ここは、夜景の綺麗なレストラン
途中、二度ほど例の『四脚』に遭遇したが……まあ、この三人が揃ってて、敵になるはずがない。
雪乃が斬り伏せ、アニスが狙い撃ち、砂月がカケラも残さず始末する。
文字通り、瞬殺である。
そうして辿り着いたミモザホテルのロビーにも、やはり
電気は問題なく通っているようで、明るいロビーに満ちている静寂が、逆に不気味だ。
砂月がフロントまで足早に歩み寄ると、ベルをリズミカルに何度も鳴らし始めた。
チリチリチリチリーン、チンチリリリリリーン!
澄んだ音が、無人のロビーに響く。
空那は眉をひそめた。
「砂月、うるさいぞ」
「だって、これ、いっぺん好き放題に鳴らしてみたかったんだもーん!」
そう言うと砂月は、唇を尖らせて、色っぽく空那の腕を取る。
両手に武器をぶら下げた雪乃は、真似できないので不満そうな顔で視線を外した。
アニスは、空那の渡したイチゴ味のハイチュウを夢中でムチャムチャ食べている。
四人はエレベーターを使って階を移動し、ホテル内のラウンジレストランの厨房へと入り込む。火が完全に落ちてるところを見ると、あのハリガネが律儀に消していったらしい。
確かに……人々が一斉に昏倒すれば、火災の一つや二つは起こってもおかしくない。
空那は、街中が妙に静かな理由に思い至る。火の元だけでなく、一定以上の音や動きのある生活家電、例えば洗濯機やテレビさえも、奴らが消していったのだろう。
そこまで複雑な判断力があるというのは……本当に恐ろしい。
冷蔵庫の電源は入っているようで、開けると冷気が吹きつける。
中に収められた数々の食材を見て、空那は感心する。
さすがは高級ホテルの厨房だった! 材料は、なんでもある!
綺麗なサシの入った肉は、おそらくどれも高級品。鶏は丸ごと置いてある。七面鳥にズワイ蟹、伊勢海老に殻つきの
砂月が、並んでる缶詰を手に取った。
「わ!? これ……キャビア?」
言うなり、勝手にあけてスプーンで食べ始める。
「ふうん。キャビアって、こんな味なんだー。しょっぱいだけで、あんまり美味しくないねえ」
それから、ニッコリ笑って言った。
「アタシも、お腹すいちゃったよ! ねえ、おにいちゃん。明日の朝まで時間あるしさ……まず、ご飯にしない?」
時計を見ると、まだ九時だった。その言葉に、空那も頷く。
「そうだな。今夜は、長丁場になりそうだ。食べておかないと、体力もたないよ」
しかし、雪乃は浮かない顔をしている。
「ねえ、空ちゃん。これって、盗みになるんじゃないかしら?」
空那は、彼女の顔を見ながら言った。
「そりゃもう、仕方ないだろ? 今は、非常事態だぜ! それに先輩だって腹ペコだ。俺だって、このまま何も食わずにいたら、きっと倒れちまうよ。これは、みんなを助けるため、『仕方のない行為』なんだ!」
「んー……そっかぁ。……そうよね。非常事態だもんねえ。……ま、緊急避難ってことで、仕方ないよね!」
その言葉に、雪乃も食材を漁り始めた。どうやら彼女も、本当は空腹だったらしい。
なんだかんだ言ってたのは、単に空那に理屈をつけてもらいたがってただけなのだ。で、空那は幼馴染の経験則でそれを知ってたから、ひねり出して口にした。
砂月が率先して始めて、雪乃が一応は止めて、空那が屁理屈を言って、みんな揃って、いっせーのせ!
