ケイ素生物は外付けHDDに記録された羊の映像の夢を見るか?

 アニスと別れてから、雪乃はただ、我武者羅がむしゃらに走り回っていた。

 敵を見つけては倒し、また走り、見つけては倒す……その繰り返しである。

 相対してる、何匹目かの『四脚』が、鞭を振るった。

 凶悪な先端が、音速を超えて飛んでくる。

 完璧に見極めて上半身だけ動かし、なんなく避けると、その根元に拳銃を撃つ。

 1発、2発、3発と……もちろん、銃を撃つのは初めてだ。


 銃声の残響が、高く夜空に消えていく……だがしかし、耳が痛くなるほどの発砲音を響かせた弾丸は、残念ながら、有効打とならなかったらしい。『四脚』は、わずかによろめいただけだ。

 雪乃は、その隙に間合いを詰めて、思いっきり銃底じゅうていを振り下ろした。


「えいやぁっ!」


 ガツンッ! 地面に叩き潰され、バラバラに崩れた『四脚』を一瞥いちべつすると、素早く物陰に身を潜めて、大通りをうかがい見る。


 そこには……3体の『四脚』が。

 銃声を聞きつけて、集まったらしい。

 だが、こちらの場所が特定できなくて、ウロウロしている。

 雪乃は、手の中の拳銃を見て、思う。


(たいした威力はないけれど、囮役にはもってこいね!)


 装弾数は16発。今、3発撃って、残り13発。

 拳銃を鞄に放り込み、代わりにショットガンを取り出した。

 刀を脇に挟むと、ポンプアクションして、チェンバーに弾を装填する。

 1体に狙いを定め、引き金を絞る。

 ドゥン! 拳銃よりも、ずいぶんと重い音を立てて、弾が食い込んだ。

 雪乃は適当に持ってきただけで知らなかったのだが、それは『ライフルド・スラッグ』と呼ばれる、大型獣用の弾である。

 本来、散弾を打ち出すはずの銃から、単発のみ発射することで、威力を高める弾丸だ。

 ヤクザの親分が、敵対勢力の車に打ち込み、大穴開けてビビらせようと所持していた。

 だから、素人が撃っても、易々と当てられるはずないのだが……初弾で当てるとは、どうやら天性の勘か!


 まともに弾を食らった1体は、クルクルと踊るように回転した後、あっという間にバラバラになってしまった。

 音は控えめだが、武器としては、こちらの方が効果的らしい。

 さらに弾を装填し、2発目を撃つ……だが、残念!

 今度は、当たらなかった。

 同時に、敵に位置もばれてしまう。2体の『四脚』が、猛然と迫りくる。

 雪乃は落ち着いてショットガンをボディバッグに仕舞うと、右手で刀を構えなおして、左手で匕首あいくちを抜き取った。


(大丈夫、しっかりやれてるわ! ……だんだん、勘が戻ってきてる!)


 彼女が地面を蹴ると同時に、横一文字に光が走る。

 雪乃は、すれ違いざまに1体を斬って捨てると、素早く振り向き、残る1体に匕首を突き立てた。



 アニスは、地下水路を歩いていた。

 真っ暗だったが、迷う心配はない。水路の分岐は、すべて頭に入っている。歩幅から、距離も計算がつく。

 左腕につけたリアクターの位置を、ずらして直す。……カロリーを抽出するために体内に挿入してる針が、少しだけうずいたのだ。

 血管と神経を通して接続された『外部演算装置』は、父にとっては失敗作でも、彼女にとっては便利な道具だ。


(……荒走空那。彼が困るのは、嫌)


 あんなにたくさん話をしたのは、空那がはじめてだった。

 彼には、『自分にできる最大限の事』を、してあげたいと思う。

 皆、アニスが黙って聞いていると、途中で話をやめてしまう。興味がないわけではないのだが、聞いてないと思ってしまうようだった。

 そして、こちらから喋りかけても、声が小さすぎて聞こえないか、意味が簡潔すぎて、理解されない事が、ほとんどだ。

 また、長く喋ろうとすると、頭の中の情報を口から出すため、整理する時間が必要になる。

 結果、時間がかかりすぎてタイミングが合わず……変な間で、喋りだす事になる。

 すると級友たちは、苦笑いしながら手を振って、「もういいよ」と言い残し、彼女の元から去っていくのだ。


 だから……アニスは学校で、いつも一人ぼっちだった。


(……廃棄された母は、その辺りの事を、上手く処理していたに違いない。よく笑う人だったから)


 脳裏のうりに、母の笑い顔が浮かんだ。

 あんな風に、優しく穏やかに笑えていれば、周囲との軋轢あつれきも少なかったろう。


 暗い通路の中、足を水に沈め、パチャパチャと音を鳴らして歩く。

 ……不意に。壁を、何かが這った気配がした。

 砂月の操る虫か……あるいは、ネズミだろうか?


