、会議を始めよう。」
「会議って、なんの。」
「やだね、このあとのに決まってるじゃないかい。」
予定表に書いてあるんだからそれでいいんじゃなかろうか。
「一応このあとは土産を買って夕食食べて、温泉入ったら自由時間になるけど、明日の予定を確認しておこうと思うの。」
なるほどそういうことであったか。
観光スポットを回る、と書いてあるが、具体的にはなんなのだろうか。
「観光スポットってなんだ?」
ナイスだ杉原。
「うるさいな!観光スポットは観光スポットだよ!」
なんだこの教師。
「問題はそのあとなんだよね。午後、やることが無い。夜は肝試しだからいいんだけどね。」
なんか珍しく普通に話してるな、この教師。
「まあ、適当にまたブラブラ周ればいんじゃないっすかねぇ。」
そんな適当な感じで会議は終了し、午後はそれぞれお土産やらなんやらを買っていた。
夜である。旅館での夜といえば枕投げである。何故か男子の部屋でやることとなり、女子部屋からも回収してきた枕でいざ戦争である。
チームは二チーム、新幹線の席で横に座っていた三人ずつ、つまり「僕鳥海さん高井さん」vs「杉田村田小向さん」である。
何故かさらっと審判の位置に付いた楠山妙は、
「開戦!!!」
などとノリノリで審判をしている。どこから持ってきたのか、回数をカウントする道具まで手に持っている。どうやら本気で勝敗をつけるらしい。
そして、僕は手にもった枕を全力で投げつけ…
「「よっわ」」
* * *
優一くん、弱くない…?
だって、枕だよ、枕。これなら圧倒的に私のほうが強くない…?
「鳥海さん、あと全部任せる!!」
そりゃそうなるよね、だって、弱いもんね。
こっちでは私と由香ちゃんが呆れ返り、向こうでは三人と、審判妙ちゃんまでもが爆笑している。
いや、正直に言おう、私もすごい笑いたい。
だって、あんなへなへなな…。
一通り枕投げが終わった。それはみごとに優一くんは当てられまくり、完敗である。しかたないよね、アレだもんね。
そして、自室に戻るとき、妙ちゃんに声をかけられた。
「みゆき、コクるならこの旅行中にしちゃいなさい!」
そんなことを言うものだから思わず噴出してしまった。
「そうだなぁ、肝試しがいいかもね。私が細工してみゆきが優一と組めるようにしておくから。」
「はあ、ありがとう。」
よろこんでいいものか、とても複雑ではあるが、なんとか平常心。
「ちなみに、今夜なら夜這いしかけられるんじゃない?」
「ぶふぅ」
思わずまた噴出してしまった。
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