……彼ら三人が幼少時より、なにか『ヤンチャ』をする時は、こんな風に行われていたのである。
空那は、カウンターを覗き込む。おそらく、ディナーの準備をしていたのだろう。出来上がった料理が何皿かあったので、それをアニスの前に差し出す。
「アニス先輩。とりあえず、これ食べててください。今、俺達でなにか料理を作りますんで!」
アニスはこくりと頷くと、目の前に置かれた仔羊背肉のロースト(リンゴソース掛け)を、大人しく食べ始めた。
「わーいっ! 特等席だねーっ!」
砂月の顔が、パアッと輝く。
店で、おそらくは一番良い席に、四人は作った料理を広げていた。
ガラスの向こうに広がる景色に、空那も息を飲んだ。
「これは……すごいな……っ!」
雪乃が目を細めた。
「綺麗……なんて、ロマンチックなのかしら!」
砂月も、今ばかりは嫌味を言わずに頷く。
「うん、すっごく綺麗だよっ! ……ねえねえ、なんか、こういう光景ってさぁ! 征服欲が刺激されて、ムラムラしないっ!?」
大はしゃぎで肩を叩かれ、同意を求められ、雪乃は首を傾げる。
「ん? うーん……そ、それはちょっと……わかんないけれど……?」
アニスも、いつものように眠そうに、半ば夢見るように、そちらを眺めていた。
広大な夜景だ……道路に車が動いてない分、より少ない光が、余計に際立って見える。まるで宇宙を眼下に見るかのような錯覚に、頭がクラクラする。
遠くに行くほど煙るように集まる、無数の灯り……だが、今そこに、人の営みはない。
その一角に、黒々とした木々が生い茂っていた。自然公園である。
……あの地下に、炙山父がいるのだろうか?
忘れていた現実を振り切るように、空那は首を振ってから言う。
「それじゃ、冷めないうちに食べようぜ!」
四人が手を合わせ、いただきます、と声が重なる。
テーブルの上に広げられたのは、およそ店の格式にふさわしくない、家庭料理の数々だった。
肉じゃが、生姜焼き、ハンバーグ、シーザーサラダ、カキフライ、カニチャーハン、野菜のクリーム煮、タラコスパゲティ、もちろんコロッケも……誰も凝った料理は作れなかったし、必要もない。
だから、普段通りの惣菜の数々なのだが……材料の差か? あるいは、気分の差だろうか?
いつもと、かなり味が違う。
そう考えながら、空那は目の前のチャーハンを口に入れ、目を丸くする。
「お!? これって……?」
少なくとも、チャーハンに限って言えば、はっきりとわかるくらい材料が違う。
砂月が、得意そうに胸を張った
「なんと、タラバガニ丸々一個いりのカニチャーハンでーす! ミソも入ってるよ! 卵に混ぜて入れたの」
濃厚なカニ身とまろやかなミソが米に絡みき、めっちゃくちゃうまいっ!
このタラバガニのミソ、すこぶる新鮮じゃないと食べれない珍味である!
感動しながら、空那は言う。
「やばいなっ! もう、母さんの作るカニカマ入りじゃ、満足できなくなりそうだ!」
その言葉に、砂月の顔が悲しげに曇る。
「ん……ううん。やっぱり、お母さんのカニカマチャーハンのがいいよぉ」
「……まあ。そうだな」
砂月の言葉に、空那も食卓に並んだ先ほどの夕食を思い出し、同意する。
ふと、空那は顔をあげ、尋ねる。
「そういえば……今、どれくらいの範囲まで、あのハリガネを押してんだ?」
空那の言葉に、砂月が渋い顔をした。
「おにいちゃぁん……食事中に、あいつらの事を思い出させないでよぉ……」
「わ、悪い」
だが、砂月は目を瞑る。程なくしてコツコツと音がして、ガラスが叩かれた。
そちらをみると、巨大な
空那は、それを指差して言う。
「なにこれ……タカ? ワシ? トンビ?」
「わかんない。そこらへんにいたのに、適当に命令したから」
砂月は、ガラス越しにその猛禽類と目を合わせる。そして、すぐに言った。
「大体、このビルから50メートル向こうまでって所かな。下水やそこら中の家からも、操れる生き物を総動員かけて追い出してるけど……かんばしくないね。大きい奴は、動物達じゃかなわないし。もっともあのハリガネ、こっちに攻めても来てないけど」
