とある夕刻、荒走家にて

 4人が表面的には日常を取り戻した、ある日の事だ。

 休日の夕方。砂月と部屋でくつろいで雑誌を読んでいた空那は、軽快なメロディーを奏でたスマホを反射的に耳に当てた。


「はい、荒走空那です」

「夕食は摂取せっしゅしたか?」


 抑揚よくようのない声。意味不明な唐突な問いかけ。

 炙山父だ。なぜ、電話をかけてきたのか!?

 考えるよりも先に空那は、咄嗟とっさに1オクターブ高い声で応じた。


「おかけになった電話番号は、現在つかわれておりません。番号をお確かめの上……」

「背後で生活音がしている。なぜ、嘘を吐くのだ? 荒走空那よ」


 一瞬、そのまま切ってやろうかと思うが、変に逆恨みされたらかなわない。そうでなくても、この人(そもそも、宇宙人だけど!)との関係は、良好とは言い難いのだ。


「……な、なんの用ですか?」

「聞いていなかったのか。夕食は摂取したのか? と問いかける為に電話をかけた」

「まだですけど……?」

「では、すぐに来るがいい。我が家でご馳走しよう」


 空那は、思いっきり怯む。


「……あの。母が夕食を作っているので、行けません」

「荒走家の今日一日の使用電力とガスメーターを調査した。結果、炊飯器は動いているが、まだメインのオカズの作成には取り掛かっていないと判明した」


 その一言に、空那は怒鳴る。


「あ、あんた、なんでそんなことわかるんだよ! 気持ち悪いなっ! ……あのですね、今日はちょっと……そう! 用事があってダメなんです!」

「そのスマートフォン内の荒走空那のスケジュール帳と過去一週間の通話内容を検討した。結果、本日は一日中、暇だという結論に達している」


 空那は青ざめつつ、叫んだ。


「う、うわあ! 本気で気持ち悪っ!? 人のプライバシーをなんだと思ってんだ! だったら、なんでわざわざ『夕飯食べたか?』なんて聞いてくるんすか!」

「夕食を摂取したかの問いかけは、あくまでも形式的な最終確認に過ぎない。安心しろ。私は君の私生活に興味はないし、データの悪用もしていない。今後も、必要な時以外は覗かないと約束しよう」


 必要があればやるのかよ!? 今、思いっきり悪用してるじゃないか! ツッコミたい気持ちを抑えつつ、空那は冷静に受け答えする。


「と、とにかくっ! ……今日は、ちょっと行きたくないです」

「行きたくないだと。なぜだ?」

「……理由は、特にないです」

(どうせ、どんな理由を言っても、すぐに調べあげるんだろう)


 ならばいっその事、理由などないと言ってしまえばいい。これなら調べようがないではないか!

 空那は内心、どうだ! とほくそ笑む。

 と、ややあって沈黙の後。電話の向こうで遠く声が聞こえた。


「そうか。アニス、我が娘よ。よく聞け。荒走空那は本日の予定がなく、その他の面でも何も問題がないにも関わらず、この家に来るのは嫌だと言っている。この父の考えでは、導き出される結論はひとつである。すなわち、お前が嫌われている」


 電話の向こうで、アニスの声無き声を聞いた気がした。

 こんな勝手な嘘八百を、敬愛する先輩に吹き込まれてはたまらない! 空那は慌てた。


「ち、違いますよっ! 誤解しないでくださーい! アニス先輩ーっ! 先輩の事は、これっぽっちも嫌ってませんよぉーっ!」


 大声で電話に叫ぶ空那を、砂月がいぶかしげな表情で見ていた。


 電話を終え、溜め息を吐きながら身支度をする空那に、ベッドに寝そべった砂月が問いかける。


「あれ、どしたの?」

「……アニス先輩のお父さんに、呼び出されたんだよ。ちょっと夕食にお呼ばれしてくる」

「ふうん。いってらっしゃーい」


 空那は、笑顔で手を振る砂月へと視線を向けた。


「へえ……? めずらしく、ついて来たがらないのな?」


 砂月は首を傾げて言った。


「うん。だって……おにいちゃん、絶対にアタシのとこへ帰ってきてくれるでしょ?」

「そりゃあ、そうだ! 俺の家は、ここしかないもの」


 その答えに、砂月は心の底から満足そうに笑った。


「あっははぁ! じゃあ、大人しくここで待ってるぅ!」

「そうか……じゃ、行ってくるよ」


 ただ、部屋を出る前に。

 空那は、砂月の元へと歩み寄る。砂月もベッドの上に座りなおした。

 そして、どちらからでもなく互いの頭を手で包むと、愛しげに額をり合わせる。

 相手の息遣いを感じて、匂いを嗅ぎ、わずかな別れすら惜しみ、無事を祈るように。

 それはまるで、無垢むくな動物がそうするような……かけがえのない相手に対する、深くて静かで本能的な、そんな愛情表現なのである。

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