不老不死の猫がピアノの鍵盤を歩けば、いつかショパンの曲を弾くのだろうか?

 大皿に、山と盛られたカキフライとコロッケ。飲み物は雪印のコーヒー牛乳である。

 見ただけで胸焼けしそうな大量の揚げ物とコッテリ甘い飲み物を、アニスと炙山父は次々と口へ入れていく。

 いささかゲンナリしつつ、空那は言う


「いやあの……もうちょっと、栄養のバランスとか考えてくださいよ……」


 炙山父は、爪をブンブン振り回して反論する。


「一食ごとにバランスを取る必要はない。要は、トータルでバランスが取れていればいいのだ」


 空那は手提げからタッパーを取り出し、机に置く。


「はぁ……そっすか。それが、この家の方針なんすね。じゃ、尊重そんちょうします。あの、これ、うちで作った炊き込みご飯です。母が持って行けと。よかったら、食べてください」

「では、ありがたくちょうだいする」


 炙山父は、爪の先で揚げ物を避けて大皿にスペースを作る。それからタッパーの蓋を開けて逆さにし、ガパリと直方体に盛りつけた。

 アニスが、さっそく箸を伸ばして自分の皿に取り分けて、口へ運ぶと咀嚼そしゃくしてから呟いた。


「もちもち……しんしょくかん」


 炙山父も、炊き込みご飯を食べながら言う。


「時に、荒走空那よ。君を呼んだのは他でもない。スキーズブラズニル。『亜空間移動型戦艦』についての話だ」


 尋ねられて、空那は首を傾げた。


「あれが、どうかしましたか?」

「あれを入手するに至った経緯を、教えて欲しい」

「……え」


 自分も炊き込みご飯に手を伸ばそうとしていた空那は、言葉に詰まる。

 前世だのなんだのを、この宇宙人に、どのように説明するべきか迷ったからだ。


 ……とはいえ、秘密にしてもしかたがないし、そもそもバカバカしさ……いわゆる、『オカルト度合い』で言えば、前世も宇宙人も大した違いはあるまい。

 それに説明したからと言って、悪用できるものでもないだろう。

 そう思い、空那は素直に話し始めた。


「えーっと。ことの始まりはですね。俺と妹、それから幼馴染の……」



 ……すべてを聞き終えた炙山父は、無言で爪で机を叩く。

 トン、トン、トン、トン、トン、トン……一定のリズムを刻んでいたが、やがて抑揚よくようのない声でポツリと言った。


「懐かしい」

「……ん? え、懐かしい? なにがですか?」

「亜空間移動型戦艦。スキーズブラズニルがだ」

「は? ……それ、どういう意味です? そもそもなんで、こんな話を聞きたがったんです?」


 しばしの沈黙の後、炙山父は言った。


「わからない」


 ガクリ。空那はズッコケて、脱力する。

 しかし、炙山父はまるで気にした風もなく続けた。


「冗談を言っているわけではない。以前にも話したが、私の記憶を保存してある器官の大部分は、この星の人間に奪われたままである。今の私は、二百年ほどの超短期記憶しか有していない。ただ、その記憶以外の、もっと『根源的な部分』で、あの船は私の感情に、強く訴える物がある」


 アニスは炊き込みご飯が気に入ったのか、ひたすらモチャモチャと食べながら首をかしげ、小さな声で言う。


「ほかに?」


 他になにか、気になることは? 突き止めるヒントはないのか?

