第六話「擽」

「ねえねえ八野君」

ところで、昨日の謎鳥海さんは僕が家に入るのを電柱から見届けて帰っていったようだった。部活とか大丈夫なのだろうか。

 む、鳥海さん、何をしてるんだ。やめろ、僕の脇に手を入れようとするな。やめろ、そういうのセクハラって言うんだぞ。

「脇、弱いの?」

なにやらうれしそうに言っているが、何がうれしいのかわからない。

「それは、僕もやっていいということだな?」

「へ?」

「だから、君がそれをやっていいのに僕がやってはいけないとかそういうの認めないから僕は。」

「えっと、八野君は男で、私こと鳥海は女だよ…?」

知るかそんなの。幸い教室には誰もいない。だって、もう部活に行く奴は行ったし、帰宅部は帰宅しただろうし。

「えー、女性が男性に対して触れることはよくて、男性が女性に対して触れることがダメってのは如何なものかと。つまり、僕が言わんとしていることは分かるね?」

これ見よがしに手をワキワキさせて、

「ちょっとまって何その手!手!動きかた!別にもう私がくすぐられるのはいいからその手はやめて!!!」

そんなにこの手は気持ち悪いだろうか、なんて思いつつその手を自分のほうに向けてみる。

 うん、まあ、そんなでもないな。

 あー!なんて遊びの声音で叫びながら鳥海さんはどこかへ言ってしまった。ちなみにだが、鳥海さんは体育着を着ている。薄着である。他意はない。

 そろそろ吹奏楽部が教室を使い始める時間だろうか。音が少なくなっている。そろそろ帰らねば。

 図書室で本でも読みたいところだが、あいにく文芸部が占領していて使えないので、そのまま今日は帰るとしよう。

 

 翌日。というか翌日の放課後、また着替えた鳥海さんが僕が本を読んでいるところにやってきて、

「昨日のリベンジじゃ!」

なんていい始めた。逃げたのあんたやがな。

「それはつまり躊躇いなく鳥海さんをくすぐっていいってことだな。よし行くぞ。」

と、準備させるまもなく堂々たる動作で鳥海さんの脇に手を差し込み――


 鳥海さんが抵抗した弾みで僕の手は鳥海さんの胸に一直線、それを避ける余裕が鳥海さんにはなく、僕の手は鳥海さんの胸に置かれた。

「うーんとね、手は、どけてほしいかな。」

「おっとこりゃ失礼。そういえば、部活行かなくていいの?」

前々からとても疑問だったのだが、鳥海さんは僕なんかと話していて部活はいいのだろうか。

「あー、そろそろ行かなきゃだね。かまってくれてありがとね!」

そう言って鳥海さんは教室を後にした。

 ちなみに、鳥海さんの胸は、あまり大きくなかった。


 アクシデントで鳥海さんの胸に触ってしまったわけだが、僕がこれで鳥海さんに恋をするとかそんなことは絶対に無いので悪しからず。鳥海さんみたいな人気者だったら尚更だ。

 というわけで、鳥海さんの胸の温かみは僕の心の中にそっとしまっておくことにしよう。

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