死に物狂いの雪乃

 馬鹿げている! あまりに数が多すぎる!


 雪乃は、その顔に強い疲労の色を浮かべ、走った。

 ほんの数十分前と比べ、その数は10倍以上にも増えてるように感じる。

 一度に遭遇する数は、ほとんど変わらない……だが、文字通りに『休む暇』がない!


 マンホールや排水溝から姿を現すハリガネモドキは際限なく、すぐに寄り集まって大きくなる。まるで、地獄から無限に湧き出てくるようだった。不意打ちや乱入を食らう事も多く、疲労は蓄積ちくせきされる一方だ。

 散弾銃は弾切れで、とっく捨てた。

 刀は、半ばから折れている。

 匕首あいくちも、最後の一本。

 目の前に、また新たな『四脚』が……。


「バカじゃないの! バカじゃないのっ!?」


 誰に聞かせるでもなくそう叫ぶと、左手の匕首を、思いっきり投げつけた。

 その一撃を受けて、『四脚』の脚の1本が、壁に縫いつけられる。

 しばらくもがいていたが……自らブチブチと引きちぎって、自由になる。

 壁に残った脚は、即座にバラバラになると、寄り集まって本体に戻り始めた。


 なにが……バカなのか。

 この、ふざけた敵か?

 あるいは、それに相対する自分なのか?


 雪乃は、それすらもわからなくなって、拳銃を抜き放して撃つ。

 最後の一発だった。

 タァーーーン! 夜空に高く、銃声が響く。

 と、同時に走り、折れた刀で、敵を壁へと突き立てる!

 刺し止められてひしゃげた『四脚』は、しばらくもがいた後に、諦めたように崩れた。

 ミミズのように這い回るハリガネモドキを、雪乃は憎々しげに蹴り飛ばし、踏みつける。靴底を通してうごめく感触が伝わり、背筋をぞわりと怖気が走った。


 こいつらは何度倒し、何度斬り伏せても、際限なくまた立ち塞がる!

 わずか数分、ひどい時は、数秒でまた出てくる!

 それこそ無尽蔵にっ! 終わりがないっ!

 不死身の悪魔だって、首を切り落とせば、復活に数日かかるというのに……こんなの一体、どうしろというのだ!?


(……だけど。そんなの、最初から知ってたわ)


 だって、アニスが、そう教えてくれたではないか。

 自分の役割は、それでも倒し続ける事なのだ。

 それでもやると決めたから、皆の前で「やってみせる!」と、大見得おおみえを切ったのだ。

 なのに……今さら、このザマだ。


 不意に、とてつもない徒労感に見舞われて。

 雪乃はもう一度、口の中で「……バカじゃないの?」と、自嘲気味に呟いた。

 次の瞬間。唐突に嫌な予感がして、その場から大きく飛び退る。

 ザシュウ! 大量の血が撒き散らされ、激痛が走った。


「うっ、いったぁい!?」


 右のももを深く切り裂かれ、雪乃は呻く。

 今日、一番の深手だった。完全に油断している所を狙われたので、やすやすと切られてしまったのだ。

 振り向くと、3体の『四脚』がいた。

 流れる血が、藍色のジーンズを濃く染める。

 拳銃を相手に向けて、引き金を引く。カチリ、さっきまでのように、耳を貫く轟音は出ない。

 最後の弾丸は……さっき、撃った。


「……知ってるわよ!」


 そう叫ぶなり、思いっきり投げつける!

 硬い拳銃は強力無比なつぶてとなり、金属音を響かせて、1体の『四脚』を打ちのめした!

 ……が、それっきりだ。これで完全に……丸腰だった。


 残りは2体。

 だがしばらくしたら、今倒した『四脚』だって、復活してくるだろう。

 時間をかけてたら、別の『四脚』も集まってくる。

 あっちの壁には刀と匕首が刺さっているが……手を伸ばして届く場所に、武器になりそうな物は、ない。

 萎えそうになる気持ちを必死に奮い立たせ、雪乃は地を駆けた。


くじけたら死ぬ! 気持ちで負けたら、絶対に勝てない!)


 自分の力は、そういう類の物だった。

 だから確かめるように、自ら口にする。


「勇者はね……最後まで……それこそ、死ぬまで戦い続けられるから、勇者なのよっ!」


 力いっぱいに拳を固めて、殴りかかった!

 ……だが、その拳が届く遥か前に、無防備な腹を、強烈な銀の腕が打った。

 雪乃は悶絶もんぜつして、地面に転がる。

 その上に1体の『四脚』が飛び掛り、押し潰す。


「ぐはっ! ……う、がああっ!」


 雪乃は血ヘドを吐きながら、そいつを素手でバラバラに引き裂く。


 残り、1体。

 怒りを込めて、眼前の敵を睨みつけた。

 ……ふと気づくと、視界の隅で焦ったように、カラスが旋回している。


(なんだろう……あれは?)


 砂月が……なにかを……伝えようとしているのか……?


 しかし真正面から、『四脚』が襲い来る!

 雪乃は目の前の敵に、集中することにした。

 考えてる暇は、どこにもない!

 今は、自分の役割を遂行するので、手一杯なのだ!


(そうよ……まだ、やれるわ! だって私、空ちゃんと約束したもの! この感情が荒ぶるうちは、闘えるッ!)


 諦められない。諦めたら終わる。諦めたくない。

 だから雪乃は……まだ、『囮』になるつもりだった。


 最初に立てた作戦など、とうに崩れてるというのに……ここで、どれだけ頑張っても……もう、無駄なのに。

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