アニスが、コロッケを齧りながら呟く。
「ひとを、あつめおわった」
なるほど。もう材料集めは終わったから、この町は用済みと言うことか。逆に言えば、今はこちらが動かなければ、向こうにも変化はないだろう。
空那は、窓の外を眺めながら言った。
「じゃあ、しっかり休憩してからにするか」
どちらにしても動きがあれば、砂月にはわかるはずだ。
ついで、雪乃がおずおずと言う。
「ねえ、炙山先輩……あのハリガネみたいなの、なんなんですか? バラバラにしても動いてて、すっごく気持ち悪かったんですけど……?」
するとアニスは口を開く。だが、すぐに閉じる。また、開いて……閉じる。そして、
「すこし、まって」
ゆったりと料理の数々を見渡し、それからカキフライの皿と、タルタルソースの容器を引き寄せる。
それきり、黙り込む。……アニスは5分ほど、目の前のタルタルソースとカキフライを見つめ続けた。
やがて顔をあげ、タルタルソースを手に持って、口を開いた。
「あれはケイ素。つまり、シリコンを元にした生き物。有機的な地球の生命体とは、系統を別にする存在。その性質を説明する。この具材の混ぜ込まれたソースを、彼らと思って欲しい」
短い文章の羅列。だが、今までにない流暢な喋り方だった。もっとも、相変わらず声は小さいが。
空那は、かなり驚いてしまう。
「うえっ!? ア、アニス先輩、すげえ喋っ……あ、いや。ええと、タルタルソース……ですか?」
話の腰を折ってはいけないと、途中で立ち直った彼に、アニスは頷く。
「そう。最小サイズは、長さ7センチ直径5ミリ。それが『個』の状態。先端から電気ショックを発するが、大した力はない。集まることで真価を発揮する」
雪乃がアニスに尋ねる。
「個……それがバラバラになった、あのハリガネ状態ですね?」
アニスは頷いてから言う。
「その通り。最小サイズは、単純な命令を遂行することしかできない。十分な知能を獲得し、動き回るのに最もバランスの良い大きさは、直径2メートルの球体に、脚を備えた形である。それ以上に大きくなると、柔軟性が失われ、動きも鈍くなる。解体するには、強烈な衝撃を与えるのが、最も効果的」
言いながら、カキフライにたっぷりとタルタルソースを掛け、フォークをガツンと突き立てる。そして、雪乃を見て言う。
「しかし、その最適サイズでさえも、大霧雪乃の前では無意味であった。彼女の戦闘力は、賞賛に値する」
次に、皿の端ににソースをポタポタと何度も垂らし、
「先ほども言ったように、あれの特性は『集合』である。バラバラにしても、またすぐに寄り集まって、復活する」
アニスは、フォークをカキフライから抜き、その先端で、ソースの中の玉ネギの欠片だけを、次々と器用に潰して見せた。
「よって、このように。完全に沈黙させるには、最小サイズを潰す行為が必要。だから、荒走砂月のやった事は、正しい対処」
視線の先には、砂月がいた。砂月は得意気に鼻を鳴らす。
「まあね! 魔物の中に、あいつと似たような存在がいたの! だから、もしかして……と思って。でも、あいつら、一本一本だったらネズミや虫でも噛み切れるけど、大きくなってたら歯が立たないよ?」
その言葉にアニスは、こくりと頷いた。
「しかし、それでいい。個々で隠れてホテルに入り込めなくさせれば、十分である。大きければ見落とす事はない、小さければ脅威はない。動物、虫、無論、人の力でも、最小サイズは破壊可能である。それに、最小サイズの活動時間は、長くない。力も弱い。よって、この階までは、上って来られないと推測する」
なるほど。もしも集合して向かってくるなら、雪乃が対処すればいいだけである。つまり、このホテルの上階は、砂月と雪乃がいる限り、安全地帯なのだ。
アニスは、それで言いたい事を言い切ったらしい。タルタルソースたっぷりのカキフライを丸ごと口に含み、シャクシャクと咀嚼した。
……で、しばらく待ってみたが。やっぱりもう、その食事中に、アニスが長文を喋ることはなかった。
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