ニューヨークに行きたいかー!?

 作りすぎと思えた料理の大半は、アニスの腹の中に収まってしまった。物理的にありえないと思えるほどの量だったのだが……入ったのが事実だから、仕方ない。

 なにか数学的に特別な、胃袋への収納方法があるのかもしれない、と空那は思った。


 そして食事後。

 ホテルのスイートルームの前に、四人はいた。

 仮眠をとり、夜中の二時から行動を開始しようと話し合わせた結果、誰がどこへ泊まるかで、喧嘩になった。


 雪乃は、「最後になるかもしれないから空ちゃんと同じ部屋に泊まりたい」と半泣きで訴え、砂月は、「家族なんだから同じ部屋でしょ? 当然だよ!」だのと言い出す。

 アニスは食事後、ぼけーっとしていたが、仮眠を取ろうと伝えると、その場でテーブルクロスをもそもそと身体に巻きつけ、床にゴロンと横になったので、心配になって連れてきたのだ。


 そもそも、いくら砂月が監視してると言え、考えてみればバラバラに行動するのは、危険かもしれない。

 結局、四人で泊まれるような場所として、ホテルの広い客室……すなわち、スイートルームが選ばれた。


 オートロックが掛かってたので、砂月が爪で鍵を引き裂き、中へと入る。

 どうやら、宿泊客がいたらしい。部屋の中に、旅行鞄がいくつか転がっていた。

 荷物の様子をみると、チェックイン直後に襲われたようだ。

 砂月が、大はしゃぎで豪華な部屋を歩き回った。アニスはくつろぐ為にか、靴下を脱ぎだす。

 空那はテレビをつけるが、どのチャンネルも砂嵐だった。どうやら、炙山父の外部との遮断は、テレビの電波にまで及んでいるらしい。

 空那はテレビを諦める。テーブルの上にフルーツが置いてあるのをみて、そちらへと向かった。

 雪乃がようやく、安心したようにソファに腰掛けて、言う。


「あーあ! 汗かいちゃった! お風呂に入りたいなぁ。……あ、ねえ。知ってる? 前に、テレビで見たんだけどさぁ……この部屋のお風呂って、二人で入れるくらい広いらしいよ」


 それきり、黙ってしまう。そして、もう一度。


「あーあ! 汗かいちゃった! お風呂に入りたいなぁ。……あ、ねえ。知ってる? 前に、テレビで見たんだけどさぁ……この部屋のお風呂って、二人で入れるくらい広いらしいよ」


 また、沈黙。

 ベッドで遊んでいた砂月が、ガバリと飛び起きて叫ぶ。


「勝手に入ればいいじゃんっ!」


 雪乃は小さく舌打ちすると、じろりと砂月を睨む。それから、小さな声でぼそっと、


「この部屋に空ちゃんと来れたら、ずっと言おうと思ってたのにぃ……」


 と、呟いた。

 椅子に座って、食後のデザートにライチを食べていた空那は、ビックリして取り落としてしまう。


「ゆ、雪乃っ?」


 言葉の意味に気づいて顔が赤くなる空那に、雪乃は涙目で怒ったように言う。


「ゆ、遊園地の後、さっきのレストランで食事してね。それから、この部屋に泊まろうと思ってたのよぉ」

「この部屋にって……だってここ、スイートだぞ!? 一泊いくらだよっ」

「う。パパが、ミモザホテルの70%オフの優待券もってて……毎年、ホテルで展覧会やってるから。そ、それでも、かなり高かったけど……頑張って、お小遣い貯めてたの」


 父親に送られたホテル優待券を、男の子とのお泊りデートに使うとは……雪乃もかなり、いい根性してる。

 ……なんだか、変な空気になってしまった。


 そんな二人の間を横切って、砂月がバスルームに向かう。そして、勝手にお湯を張り始めた。


「でもさ、お風呂くらい入っておこうよ。……ねえ、おにいちゃん。時間もったいないし、一緒に入ろ?」

「お、俺? 俺は……いいよ、別に。……だ、だだだ、だって、汗かいてないしっ」


 嘘だった。大嘘だった。

 部屋に充満しだした妙な雰囲気に押され、変な汗が噴出して気持ち悪い。

 すると砂月は無言で空那の背後から歩み寄り、その手をバスケットのリンゴへと伸ばす。それを、掴み上げ……、


 メシャリ! グシュウゥーッ!


 空那の頭の上で、握り潰した。リンゴの破片と果汁が、派手に飛び散る。

 砂月が、わざとらしくニッコリと言う。


「おっと? ……力加減、間違えて潰しちゃったぁ。おにいちゃん、汚れちゃったね?」


 呆然としながらリンゴの汁を滴らせる空那を、砂月は無理矢理にバスルームへと引きずっていく。


「お!? おい、ちょっと待てっ! 俺は、風呂入るなんて言ってねーだろっ!」

「だって、そのままじゃベタベタになっちゃうよ? ほらほら、早く洗い流しちゃおー!」


 その後を慌てて追いすがり、雪乃が抗議の声を上げる。


「だ、だったらっ! わわわわわ、私も一緒じゃなきゃ入らない! 私がお風呂に入れなくて疲れ取れないでミスしたら、それってぜーんぶ空ちゃんのせいだからねっ! 空ちゃん、私が負けて死んでもいいわけ!?」


 ……完全ないちゃもんである。

 おお、ゆうしゃよ! しをいいがかりにつかうとはなさけない!


 空那は焦った。

 言い聞かせたって、聞くような二人じゃないだろう。

 と、裸足のアニスがペタペタと近づき、空那の袖を引っ張る。


「あ、はい。アニス先輩、ちょっと待っててくださいね」


 また、袖を引かれる。

 相変わらず眠そうな目で、なにかをぼそぼそと喋っている。

 空那は耳を近づけた。


「おふろ」


 言うなり、アニスはその場で服を脱ぎだした。

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