 そのような娘の問いかけに、炙山父は答える。


「アルカ、シェライゴス、セレーナ。この名前もだ。

 ……どういうわけだ? 私は、これらの人物の『顔』を知っている」


 空那はカキフライを飲み込みながら言った。


「んくっ。……え! それじゃあまさか、俺らの前世に、炙山父さんが関わりがあるって話ですか!?」

「いや、それはわからない。先ほども伝えたが、そう断言するにはデータ不足だ。ただ……」


 それから一旦、言葉を区切る。


「魂とは、『永遠に使い回されるバッテリー』のようなものだ。魂は、『どのような性格に生まれるか』には作用する。しかし、生まれた後は魂を入れ替えても、肉体や人格に変化はない。

 ゆえに私は、クローンに『魂の再現』は不必要だと考える。そもそも魂とは、再現できるものではないからな。つまり魂は現世において、その程度の影響しかないはずなのだ」


 空那はちょっと不満げに、眉をひそめた。


「でも……その程度って、言われてもなぁ……? 俺ら、本当に前世を思い出して、すげえ苦労したんすけど!」


 炙山父は、目をチカチカと点滅させる。


「もっと簡単に、それも断定的に言おうか。『魂の記憶』と言うのは、普通は思い出せるものではないのだ。なぜなら肉体のあるうちは、必ずリンクが切れているからだ。

 それは電灯のスイッチそっくりで、どちらかオンにすれば、片方は必ずオフになる。

 同時に繋ぐには、構造そのものを壊してしまう『強引な方法』でしか法則を乱せない。

 しかし、過去に強い因縁を持った魂が三つもこの地に集結し、同時にリンクを取り戻したという。

 ……ならばそれは、誰の意思によるものだ?」


 尋ねられて、空那は肩をすくめた。


「誰の意思って……知りませんよ、そんなのっ!? 少なくとも、俺が何かをした覚えはないです。砂月も雪乃も、急に思い出したと言ってましたよ!」


 炙山父は、しばらく考えるかのように両目を明滅させ、それから、


「何者かの意思が介在したのでないとするならば、さて、原因はなんだろうか?」


 他者ではなく、己に問いかけるような一言だった。

 ややあって、空那は答える。


「それは……例えば、偶然とか?」


 不意に、「ピョーピョーピョローピョピョーピョピョピョー!」と、調子はずれのサンバのホイッスルのような音が鳴り響いた。


「な、なんだぁ!?」


 場違いに楽しげな音楽に、慌てて空那は辺りを見回す。と、炙山父が鋭い爪で机をバシバシ叩きながら言った。


「すまない。つい笑ってしまった!」

「……い、今の、笑い声だったのか」

(なんていうか、マヌケな笑い方だなぁ)


 炙山父は、「笑ってしまった」の言葉とは裏腹に、まったく面白くなさそうな、相変わらずの平坦声で続けた。


「なるほど、『偶然』か。それもまた、絶対にないとは言い切れないのが、世界の面白い所だ。しかし、君たち地球人はこう言った場合において、素晴らしく『的確な例え』を持っているではないか」

「……それは?」

「猿が無限にキーボードを叩き続けるならば、いずれシェイクスピアを書き上げるという文句だ」


 それは『無限の猿定理』と呼ばれる、有名な話である。

 とある猿が、タイプライターを乱打する。

 その猿には言葉がわからない。猿は、なんにも考えちゃいない。適当に叩くだけだ。

 めちゃくちゃに、そして大量に吐き出される字の繋がりの中には、『読める言葉』が含まれる事がある。『cat』『appleリンゴ』『people人々』『sophistic精巧なated』……もちろん全部、たまたま出来上がった単語である。

 しかし、その猿が無限にタイプライターを叩き続けるならば……いずれはランダムに生まれる文字列の中に、シェイクスピアの物語さえ含まれるだろう。それも、全ては偶然に……。


 なんとも言えず、空那が黙っていると、アニスがゆっくりと顔を上げ、ボソリと呟いた。


「無限と言われる宇宙においても、確率が意味をなさない事もありうる。それはありえるけれど、ありえないのだ。世界は無限のようでいて、無限ではない」


 薄暗い部屋には、それからしばらく……食べ物を咀嚼する音だけが続いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

妹と幼馴染の前世が、寝取り魔王と寝取られ勇者+宇宙、そして未知との遭遇 森月真冬 @mafuyu129

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