 歩みを止めず、耳をそばだてる。

 前方が淡く、緑色に光った。

 ジャブ……バシャリッ! 大きな音が響く。

 水音から推測すると、かなりの重さだった。

 音は、ゆっくり近づいてくる。


 アニスは演算を開始すると、前方の音源に向けて、リアクターを照射した。

 バヂリッ、闇を光が引き裂いた。

 前方7メートルの場所で、アニスよりもはるかに大きなケイ素生物の塊は、見えざる腕であっという間に引き裂かれ、水の中へと散った。

 バラバラになったハリガネは、水の底へと静かに沈んでく……そこを通り過ぎながら、アニスは思う。


(ケイ素生物の弱点は、水なのだ。もっとも、濡れた部分の動きが鈍くなり、少し脆くなる程度であるのだが……)


 中枢部まで直線距離で、あと200メートルほどだろう。

 道なりに進んでも、その数倍……ここには水が豊富にあるから、きっとうまくいくはずだ。

 そこまで考え、アニスは思った。


(あ……そうか。皆にも、水が弱点だと、教えておけばよかった)


 アニスは、手元にあるデータで結論を出すのは得意だが、先の事を想像するのは苦手だった。

 同様に、人の感情もよくわからない。

 でも、自分の感情には素直になれる。


 だから、もう一度。


(荒走空那には、心から平穏でいてほしい。精一杯、彼に協力してあげよう!)


 そう強く、アニスは思った。



 炙山父は思った。面白い、と。

 同時に、ずいぶんとこちらの力を過小評価されたものだ、とも。


 ……教えてやろうではないか!

 この数十年で、自分がどれほどの量のケイ素生物を造り上げたかを。 

 思わぬ幸運で、地球脱出の計画が早まりはしたが……それでも、この国の軍隊クラスなら、数日は対抗できるだけの力を蓄えてある。


 そもそも、この星の科学は、いまだ隣の惑星にさえ、自由に行けないレベルである。

 そんな彼らが、どのように自分に対抗するつもりなのか、興味があった。


 まだ、演算の完了には、時間が掛かる。

 あの地球人……荒走空那が、自分の邪魔をすると判断した時から、人々を集める計画を前倒ししている。

 すでに貯水タンクの各部には、集められた人々が収められていた。あとは彼らを守りながら、適当に時間を稼げばよい。


 ケイ素生物は、どれだけいても困るものではない。

 だから不測に備え、あらゆる事態に想定できるだけ確保してある。

 最悪、ギリギリの量で旅立つ事になっても、近くの惑星で育てて、また増やせば良いだけだ。


 ……面白い!

 実際のところ、あの人間には、ひどく興味があったのだ。

 気が急いても、時間が早く進むわけではない。

 ならば、時の許す限り、好奇心を満足させようではないか!



 屋上で、砂月が目を見開く。


「な、なにこれ……っ!?」

「どうした?」


 空那の声に答えるというより、独り事のように砂月が言う。


「ちょ、ちょっと……嘘でしょ!? ズルいっ! そんなの反則だわ! ……か、数が多すぎる!」


 その愕然がくぜんとした表情に、空那にも緊張が走る。


「……多いって……どれくらいだ?」


 砂月は無言でサインペンを取ると、ノートにいくつも大きな丸を描きはじめた。

 どれも、今までに書き込まれた印や文字とは桁違いの大きさで、サイズが違いすぎて、落書きにしか見えない。だが……その円の数に、空名は戦慄せんりつする。


「ま、まさかこれ……?」


 砂月は、無言頷く。

 無理だ……これはもう、『決定的過ぎる』!

 空那は歯を食いしばり、叫んだ。


「ダメだろ、これはっ!? ……勝つとか負けるとかじゃない! 時間稼ぎにもならないぞ!? 今すぐ、町から逃げるんだ! 雪乃とアニス先輩に、こっちに戻ってくるように伝えてくれ!」


 ……うかつにも。

 空那は、忘れていたのだ。


 例え、仮初かりそめとは言え……炙山父が『神』と呼ばれる存在だった事に。

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